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金曜の夜とクリームパン。

「仕事終わり、1.2分だけ時間つくれる?」
金曜の夜、会社を出たタイミングで連絡が入った。

待ち合わせの駅に到着してすぐ、遠くに彼の姿を見つけた。
最近始めたというゴルフの練習道具を背負って、自転車を漕ぐ姿は、帰宅ラッシュの駅前では少し浮いていて、まるでRPGの主人公のようで笑ってしまった。

遠出や旅行が難しいご時世なので、最近のデートは、金曜の仕事終わりに彼の家で一緒に夕飯を食べるくらい。でも今週はその約束すらもなしにしてもらった。

理由は、私のキャパ不足。
やりたい事とやらなきゃいけない事で頭の中がごちゃ混ぜになって、「今週は会える気がしない」と漏らしてしまったのが一昨日のこと。献立を考え、すでに買い出しまでしてくれた彼に。まったくワガママにもほどがある。ますます自分に嫌気がさす。

そして迎えた金曜日、冒頭の連絡が入ったのだ。

自転車を降りるなり手渡された袋の中身は、まえに気になると話していたクリームパンと、美味しそうなクロワッサンがふたつ。

「ちょっとでも気分転換になればと思って」
心配そうな表情で話す彼の言葉に、思わず泣きそうになりながら、
(あぁそうだ、こういう人なんだよなぁ)と思った。

彼との出会いは3年前、アルバイトで入った会社でのこと。
歳は私の方が上だけど、社歴は彼の方が先輩で、どうしても帰りが遅くなる木曜日の夜は、決まってご飯に誘ってくれた。人見知りで、なかなか素を出せずにいた私が唯一、飾らずに話せる心地いい時間。気が付けばプライベートでも会う仲になり、当然のように恋人になっていて、もう2年が経つ。

正直、話が上手いとか、イケメンだとか、いわゆるモテるタイプの人ではない。
どちらかと言えば、オチのない話ばかりしてくるし、顔は塩系代表で、髪の毛は生まれつきの天然パーマ。一生懸命だけど、ときどき的が微妙にズレていて、おっちょこちょいで、でもなんだか憎めない。カッコ良いよりも、かわいいが似合うそんな人。

欲張りで、完璧主義で、あっちこっちに手を伸ばしてはキャパオーバーになる私が、躓くたびに手を差し伸べてくれる。立ち止まれば隣に腰をおろしてくれる。寄り添う優しさを持っている人。

クリームパンは冷蔵庫で冷やして、今朝食べた。
大きく開けたはずの口からこぼれ落ちてしまうほど、たっぷりのクリームはあっさりした甘さで食べやすい。

来週の金曜日は、一緒に食べたいな。
口の周りにクリームを付けて笑う彼の顔が思い浮かんだ。

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