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インフラ健康診断書2024

土木学会事務局です。

土木学会では2016年度より、「インフラ健康診断」の取り組みを行っています。これは、土木学会が第三者機関として、橋やトンネル、上下水道などのインフラの健康診断を行い、その結果を公表し、解説することにより、インフラの現状を広く国民の皆さまにご理解いただき、インフラの維持管理・更新の重要性や課題を認識してもらうことを目的としています。

2024年6月に、インフラ健康診断2020から4年ぶりに全部門を改定した「インフラ健康診断書2024」を公表しました。インフラ健康診断2020では含まれていなかった「電力部門」のほか、農業農村工学会にもご参加いただき、「農業水利部門(土地改良施設)」が含まれています。

以下、PDFレポートをnote向けに再構成したものです。
各部門の詳細なレポートは、PDFレポートをご参照ください。


本診断書を読むにあたって

診断評価方法

公表データや調査により施設の点検結果や維持管理体制の情報を収集し、土木学会独自の手法で指標化することで、施設の健康度や維持管理体制を評価・診断しています。

各部門や各部門内の施設に求められる機能や評価項目・基準が異なりますので、総合的な健康状態の良し悪しを直接比較できないことにご注意下さい。
各部門の具体的な評価項目や基準は、レポート(PDF)をご参照下さい。

インフラの長寿命化と体力強化

本健康診断書では、長寿命化の観点からインフラの健康状態のみを扱っています。一方で、インフラはそのつくられた年代によって、例えば、地震や台風・豪雨に対する強さや耐久性の大小が大きく異なっています。そのため、インフラの重要度などによっては、健康状態を保つことに加え、耐震補強や整備水準の向上などを通し、その体力の強化を図ることも重要です。

例えば、インフラを代表する道路橋は、高度経済成長期を中心に大量に建設されてきました。その耐震設計基準は、1990年に大きな改訂があり、さらに1995年の阪神・淡路大震災を契機に大幅な見直しがなされました。劣化対策についても、様々な研究が進められ、高耐久な道路橋の設計・施工が可能なように耐久設計法は高度化しています。そのため、上記の図に示されるように、1990年よりも前の基準(図中、旧基準)でつくられたインフラと、現行基準でつくられたインフラでは、建設当時(ゼロ歳時)の体力に大きな差があります。さらに、耐久性への配慮が足りない旧基準では、時間とともに体力が失われるスピードが速く、健康状態を適切に診断し、必要な措置(補修・補強)により体力を回復させる必要があります。

本健康診断書が着目しているのは、この健康状態であり、設計基準の新旧に関係なく、設計当時の体力がどれほど落ちている(劣化している)のかに焦点をあて、できる限りの長寿命化を図るための提言が処方箋などとしてまとめられています。

一方、多くの利用者があるインフラなど、その重要度によっては、単に建設当時の体力に戻す補修のみでは十分ではなく(上図の(3))、現行基準が与えている体力を目標に、体力強化を図ることが必要です(上図の1))。橋梁の耐震補強や河川の整備水準の向上(堤防をつくる、河道を掘る、あるいはダムに貯めるなど)は、体力強化の良い例です。なお、対象とするイン
フラの重要度、補修・補強に要する費用・時間などにより、段階的な補修・補強が図られることもあります(上図の(2))。

本健康診断書では、診断にあたりインフラがゼロ歳時に持っていた体力の大小を考慮しておりませんが、今後は、劣化の程度や長寿命化の観点に加え、体力の大小や補強の必要性に言及した健康診断書も求められます。

施設の健康度と維持管理体制の指標

インフラの健康診断は、人の健康同様、①現在の健康状態、②健康を維持あるいは回復するための日常の行動である維持管理体制、の2 点を基本として評価を行っています。健康度が現在の健康状態の結果を表し、維持管理体制が現状の状態が進んだときの将来の健康度を表しています。各指標は、地域や管理者ごとのデータを評価したうえで、全国平均としての指標で表しています。

