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訪日外国人のトレンドは「ローカル体験」 日本で得られる、新たな視点や学び

コロナ禍により、一時的に途絶えてしまった世界とのつながり。しかし、水際対策緩和から1年が経ち、街では多くの外国人観光客を目にするようになりました。
日本の成長戦略にとって、インバウンド観光はとても重要だといわれています。それをしっかり推進していくためにはまず、日本人自身が、日本の魅力を認識しておきたいもの。
今回は、訪日旅行者向けのツアーを企画運営しているJTBグループ社員の一人に、日本のなかにいるとあまり意識することのない「日本の魅力」について聞いてみました。海外の方は日本にどんな魅力を感じていて、日本でどんなことを楽しんでいるのでしょうか。

井上 遥(いのうえ はるか)
インバウンドを専門としているグループ会社「JTBグローバルマーケティング&トラベル(以下JTB GMT)」に所属し、富裕層に特化した「Boutique JTB」にて7年間勤務している。海外の旅行会社から依頼を受け、ツアーをオーダーメイドするのが主な業務。欧・米・豪からのお客様を担当。

「日本ならでは体験」を求めるお客様、それぞれに寄り添う日本の多面性


―― まず、井上さんのお仕事について教えてください。

井上:JTBグローバルマーケティング&トラベルは、JTBグループの中でもインバウンドを専門とした会社です。私が所属する「Boutique JTB」では、富裕層の旅行者に特化して、海外の旅行会社から来る問い合わせやご予約に対応しています。
私は、主に欧・米・豪からのお問い合わせを担当していますが、日本国内におけるツアーをオーダーメイドで企画・提案し、オペレーションまでを一気通貫で担うので、大変ですがやりがいがありますね。旅行者のご要望にできる限り寄り添うことで、一生記憶に残る最高の旅づくりを目指しています。
最近では、「日本ならではの、特別で最高の体験」を求めて来られるお客様が多い印象です。

―― 井上さんご自身は、「日本の魅力」ってズバリどのようなものだと思いますか。

井上:そうですね、たくさんあるのですが、私自身は「いろいろな面があること」が日本の魅力だと思っています。都会もあれば地方もある、歴史もあれば最新のものもあるし、サブカルもある。それに日本には四季があるので、季節を変えてくるとまた新たな魅力に出会えますよね。
実際、コロナ禍前からすでに訪日外国人のお客様はたくさん来られていましたが、アフターコロナにおいても海外からの注目度はかなり高く、「日本はホットデスティネーション(熱い目的地)だ」という声をよく耳にします。
近年、富裕層の訪日旅行では若い世代(ミレニアル世代)も増えてきました。単純に高級さや贅沢さを求めるというよりも、自分が価値を感じられるモノやコトのためなら、惜しまずお金を使うという傾向があるように感じます。ただ、その価値を置くポイントは、十人十色です。

贅沢よりも「ローカル体験」、価値あるものにお金使う富裕層

たとえば、以前「日本でお花見をしたい」とおっしゃるお客様がいらしたときは、都内の公園にある大きな桜の下に場所を確保し、琵琶奏者をお呼びしてお花見を体験いただきました。訪日外国人にとって人気のコンテンツである「桜」を、単に高級レストランで窓越しに鑑賞するのではなく、日本人のように外で食事をしながら愛でたい、というご意向があったためです。
ほかにも母国での挙式の他に、日本の神社でも結婚式を挙げられたゲーム会社の経営者もいましたし、プライベートジェットで世界一周をする途中に、「日本に立ち寄ってスノーモンキー(温泉に入る猿)を見たい!」と、長野まで行かれた方々もいらっしゃいました。

私が担当したお客様だけでも、これだけ多様な楽しみ方をしているんです。皆さん、必ずしも「高級感」を追求されているのではなく、どちらかというと「ローカル体験がしたい」とおっしゃいますね。それにともない、具体的な目的を持って来日されるお客様も増えてきました。

日本文化への興味はより深く、具体的に

―― 海外のお客様が興味を持たれていることとは? 訪日の目的は?

