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技術の伝承・人材の育成~先輩技術者としての責務

伊藤 正秀
論説委員
(一財)土木研究センター理事長


個人的な話で恐縮だが、技術者として歳を重ねるに伴い、業務の成否だけでなく人材の育成という点をより意識するようになってきた。一定の知識習得は研修等で可能だろう。しかし、インフラを取巻く状況は千差万別である。様々な変化や困難に対して柔軟に対処し、適切に対応策を組み立て結論に導く。こういった自立したスキルをどうやって育成していくか。これは実に悩ましい。

次世代の技術者に何を、どう伝えていけばよいのか、同様な悩みを抱える方々の参考になればと思い、ポイントを整理してみたい。経験上、技術政策に係る研究開発に偏った内容であるが、技術者としての業務一般にも通じる部分を読み取って頂ければ幸いである。

<何を伝えるか①>基本的な技術的思考の伝達

研究開発では個人の発想や創造力が重要だと、よく言われる。この指摘は正しいが、誤解・曲解されることも多いと感じる。社会的意義が曖昧な研究テーマ設定、部分的な実験や都合のよいデータに基づく結論の断定、客観的な解釈と憶測の混同、異なる意見に対する拒絶反応、こういった場面に何度も直面してきた。そして軌道修正すべく担当者と議論していく過程で、研究の基本作法を知らないのではないかと思うようになった。

マニュアル的、画一的に教えることはナンセンスだが、基本的な手順があってこそ、自由な発想や創造力が輝きを放つのだと思う。こういった作法、技術的な思考スキルは日常の中で徐々に身に着けていくものだろう。しかし時間的余裕がなくなり、OJTでの修得は難しくなっているに違いない。経験者には当たり前となった事柄を、わかりやすく伝えていく必要があると感じている。

<何を伝えるか②>失敗談の教え

どこの組織でも講演会やWEBを利用して、好事例の横展開や体験談の共有は行っていると思う。ただ、私も経験があるが参加者の反応は中々つかみきれない。一方、少人数の若手とテーマを決めずに対話する機会があり、その際、参加者が失敗談には強い関心を示した。「失敗はあるか、何故失敗したのか、どう対処したのか」ということである。自ら痛い経験をするからこそ、失敗は教訓となりノウハウとして蓄積されていくもの。しかし、最近は失敗が許容されにくくなっているように感じる。効率的に失敗を経験する、一つの失敗が自己否定につながらないようにするためにも、活字にはしにくい経験を伝えていくことも必要と思う。

<どう伝えるか>経験を伝承する仕組みづくり

では、どのような方法で伝えるか。上司も余裕がなくOJTだけでは限界があるし、伝える側の技術力や性格により効果に差異もあるだろう。しかし組織には様々な技術者がいて、その分だけ多様な経験談やノウハウが内在しているはずである。これらを、通常業務の枠を超え、組織全体で共有できる仕組みとして定着させることが重要だと思っている。

上記に関して、私の実践例を簡単に紹介したい(国土技術政策総合研究所のHPでご覧頂ける)。

「基本的な技術的思考」については、「研究の心構え」というものをとりまとめ、研究方針に包含した。研究開発の流れを6つのステップ(①真のニーズの理解と技術的課題の明確化、②仮説と検証方法、社会実装への道筋を含めた研究計画の立案、③事実に基づく計画の見直し、④知見の体系立てた取りまとめ、⑤社会実装に向けた道筋の構築、⑥結果のフォローアップと研究への反映)に分け、各ステップでの留意事項を示したものである。なお、既往研究の整理や結論導出プロセスを見える化する手順など、具体的な事例も別途、伝えた。

■国総研レポート2017「研究開発の生産性をどう向上させるか」(PDF)

■国総研レポート2018「研究の心構え~スキルを高め、より良い研究を効率的に進めるために」(PDF)

■国土技術政策総合研究所 研究方針「研究方針」

「経験を伝承する仕組み」については、「経験・ノウハウ伝承講演会」というものを定常化した。河川、道路、港湾、建築、下水道、砂防等の全所管分野を対象とし、テーマも基準案の作成、現場写真の撮り方、災害最前線での技術指導など実務で直面する内容から学位取得や海外留学まで幅広く取り上げている。話し手は、実体験さえ話せれば世代を問わず登壇して頂いた。裏話や失敗談が語られることも多く、講演者が伝え方に工夫するスキルアップという副次的効果も感じた次第である。

BIM/CIMやVR等が当たり前になってきた今では、疑似体験を用いた育成手法等も効果的だろう。それでもなお、ここで記したアナログ的な取組みも必要だと思う。自らの経験やノウハウを、次世代にどう伝えていくのか考え実践していくことは、先輩技術者としての責務ではないだろうか。そして伝えを受けた世代が、いずれ伝える立場となるという循環につながることを願っている。

土木学会 第181回 論説・オピニオン(2022年6月版)



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