インフラの健康状態

インフラ健康診断2020 の結果と比較する形でまとめています。インフラ健康診断2024 における施設の健康度は、A(健全)~ D(要警戒)の範囲に大きくばらついており、各部門・施設で異なっています。施設の維持管理体制
多くで現状維持見込み、あるいは悪化見込みとなっています。

2012 年の笹子トンネルの天井板落下事故以降、5 年に一度の点検が義務化され、傷みの大きい構造物の修繕が進む道路部門の橋梁・トンネルにおいて、健康度および維持管理体制の改善が見られた一方で、インフラ全体としては、予算・人材の不足により楽観できない状況が続いています。

現在の維持管理体制の一層の強化を図り、老朽化の進展を止めるとともに、健康状態を向上させるような仕組みの構築や、点検の自動化・省力化など、新技術の開発に継続的に取り組む必要があります。

各部門の健康診断結果の詳細は、PDFレポートでご確認ください。

インフラの健康状態を改善するための処方箋

インフラの維持管理は、施設管理者(国の地方機関・地方自治体・公共企業体・民間事業者等)、国(管理者を財源的・制度的 あるいは技術的に支援)、民間企業(点検・対策・技術開発などの具体的な行為を実施)、学協会(関係者間の連携・技術のプラットフォームの検討・一般への啓蒙啓発を実施)、教育・研究機関(人材育成や先端的な技術開発・研究を実施)など、様々な組織が関係して行われています。

インフラの健康状態を維持・改善するためには、上記の組織が個々にあるいは協力して、①維持管理を行う体制と予算、②適切かつ効果的な点検・診断・対策の実施、③有効・効率的な維持管理技術の開発、の観点を組み合わせた維持管理を継続的に行うことが必要です。

維持管理を行う体制と予算

インフラの維持管理は、健康状態を維持するための日常的な管理を続けることが重要です。そのためには、長期間にわたって必要な予算を確保しつつ、効率的に維持管理を行う「制度と体制の確立」、「人材の育成・確保」、「国民の理解と協力を得るための広報活動やインフラ健康状態の見える化」「インフラに関するデータベースの整備とそのマネジメントへの活用」などが重要です。 そして、インフラに著しい劣化が生じる前に処置を施していく予防保全への移行を図り、ライフサイクルコストの最小化を意識した効率的な維持管理と更新を目指す必要があります。

  • は、管理者が適切な維持管理を行うための財政的サポートと継続的な財政措置を可能とする制度を確立する。

  • は、適切な維持管理体制の構築のための「契約制度の改善」(包括契約や複数年契約など、仕事がやりやすいようにする、魅力あるビジネスにする)、「関係者の緊密な連携」(発注者、発注者を支援する技術センター、信頼できるコンサルタント、補修会社、大学や国など)を実施する。

  • 土木学会は、「契約制度の改善」、「関係者の緊密な連携」が図れる方策の検討や提案を行う。

  • 管理者は、予防保全を前提とした維持管理体制を構築する。

  • 管理者である地方自治体等は、ライフサイクルコストの最小化を意識し、維持管理を効果的に行うための施設の点検・診断・対策・記録というメンテナンスサイクルを継続的に行うため、中・長期的な予算水準や管理計画などのシナリオを立案・決定する戦略レベルのマネジメント計画を作成する。

  • 管理者である地方自治体等は、戦略レベルのマネジメント計画に基づいた維持管理結果を公表あるいは第三者評価を行いながら、計画通り実行する。

  • 管理者は、少子高齢化のさらなる進展を見据え、人材の育成・確保に努めることに加え、維持管理の省力化を可能にする新技術を速やかに実装できる制度を整える。

  • 小規模地方自治体は、点検も含め複数の自治体をまとめて広域化した範囲で維持管理の対応を検討する。

  • 国民から、インフラの維持管理・更新の重要性に対する理解を得られるように、また、インフラの適切な利用や維持管理への参画等に対する協力を得ることができるように、国・管理者・土木学会は積極的な情報発信等を行う必要がある(インフラ健康診断2024 はこの趣旨のもとに作成されております)。

