シャンパーニュの労働力ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点
(第六回)人権尊重がようやくシャンパーニュにも?
今回はシャンパーニュで季節労働者に対する人権対応が進んできたというやや画期的なお話
前回の最後で、次回はワインメーカーがなぜサステナブル対応を進めようとするのか考えてみましょう、という話をしました。その話はいつでも広げられるのですが、世の中いろんなことが起きます。元株屋としては舌の根が渇くことのないようにワインで湿らせながらいろんなことを発信します。今回は予定変更。シャンパーニュの労働力確保に向けた、少し気持ちよく飲めるかもしれない取り組みをご紹介します。
収穫時の労働力不足が「不都合な真実」になるシャンパーニュ
第二回のお話で、フランスでブドウの収穫期に国籍のはっきりしない移動型民族の方たちがやってきて収穫を手伝う、といった、やや「不都合な真実」系のお話をしました。
ワインってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点|わこさん (note.com)
あの時は書きませんでしたが、ボルドー地方の外れ、ボルドー中心部から車で二時間もかかるようなメドック地域の外れでは労働力が集められないといった問題が起きている、などということは、WSETのDiploma4の教科書にちゃんと書いてありますよ、受験生の皆さん。
そういったところでは機械収穫をすることである程度労働力の補完ができるのですが、ぜーんぶ手摘みしなきゃいけないシャンパーニュは大変です。
コストを安くしようとすると季節労働者の待遇が劣悪になりうる
毎年シャンパーニュの収穫期には12万人の季節労働者が必要という話もあります。そういった人たちは収穫時期の2~3週間の間働きます。ワインの生産者としては、良いブドウを人の手で丁寧に収穫したいという気持ちと労働力(コスト)を安く抑えたいという気持ちに板挟みになっていることでしょう。そうすると、えてして収穫のための季節労働者の待遇が劣悪になってしまう、ということが起こります。
過去にはこんな記事も
「不都合な真実」系のお話ですから、なかなか表には出ませんが、時々こんな話も出ます。
Migrants exploited harvesting grapes in France's Champagne region, court hears | Euronews
2018年にシャンパーニュ地方の大手ワインメーカーのブドウを収穫するために移民を搾取したとして、6人と3つの企業がフランスで裁判にかけられた、という記事です。200人近くの被害者がおり、そのほとんどが、まともな条件を約束されたとされる移民たちだが、結局は奴隷のような状況で働くことになったと主張していたそうです。残念ながら、この裁判の判決を伝える記事は見つからなかったのですが、おそらく、氷山の一角なんでしょうね。
人身売買の疑いも
そして、こんな話も。
https://www.rfi.fr/en/france/20231022-migrant-workers-describe-squalor-and-exploitation-on-champagne-vineyards
昨年の事ですが、当局が季節労働者の宿泊施設の衛生環境を調査した後でこの施設を閉鎖し、人身売買の疑いについて調査するという記事です。
CIVCが「季節労働者のための行動計画」発表
なぜこんな話をしているかというと、今年の6月20日に、シャンパーニュ委員会(CIVC) が季節労働者のための行動計画 《Action plan for “Together for the Champagne harvest” (Ensemble pour les vendanges en Champagne) 》 なるものを発表したからです。私の知る限り、こういったものは初めて見ました。
(フランス語) Communiqué de presse - 20 juin 2024.pdf
(英語) Communiqué de presse - 20 juin 2024 EN.pdf
少しだけ今年のシャンパーニュの生産量のお話:収量絞り込み
脱線します。
なんでこれを見つけたか、というと、CIVCの情報の出し方のおかげです。
毎年CIVCは、その年の生産量(ブドウの収量)や収穫開始時期を決めて発表します。今年の収穫量は7月に1ヘクタールあたり10,000kgと決められて発表されています。昨年が1ヘクタールあたり11,400kgでしたので、収穫量を絞っています。
今年は雨が多かったようなので、栽培に苦労したということもありますが、流通在庫の水準が高く、値崩れしないように調整するため、と理由が説明されています。(こうした需給調整をしたときに、クオリティーに影響が出ないようにするシャンパーニュの秘密については、受験生の皆さんはちゃーんとわかってますよね?)
