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テレワーク環境におけるコンプライアンス・技術者倫理について

秋葉 努
論説委員
株式会社 建設技術研究所 取締役常務執行役員

弊社は、IT環境整備を進め、生産性を向上させる目的で部分的にテレワークを推進していた。しかし、COVID-19のパンデミックによる緊急事態宣言を受け、多くの社員が在宅テレワークに強制的に移行せざるを得ない状況となった。

弊社の場合、パンデミック下の2020年3月以降の2年間に入社した社員は、会社の雰囲気、先輩たちの議論の内容を自席で直接感じとる機会が少ない中で、業務を遂行している。技術の内容や作業手順などは、WEB会議による上司からの指示で業務対応を行っているが、この環境で心配なことは、会社の風土や文化といった先輩たちから引き継ぐ暗黙知の継承が出来ないことだと思う。特に、先輩たちから直接・間接で教えられる技術者としての心構えや倫理観などが伝わっているのかを心配するのは、私だけに限らないことと思う。

パンデミック前の2017年11月に(一社)日本経済団体連合会は、Society5.0(新しい社会)の実現を通じたSDGsの達成を柱として「企業行動憲章」を改訂した。企業行動憲章では、企業は高い倫理観と責任感を持って行動し、社会から信頼と共感をえることが必要との考えのもと、法令順守の徹底や不祥事に対する問題解決の責任を果たすことなどがうたわれた。

これを受けて弊社は、コンプライアンス重視の風土をつくりあげていくために、行動規範の制定、各種の法令順守マニュアルの作成、規程の整備などを進めるとともに、リスクマネジメントに準拠したコンプライアンス推進計画に基づく、社員のコンプライアンス意識向上を目的とした研修を対面で実施していた。しかし、パンデミック下では、WEB会議やオンデマンドビデオを活用した研修を実施している。これまで社内で培われ暗黙のうちに継承されてきた会社の風土や決まり事など、コンプライアンスに関連した問題意識が形式的な内容でないためテレワークで伝えることは難しく、研修担当者は、大変苦慮している。

さらに、テレワークでは継承が難しい暗黙知として、技術者の倫理観(技術者倫理)がある。技術者倫理は、土木学会においても倫理教育のカテゴリーで過去議論されているが、技術者が保有すべき総合的な問題解決能力であり、まさに、建設コンサルタント技術者が保有すべき能力の基本である。

技術者は、会社に誠実な社員であると同時に、公衆の健康、安全および福利を優先する責務もあるとされる。弊社では、そのような倫理的なことをはじめ、技術者として周りから認められる専門技術やその立ち振る舞いのあり方等については、これまで上司や先輩とのコミュニケーションによって伝承されてきた。筆者が入社した当時(40年前)は、先輩をロールモデルとして(ある時は反面教師として)実践的に学びとり受け継いできた。しかし、テレワークでは、先輩の行動を見て学習する機会が大きく減少するため、社員の技術者倫理の継承・醸成は、コンプライアンス問題以上に心配である。

COVID-19の感染症対策でテレワークが普及し、業務遂行に支障がなく、生産性も向上するといったことがマスコミなどでも紹介される。しかし、テレワークでは、会社が培ってきたコンプライアンス意識や技術者倫理を実践的に継承することが難しくなるため、これまで以上にこれらに関わるリスクへのマネジメント、すなわち倫理マネジメントが必要になる。従来のように社員個人の意識に委ねるマネジメントではなく、組織としてのマネジメントへ転換し、会社の様々なマネジメントシステムと一体的に運用する必要がある。

会社の風土や文化および技術者倫理など組織に脈々と流れる暗黙知の継承は、企業価値を保持するために重要である。会社の特性を失わないためにもテレワーク前提で、これらの継承を可能とする社内コミュニケーション、業務指導および教育研修などのあり方を模索しなくてはならない。

筆者は、リスクマネジメントおよび倫理マネジメントのサイクルを回しながら、テレワークにあった就業制度の変更、ITツールを活用したコミュニケーション不足解消策の展開および技術者同士の関係性をより重視する教育研修の実施などから取組むべきと考える。

#テレワーク #コンプライアンス #技術者倫理

土木学会 第173回 論説・オピニオン(2021年10月版)


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/