適切かつ効果的な点検・診断・措置の実施

ほとんどのインフラで点検が義務化され、それぞれのインフラの特徴を踏まえた点検基準に基づく点検が行われ、健全性の診断が行われています。今後は、点検・診断から、点検・診断結果を踏まえた対策(補修)に維持管理の力点を移し、予防保全型への転換を図る必要があります。なお、インフラの重要度によっては、単に劣化対策を施す長寿命化ばかりでなく、施設の体力強化につながる対策(補強)も行われる必要があります。

  • 管理者は、点検時には全ての施設を同レベルで見るのではなく、過去の点検結果の履歴を参照しながら、着目点を明確にしたメリハリ のある点検方法を構築してコスト軽減を行う。

  • 管理者は、診断結果に基づいた補修を速やかに行う。劣化が著しい箇所の事後保全に対する補修だけでなく、予防保全のための対策も積極的に行う。

  • 点検で発見された症状は千差万別であり、その対策は一律の方法で行うことが困難な場合が多い。土木学会や管理者、大学などの教育機関は、個々の症状に応じた補修の対策を計画・実行できる人材育成を行う。

  • 土木学会は、数多く見られる症状には、補修・補強の方法を体系化・マニュアル化することで、それに即した技術開発が行われることを認識し、技術資料の作成を行う。

  • は、土木学会などが作成した技術資料の知見を踏まえ、最新の技術指針の作成と活用促進を図る。

  • 管理者は、長寿命化を図るばかりでなく、体力の不足が明らかになった場合には、施設の重要度も考慮しながら、体力強化(補強)にも積極的に取り組む。

有効・効率的な維持管理技術の開発

膨大な数のインフラを維持管理するために必要な費用は膨大なものとなります。ライフサイクルコスト最小化の観点から予防保全を実現し、かつ技術革新により維持管理費を減らし、長期にわたる社会負担を減らす必要があります。

  • 民間企業や国の研究機関、大学などは、維持管理のレベルを保ちつつ、そのコストと労力を低減できる技術開発を積極的に行う。

  • 民間企業や国の研究機関、大学などは、点検などでルーチン的な行為については、ロボット技術やICT の活用により現場での人に頼らない技術開発を行う。

  • 土木学会は、開発された技術の評価や技術が使われやすい枠組みなどの提案や社会発信を行う。

  • 管理者は、民間企業の技術開発のモチベーション向上のために、①ニーズの明確化、②採用の範囲・規模と技術の必要期間の明確化、③新たな技術を現場で使用するための要件や手順の明確化、④数年間の包括委託、などを検討し、実施する。健康診断2024 はこの趣旨のもとに作成されております。

その他で考えるべき事項

【新設構造物に対して】

長期利用を考えた、社会的状況に応じて機能の変化や追加にも容易に対応できる冗長性のある構造物の構築が必要です。

  • 管理者は、初期費用だけでなく、ライフサイクルコストに重きをおいた、建設コストの算出や構造形式の決定を行う。

  • 管理者は、日本海沿岸部など、極めて厳しい環境に置かれるインフラに対しては、ステンレス鉄筋の使用など、高耐久な材料の積極的な利用に努める。

  • 土木学会は、日本全国から得られる点検結果の情報分析に努め、劣化の特徴を把握し、それを防ぐための研究活動を行うとともに、インフラの設計基準への提言を行う。

【配置計画について】

効率的な維持管理や技術開発による維持管理コストの削減に加え、インフラの廃止や集約も視野においた配置計画の見直しも今後必要になってきます。

  • 地方自治体等は、地域やインフラに対する価値を明確にし、インフラの必要性・廃止の可能性を地域住民とともに考える。

  • 地方自治体等は、配置計画を考える際には、①物理的状況、②社会的状況、③管理者状況、の3 要素を考慮する。物理的状況は、どんなインフラを持っているかというインフラの量と状態である。社会的状況は、利用度、利用者、重要度などであり、インフラがどのように使われているかという状況である。また現状だけでなく、市町村にて算定される立地適正化計画などの地域の将来像も踏まえた将来の使われ方や、平時でない災害時の役割も考える必要がある。社会的状況や管理者状況は、戦略レベルのマネジメントをどのように考えるかということである。

