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都市沿岸域の恵みと持続性を高めよう

佐々木 淳
論説委員
東京大学 教授

東京湾では1960年頃には19万トンの漁獲量がありましたが、昨今は1万トン程度に激減しました。19万トンは単純計算で420万人分の魚介類の供給に相当し、豊かな恵みをもたらしていたことが想像できます。身近な環境に人手を入れ、人と自然の共生を目指す里山はよく知られていますが、瀬戸内海で生まれた里海(人手が加わることによって生物多様性と生産性が高くなった沿岸域)も、人手を加えるべきではないとの意識が強かった欧米にSATOUMIとして受け入れられるまでになっています。一方、東京湾のような都市に面した内湾では市民の関心は低く、2021年に延期された東京オリパラを前にしても、東京湾沿岸域の将来像といった議論は一般には盛り上がりませんでした。これは不思議なことではなく、開発によって海から遠ざけられてきた人々の関心が薄れていくことは自然なことと思います。気候変動への危機感からプラネタリー・バウンダリー(地球の限界)が提唱され、世界の資源獲得の場としてのフロンティアが消滅しつつあり、また、コロナ禍で地域の資源や環境の重要性にあらためて気づかされる中、身近な沿岸域をコモンズとして捉え、恵み豊かで市民の憩いの場として親しめる都市内湾の環境を再生し、持続的な地域と社会を目指すことがますます重要と感じます。

行政による内湾環境の再生に関わるプロジェクトは財政難もあって2000年代と比べて大きく減少しています。このような困難な状況下で、近年新しい動きが始まっています。2013年に東京湾再生官民連携フォーラムが設立され、従来、東京湾再生推進会議(行政)が政策を立案・施行してきた東京湾再生プロジェクトに対し、官民の対等な議論を基に政策提案を行い、それを行政が受け取り検討する枠組みが生まれました。

同フォーラム傘下にはテーマ毎に政策提案を立案するプロジェクトチーム(PT)が設置され、文字通り官民での議論が展開されています。その一つである生き物生息場つくりPTは藻場・干潟や浅場といった、魚介類の産卵場や生息場として重要な環境を再生する活動に取り組み、マコガレイ産卵場の底質改善を提案しました。これは東京湾を美しく豊かな海に再生する検討の中で、近年大きく減少したものの、少し人手を加えることで回復が見込まれるマコガレイに着目したものです。マコガレイ産卵場の一つは東京湾北部の浅い窪地ですが、底質のヘドロ化によって卵が泥中に埋没し孵化しないため、砂質のマウンドを整備しようという提案です。現在の社会情勢ではこの取り組みを民間に期待するのは難しく、水産部局に期待するのも財源的に困難でした。また、そもそも都市内湾には港湾域が多く、関係者も多岐にわたり調整も大変です。同PTでは官民の関係者が手弁当で集って知恵を出し合い、マウンドの材料には港湾工事で発生する良質な土砂を活用し、科学的裏付けや施工方法、漁業者等の合意形成は行政に加え、研究者、技術者や水産関係者が中心となって取り組みました。2019年初夏にはこのプロジェクトが実現し、12月に同PTが行ったモニタリング調査では多くの卵が確認されました。官民で政策提案を行い、関係者が互いに通常の業務から少し境界領域に手をさしのべることで、法的枠組みの変更や追加予算なしに環境再生の取り組みが実現した、日本の内湾では最初の事例となりました。また、この活動を通して、河口域や離島の土砂等、処分の必要な土砂情報が集まるようになりました。それらの活用には科学技術とマネジメントの両面でハードルがありますが、今後の展開に期待が持てます。

2015年のパリ協定を契機に、CO2の新たな吸収源としてブルーカーボン(海洋生態系によるCO2吸収)が注目を集めつつあります。

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画像出典:国土交通省パンフレット
「海の森 ブルーカーボン CO2の新たな吸収源」
https://www.mlit.go.jp/kowan/content/001394945.pdf

日本の吸収源対策としては森林、農地土壌炭素等が先行していますが、2020年12月に策定された、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」にはブルーカーボンを活用した取り組みの推進が謳われています。ブルーカーボンに関わる主な施策は藻場・干潟の再生であり、それは生物多様性、水産資源、水質浄化、減災、癒やしや文化の醸成といった、生態系サービスの恩恵(コベネフィット)をもたらします。この動きを加速し、安全で美しく豊かな内湾を都市沿岸域のコモンズとして推進し、持続可能なまちづくりにも取り入れていくことを大いに期待します。

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画像出典:経済産業省資料
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012.html

土木学会 第167回 論説・オピニオン(2021年4月版)

(2021/4/23:事務局追記)
ブルーカーボンと沿岸域については、国土交通省国土技術政策総合研究所(国総研)さまの動画もあわせてご覧頂くと参考になるかと思います。


#土木学会 #論説・オピニオン #環境再生 #資源 #ブルーカーボン #内湾 #気候変動

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