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先祖の犠牲に向き合う呪いの旅路

 時刻は夜更けを過ぎ、外はひっそりと静まり返っていた。柊家の屋敷に一人佇む桜井俊也は、ぼんやりと遠くを見つめながら考え込んでいた。三十歳の誕生日が近づくにつれ、彼を悩ませる奇妙な夢はますます鮮明になっていく。異国の地で炎に包まれる寺院、そして一人の老呪術師が告げる不可解な言葉――「呪いを解く鍵はあなたの血にある」。

 俊也は大きくため息をついた。幼い頃に他界した母の死の真相は、未だに謎のままだ。一族にかけられた呪いのせいだと言われているが、俊也にはその呪いの詳細を知る由もない。ただ一つ確かなのは、柊家の者は代々、三十歳を迎える前に不慮の死を遂げるという恐ろしい運命があることだけだ。

 ふと、俊也は母の遺品が納められた倉庫を思い出した。もしかしたら、そこに何かヒントがあるかもしれない。そう感じた彼は、蝋燭を手に倉庫へと向かった。埃を被った箱を一つ一つ開けていくと、やがて一冊の古ぼけた日記が現れた。ページをめくる手が震える。日記の内容は、信じがたいものだった。

 何百年も前、俊也の先祖は外国の地で不可解な出来事に巻き込まれ、その地の呪術師から恐ろしい呪いをかけられたらしい。一族が存続する限り、必ず三十歳で命を落とすというのだ。だが同時に、その呪いを解く方法も記されていた。極めて危険で、さらに一族を滅ぼしかねない禁断の儀式。日記を読み終えた俊也は、頭を抱えて呻いた。

 葛藤の末、呪いを解くことを決意した俊也は、日記の指示通りに旅の準備を始めた。向かう先は山奥のひっそりとした古寺。真相を確かめるべく、彼は一人、不安を胸に旅立った。

 目的の寺に到着した俊也を出迎えたのは、うら寂しい境内と、打ち捨てられたような堂宇だった。老朽化した本殿の扉を開けると、何かに引き寄せられるように、彼は地下へと続く階段を下り始める。

 薄暗い地下室に足を踏み入れた瞬間、俊也は言いようのない冷気に包まれた。部屋の中央には、古びた祭壇が鎮座している。そこに近づくにつれ、彼の鼓動は早まっていく。そして、祭壇の前に立った時、俊也ははっとした。祭壇の上には、彼が夢で見たのと同じ、炎に包まれた寺院の絵が飾られていたのだ。

 震える手で絵に触れると、突如、眩い光が地下室を満たした。光が収まった時、そこには一人の老人の姿があった。見覚えのある顔。夢に出てきた呪術師だ。

「お前が来るのを待っていた」

 老人は深い溜息とともに語り始めた。呪いの真相、そして俊也の宿命について。

 幾百年も前、俊也の先祖は、命がけで外国の村を疫病から救った。だがその代償として、自らの命と引き換えに、村の呪術師から、子孫の命を奪う呪いを受けたのだという。

「お前は、その尊い犠牲の末裔だ。だが同時に、呪いを解き、一族を救う使命を背負ってもいる」

 俊也は言葉を失った。身体が震える。今、彼の目の前には、家族の悲しい歴史と、未来を切り開く希望とが同時に広がっていた。

 深く息を吸い込み、俊也は祭壇に近づいた。儀式を始めるには、彼自身の血が必要だ。懐から短刀を取り出し、迷うことなく掌を切る。真っ赤な血が祭壇に滴る。そのとたん、強い霊力が寺を揺るがし始めた。

 過去と現在が交錯する幻視の中で、俊也は一つの真実を知る。先祖が受けた呪いは、村人への恨みではなく、村を救った先祖に対する呪術師の深い感謝の裏返しだったのだ。命を救われた村人は、苦しみながら生きる呪いよりも、三十年の幸福な生涯を望んだという。

 次第に視界がはっきりとしてくる中で、呪術師の姿が消えていくのが見えた。祭壇の炎は消え、辺りは水を打ったように静まり返る。

 俊也は自分の胸に手を当てた。呪いは解けた。だが同時に、先祖の決意と懺悔の重みを感じずにはいられない。彼らの想いを胸に刻みながら、俊也はゆっくりと地上へと歩みを進めた。

 屋敷に戻った俊也の顔に、朝日が降り注ぐ。彼の前には、新たな人生が広がっている。だが、あの夜の記憶は、生涯彼の心に深く刻まれることだろう。恐ろしくも、崇高な先祖の意志を継ぎながら、彼はこれから新しい一歩を踏み出すのだ。

 長い歳月をかけて紡がれてきた因縁の物語は、こうして一つの結末を迎えた。だが、それはまた新しい始まりでもある。柊家の呪いと宿命に向き合った俊也の体験は、彼とその子孫の心の奥底に脈々と受け継がれていくことだろう。真の勇気と犠牲の意味を問い続ける物語として。

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