  • 土木学会は、インフラの配置計画を検討するための技術資料の作成を行い、配置計画の検討の技術的サポートを行う。


COLUMN|様々な技術開発が進められています(SIP の紹介)
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)とは、内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が司令塔機能を発揮して、府省の枠や旧来の分野を超えたマネジメントにより、科学技術イノベーション実現のために創設した国家プロジェクトです。各課題をリードするプログラムディレクター(PD)を中心に産学官連携を図り、基礎研究から実用化・事業化といった社会実装までを一貫して研究開発を推進します。2023 年度からスタートしたSIP 第3期では、インフラの維持管理に関して、「スマートインフラマネジメントシステムの構築」と題した課題が採択されました。PD は、久田真・東北大学大学院教授です。
このプロジェクトでは、わが国の膨大なインフラ構造物・建築物の老朽化が進む中で、デジタル技術により、設計から施工・点検・補修まで一体的な管理を行い、持続可能で魅力的・強靭な国土・都市・地域づくりを推進する
システムを構築し、効率的なインフラマネジメントを実現するための技術・研究開発が取り組まれています。特に、Society5.0 の中核となる“ デジタルツイン” を開発のコアとして考え、開発のアウトプットとして「未来の建設技術」、「未来のインフラ」、「未来のまち」に資する技術であることが常にイメージされています。
【SIP 第3 期・スマートインフラ】 https://www.pwri.go.jp/jpn/research/sip/index.html

※以下は久田真PDによる「論説・オピニオン」です

インフラメンテナンス総合委員会

土木学会では、インフラメンテナンスを力強くなおかつ恒常的に位置づけるため、既存の関連委員会を発展的に統合し、会長を委員長とする「インフラメンテナンス総合委員会」を2020年度から常設し、活動を推進しています。活動予定など、最新情報は以下のサイトでご確認ください。


海外の「インフラ健康診断」

海外で実施されているインフラの評価をご紹介します。

ASCE(米国土木学会)のインフラ健康診断(Infrastructure Report Card)

ASCEは、アメリカのインフラの現状を17のカテゴリーに分け、学校の成績表のようなA~Fの評価方式で評価しています。このレポートカードには、成績を上げるための提言も含まれています。

NIC(国家インフラ委員会)の国家インフラ評価(National Infrastructure Assessment)

英国では、長期的な経済インフラのニーズを分析し、戦略的なビジョンを概説して、特定されたニーズをどのように満たすべきかの推奨事項を提示しています。2018年に最初の評価を公表し、2023年秋には2回目の評価(Second National Infrastructure Assessment )が公開されました。

日本インフラの実力診断

インフラ健康診断は、土木学会で取り組む「日本インフラの実力診断」の一角でもあります。「日本インフラの実力診断」は、日本がこれまで蓄積してきたインフラについて、1)体力、2)能力、3)健康状態の3つの観点で診断を行い、日本インフラの実力を評価して、その結果を世に問うことを通じ、以下を目指しています。

① 「インフラ概成論」から脱却
② 日本の技術への「過信」から脱却
③ 国民や政治家の正確な理解
④ インフラや国土に関する(賛否の)議論を促進
⑤ 国土やインフラに関わる政策へ反映

日本インフラの体力診断

「高速道路」、「治水施設」、「国際コンテナ港湾」、「下水道」、「地域公共交通」、「都市鉄道」、「水インフラ」、「公園緑地」、「新幹線」、「街路空間」、「バルク港湾」、「空港」の12分野の体力診断を実施しています。


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/