今年の収穫開始時期は昨年より少し遅め
そのあと、8月から9月にかけて、CIVCが各地区の品種ごとの収穫開始時期を決めて発表します。で、この時期を確認するためにCIVCのウェブサイトに参りました。今年は地域と品種によりますが、9月7日から収穫開始とのことなので、昨年よりはブドウの成熟を待って、少し遅めですかね。
フランス語優先の情報発表のおかげで「行動計画」見つけた
さらに脱線しますが、この収穫時期の情報は最初はCIVCのフランス語のページにしかありませんでした。CIVCには日本語版のページもあるのですが、最新の情報が二年前……。なめられてます?数量ベースでシャンパーニュの輸出先第三位なんですが(# ゚Д゚)
英語版のページも少し古くて、最初は上の収量の話は出ていませんでした。で、英語版でその時最新情報になっていたのが、上に書いた「行動計画」の発表だったのです。さすがおフランス。
わこさんなりの「行動計画」の整理
戻ります。
この行動計画は、収穫期の季節労働者の雇用条件を改善することを目的として、以下の4つのポイントにまとめられるのかなと私なりに整理してみました(関心のある人はちゃんと原典みてください):
健康と安全:収穫前および収穫中の季節労働者の健康と安全を悪化させないような予防策を講じ、強化する。
宿泊:宿泊環境の監視と地域による見守りを実施する。
採用:フランス労働局や学校とのパートナーシップを通じた雇用促進を行う。
監督:適切な労働条件を保証するために雇用サービス提供者を監督する。
この計画によって、収穫期の季節労働者の雇用を安定させ、安全にすることを通じて、重要な収穫時期を全体として成功に導くことを目的にしています。
人権尊重の流れがシャンパーニュの季節労働者に来た!!
上に書いた、昨年の当局のガサ入れが効いたのかもしれませんし、世界的な人権尊重の流れが後押しになったのかもしれませんが、こんなお話が出てきたことは、季節労働者の環境にはとても良いお話です。特に、このうち「採用」と「監督」は、不法移民や搾取対策なのだと思われます。
低コスト労働力を求める需要がそれだけ強いことも見逃せない
引用した二つ目の記事の中には、悪質なマフィア風の請負業者が労働ビザを持っていない不法労働者を農家に仲介して、労働者から賃金をピンハネするようなことが一般的に行われている、といったことも書かれています。もちろん、そうしたビジネスが行われる背景は、そうした低コストの労働力を求める農家がいるためだ、ということも指摘されています。
ビジネスとして成り立つということは、それだけの需要がある、ということは今回の行動計画の実効性を考えるうえでも見逃せないでしょう。
季節労働者のためのハンドブックも初めて作成
さらに、CIVCは、季節労働者のためのハンドブックなんてのも作りました(これはフランス語のみです)。この中で、ブドウを収穫するときの注意事項や、(最後の2ページで)労働者の権利や宿泊環境、賃金などの雇用関係についての簡単な説明までしてくれてます。
労働環境改善に真面目に取り組みを進めようとする姿がうかがえます。(今回のトップ画像はこのハンドブックの表紙の一部のキャプチャ画像です)
1.3_Livret-accueil-du-vendangeur-en-Champagne-web_0.pdf
今回の行動計画が実行されれば労働者の人権を心配せず飲めます
これで、人権意識の高いあなたも、(今年生産されたもの以降)シャンパーニュを飲むときに、労働者を搾取した犠牲の上に出来上がったワインではない、と安心して飲めます(ここで、ダウト!!と言える人、さっきのシャンパーニュの秘密をわかってます。笑)。ダウトと言えなくても、先行きを考えたときに労働者の人権については心穏やかにシャンパーニュを味わえるでしょう。もちろん、今回の行動計画がきちんと実行されていることが大前提ですが(ここは今後要チェックです)。
真面目にやったらコスト上がるので値段は高くなる?
今でも高いのに労働コストがさらに上がって価格転嫁されたら、もっと値段が上がるんじゃないかな、と元株屋としては心配になったりします。ただ、逆に上がらなかったら、季節労働者の賃金は総コストに占める割合が小さいか、賃金を上げてないか、ということにもなります。
値段が上がらなかったら対応ができてない、ということかも…
特に大量に生産するシャンパーニュ・メゾンは、生産設備にスティルワイン(泡の立たないワイン)よりも巨額の設備投資をしているので、雇用コストは大して影響がないかもしれません。
賃金を上げていなかったとしたら、せっかくパンフレットまで作ったのにダメじゃん、ということです。
ああ、ややこしくなってきた。とりあえず飲めれば良し、ということにしておきましょう。
シャンパーニュがサステナブルに気持ちよく飲めますように
どうです、少~しだけ気持ちよく飲めそうでしょう?
シャンパーニュの労働力と美味しいシャンパーニュがサステナブルになりますように。
また次回です。