井上:まだまだ「日本文化」という大きな括りで日本に興味を抱いて来日される方も多いのですが、最近、私たちの部署でご対応しているお客様はもっと具体的に「漆器・陶器・織物」といった日本の華やかで美しい「伝統工芸」「職人技」に興味をお持ちの方も増えてきました。
「実際に工房を訪問してみたい」「職人の方から直接お話を聞きたい」というご要望はもちろん、「自分でもやってみたい」という好奇心旺盛な方も多くいらっしゃいます。なかには、具体的な職人名を挙げてお問い合わせいただくこともあり、その学ぶ意欲の高さに驚かされることもしばしばです。

金継ぎ体験の様子 ©Kintsugi Showzi

さらには「日本の暮らしや文化を支えてきた職人の想いや生き方に触れることで、自分の将来へつながる、新たな視点や学びが得られないか」という、知的好奇心の高いお客様も増えてきました。
これまでに、箱根の寄木細工や、金沢の九谷焼の窯元、京友禅の工房などをご案内してきましたが、このようなお客様は、実際の体験中にも、技術や作品に込められた意味などを積極的に質問されています。どの職人の方も丁寧にお答えしていて、見ているこちらとぢyrも勉強になることばかりでした。

訪日外国人を通じて知る、金継ぎの魅力と価値

―― 井上さんのなかで、特に印象深かった体験はありますか。


井上:そうですね、どれも素晴らしくて甲乙つけがたいのですが、私が特に印象に残っているのは、漆アーティストとの「金継ぎ(きんつぎ)体験」です。「金継ぎ」とは、陶器などのヒビや欠けを漆で修復し、漆が乾く前にそこへ金粉などを撒いて付着させる装飾技法のこと。これは、日本の漆工芸における装飾法技の一つ「蒔絵’(まきえ)」の技術を用いたものだそうです。
本来、金継ぎは一カ月以上の工程を経て完成するものですが、観光客の方は滞在時間が限られるので、漆で破片を接着して金粉で仕上げるという最後の工程に絞って体験いただいています。自身で金継ぎをした作品を持ち帰ることができるので、とても人気があるんですよ。

―― エピソードがあれば教えてください。

金継ぎ体験の様子 ©Kintsugi Showzi

井上:北米のお客様から「金継ぎを体験したい」とリクエストをいただき、都内にある「金継宗家」の工房をご案内したときのことです。ご参加されたのは、両親と小学生2名の4人家族。「お子様たちに何か有意義な学びを得させたい」というご両親の希望でアレンジさせていただきました。
体験中はレクチャーに沿ってそれぞれ個性のある作品を作り進めていましたが、そんななか、ご両親が感銘を受けていたのが、この工房の漆アーティストである塚本さんからのお話です。
「時間とともに古くなることは劣化ではなく変化であり、プラスにとらえるべき」「変化も美しいと受け入れることで豊かになれる」という示唆に、「"不完全の美"という概念は新鮮で学びがあり、感激した」と。さらにお子様たちも、「キレイだね、学校へ戻ったらみんなに教えてあげたい」とおっしゃっていました。普通、壊れたものをみて「キレイだね」という言葉ってなかなか出ないと思うので、お子様にも金継ぎの哲学的な美しさを感じていただけたような気がして、じわじわと嬉しさがこみあげてきました。

実は私もこのときまでは、金継ぎは「壊れたものを元に戻す方法の一つ」としか捉えていなかったんです。でも実際に足を運んで、その認識を改めることができました。劣化と捉えず変化を受け入れ、それはそれで美しいという、まさに日本文化特有の「侘び寂び」の考え方にも通ずるものがあると思います。体験そのものに満足いただけたことはもちろんですが、このご家族の学びに貢献できたこと、そして日本の文化を深く知っていただけたことがとても嬉しく、今でも心に残っています。

小さな交流の積みかさねで、日本全体を元気にする

―― 最後に、井上さんの今後の展望を教えてください。

井上:水際対策が緩和されてから1年、ありがたいことに、海外からものすごい量のお問い合わせをいただくようになりました。オーバーツーリズムや人手不足など受け入れの課題はあるものの、やっぱりお客様の「ようやく日本に来られた!」という喜びの声を聞くと、嬉しくなりますね。人気のエリアはコロナ禍前と同じく「ゴールデンルート(東京から箱根や富士山を通って京都・大阪へ向かう王道ルート)」なのかもしれませんが、私としてはそれ以外の地域の魅力、そして日本文化の魅力も積極的にお伝えしたいと考えています。お客様のご興味を膨らませて、1回のみならず2回、3回と来日いただきたい。それが各地を盛り上げて日本全体を元気にすることにも繋がるのではと思っています。

相撲や歌舞伎のような、日本の伝統文化に興味を持つ訪日外国人もさらに増えているのだとか。

そしてこれからも人と人、そして人と文化をつなぐことで、日本をもっと深く知っていただくきっかけを作っていきたいと思います。一つひとつは小さな交流かもしれませんが、一人ひとりにとって大きな意味を持つものであれば、その人の人生観を変えるようなこともできるのではないでしょうか。小さな交流を積み重ねて、より多くの人に、日本をさらに好きになってもらえると嬉しいです。

―― 井上さん、ありがとうございました!