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黒人と白人、ウォロフとトゥバーブ

本の紹介

ヌリア・タマリット(Núria Tamarit)著、吉田恵翻訳『2枚のコイン アフリカで暮らした3か月』花伝社 (2021)

スマホが手放せないスペイン人の17歳の女の子マル。
ボランティア支援リーダーの母とともにセネガルのウォロフの村を訪れ、たくさんの経験を通して彼女は変わっていきます。

セネガルを訪れたすべての人に
西アフリカに行ってみたいすべての人に
異文化のカルチャーショックを受けたすべての人に
お勧めします。

このマンガ(グラフィックノベル)には、西アフリカ・イスラーム圏の暮らし、価値観、先進国とアフリカの関係について考えるたくさんのきっかけが詰まっています。

トゥバーブの意味

この本では、「白人」を表す「トゥバーブ」という言葉は「2枚のコイン」から来ていると言っていますが、僕はアラビア語で医師を意味するطبيب (tabib)から来ているとばかり思っていました。2枚のコイン説はこの本で初めて知りました。

「黒人」についての批判

この本の2021年8月24日現在唯一のレビュー(★★☆☆☆)を引用します。

穂垂
おかしな翻訳のせいで「黒人」という日本語が侮蔑表現扱いに
2021年8月5日に日本でレビュー済み

スペイン人の白人女性主人公が、アフリカの小さな村に赴く。
 現地の黒人の子供たちから耳慣れない言葉で呼ばれ、その意味を脇にいた知人に尋ねる。「白人という意味か?」と。
 知人は「その言葉は現地人でない者を指す言葉である」旨の回答。

 しかし、そこにもう一言付け加えられる。
『「黒人」みたいな軽蔑的な意味はない』と。

 この話の流れだと「黒人」という言葉に軽蔑的な意味合いがあることになってしまう。
 言うまでもなく「黒人」という日本語に軽蔑的な意味合いなど無い。

 恐らく、原語版では「黒人を差別する失礼で侮辱的な表現」が使われていたのだと思う。
 日本語に訳すのであれば「黒ん坊」的な。

 しかし、本書では前述のように「黒人」と翻訳されているので意味がおかしなことになっている。
 もし何らかの出版社の内部規定に引っかかって差別語をどうしても使えなかったのであれば、「黒人」という表現に注釈を入れるべきである。

 本書の翻訳者は「黒人」という日本語や、その言葉を使う差別心の無い人々を不当に貶めた。さらに本書を手にとった、日本語を学ぶ外国人にも不要な誤解を生じさせることだろう

 翻訳者と出版社は猛省してほしい。

この批判は

 恐らく、原語版では「黒人を差別する失礼で侮辱的な表現」が使われていたのだと思う。
 日本語に訳すのであれば「黒ん坊」的な。

という断定(仮定)の上に展開されています。
しかし僕は、この批判のロジックに違和感を覚えました。

話の流れがわかるように、少し前の部分からこの本を引用します。

(現地の青年)トゥバーブは君たちを指すウォロフ語だよ
(主人公) 「白人」って意味?
(現地の青年)いや、ウォロフ族は「白人」「黒人」とは言わないんだ。
       僕らはウォロフ、君らはトゥバーブさ。
       違う民族ってことさ。
       「黒人」みたいな軽蔑的な意味はない

主人公の17歳のスペイン人の若い女性マルは、何の疑いもなく「スペイン語」あるいは「欧米的認識」から「白人」という言葉を使ってそこに暮らす人々と自分を区別しています。
しかしそれを地元の若者が否定します。
あなたと僕の違いは「白人」と「黒人」じゃないと。

ウォロフとトゥバーブという優劣を含まない同じ目線であなたと私を識別する言葉があると伝えることで、白と黒という肌の色の違いで区別しているところに無意識の差別があることを考えさせていると僕は理解しました。
ですから、最後だけ侮蔑的な別の言葉になっていたのでは「白人」と「黒人」という言葉の中に存在する差別意識を考えさせることが出来ません。
ここは単なる「黒人」という言葉であってこそ、読者のスペイン人の若者に黒人という言葉が奴隷制という歴史によって内包されたニュアンスを意識させ得るのではないでしょうか。そしてそれを汲み取ることで、二重構造で日本人の私たちにも欧米における「黒人」という言葉の意味について考させる効果があると思います。

ここは原著でも軽蔑的な言葉でなく「黒人」と書いてあるのではないか、そう思ってスペイン語版とフランス語版を注文しました(笑)
フランス語版は届きましたが、スペイン語版はまだ届いていません。取り敢えずフランス語版を読んでみると当該部分はこう書かれてました。

Ce n’est pas un terme désobligeant comme «les noirs», par exemple.

予想通り、日本語の「黒人」と訳されている箇所で使われているフランス語訳は「黒人」の蔑称ではなくそのまま「黒人」でした。

スペイン語の原書が届きましたら、再度使われている言葉を確認をして追記させていただこうと思います。

追記(2021.08.29)

スペイン語の原著が届きましたので該当部分を載せます。

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スペイン語のNEGROSについての専門家の説明

原著で使われているNegrosという言葉について、東外大スペイン語学科卒、文化人類学者として中南米スペイン語圏を研究対象としている東大教授の友人に聞いてみました(詳しい説明ありがとうございました!)

スペイン語は5億人が母語としている言語で、negro/negraの指し示す内容・対象は使用される社会によって異なるが、一般論で言えば
・黒人を普通に意味する言葉である
・白人と対に用いられる言葉である
中南米スペイン語圏では
自称としての用法
・民衆層にも知識人層にも自称として使う人がいる
呼称としての用法
・ベネズエラ、コロンビア、カリブの島国などでは、親しみを込めた呼びかけの2人称としても使われる
・これは侮蔑的ニュアンスを含みうる呼称でおまえを呼ぶほど私はおまえに心を開いているのだという意思表示である
・negroと呼びかける場合、それがニュートラルなものであることはスペイン語世界ではありない

以上を踏まえた彼の解釈

・negro/negraという言葉は大西洋奴隷貿易に由来するアフリカ人に対する差別と5世紀にわたる差別の人種化を反映している
・Negro/NegraはBlanco/Blanca(白人)と対に用いられる、特別侮蔑ではない言葉だが、結局は奴隷制貿易の歴史的経緯を反映した侮蔑的かつ否定的なニュアンスを内包している

これは、私が日本語訳やフランス語訳を通して述べた、白人と対になる一般的に黒人という言葉を用いることで、そこに内包される侮蔑的な意味も汲み取らせようとしているという主張に沿うものだと思います。

文章の解釈は読み手の数だけ多様であっていいと思います。著者が意図したものとは違う解釈も決して不正解と断じられるものではないと考えます。しかし間違った仮定から進めた解釈だけは訂正すべきだと思いこのブログを書きました。

(追記終わり)

日本語の「黒人」に、侮蔑的な意識はないか

さて、日本語の「黒人」という言葉には、穂垂さんが仰るように、侮蔑的な意味はまったくないのでしょうか。
本当にそうであればいいのですが、スペイン語や奴隷貿易を行っていた欧米の国々に今も残る(だからこそそれを消し去ろうとする努力がなされている)「黒人」という言葉とそこから想起されるイメージは、欧米から入った様々なメディアを通して日本にも存在するように思います。

僕が西アフリカで結婚して妻を連れて来ると聞いて、父の友人が父にこう尋ねたそうです。

白か?黒か?

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