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社会インフラ整備・運営における価値創造の加速

上田 康浩
論説委員
前田建設工業

日本の社会インフラの整備・運営には、その老朽化、自然災害の激甚化、利用人口の減少、担い手不足、整備予算の削減などの課題への対応が進められている。またカーボンニュートラルや感染症対策などの新たな社会課題も顕在化し、複雑化・不確実化する社会の中で、インフラサービスのイノベーションが求められている。

この動きは世界の潮流であり、ベンチャー企業だけでなく、大企業を含めたイノベーションを起こすことの重要性が問われてきており、2019年に国際標準化機構(ISO)により、イノベーション・マネジメント・システム(以下、IMS)のガイドライン規格「ISO 56002」が策定された。

本規格の特徴としては、イノベーション活動を5段階の非線形(nonlinear)の活動と定義したことである。具体的には、1)機会の特定、2)コンセプトの創造、3)コンセプトの検証、4)ソリューションの開発、5)ソリューションの導入の5つの活動を行うものの、上から下に流れるだけではなく、検証の結果がうまくいかなければ、コンセプトの創造にまた戻るなど、これらのプロセスを何度も繰り返す試行錯誤の中でイノベーションによる価値創造が実現するとされている。ISOのマネジメント規格に試行錯誤の考え方が入ったことは画期的であり、経済産業省も「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」を作成して、IMSの普及を促進しており、本規格に則った取り組みを進めている大企業も出てきている。

この試行錯誤のサイクルを日本でもうまく取り込めるか、早く回せるかが課題である。日本は欧米と比較し、事前に十分考えた上で、より良い製品・サービスを世に出すことが多い。また失敗を認めない雰囲気が組織内に広がっていることもその要因と考えられる。

この考え方をインフラ整備・運営に関わる価値創出に適用するには、実際の社会インフラを使った試行が必要となり、どのインフラのどの部分を使えるのか、運営者の合意を取ることなどに時間がかかってしまう。インフラの運営者にとっては、試行錯誤のために公共インフラを貸し出してほしいと言われて、簡単に「ハイ。どうぞ」とはいかず、様々なハードルが出てくる。この課題を解決する方向性として、欧州北部で盛んにおこなわれているリビングラボの考え方としくみを社会インフラにも適用することが考えられる。

リビングラボは政府や自治体、企業、市民などの利害関係者を巻き込み、全体でシステムの開発や課題解決に取り組む「参加型デザイン」手法であり、日本でも近年導入されているが、広くアイデアを受け入れ、ユーザーまで巻き込んだ試行錯誤を実践できている事例は少ない。

この考え方をインフラ運営の分野で実践している事例として、以前にも本誌論説で紹介されているが、愛知県の有料道路を運営している愛知道路コンセッション株式会社が愛知県の道路公社とともに実施している「愛知アクセラレートフィールド」がある。

2018年からベンチャー企業や大学、大企業などの開発した技術・サービスを実際の有料道路を用いて実証のできる継続的な仕組みを構築し、多くの団体からの実証(試行錯誤)の応募に応えている。例えば、逆走防止や走行車両の乗り心地の改善、維持管理効率化の策など、運営側の効率化やサービス向上につながる技術を募集・試行・効果検証し、良いものは実際の運営に取り入れている。これによって、運営会社としてのコストダウンやサービス向上につながっている。さらに実証を行った企業・大学側にとっても、供用中の道路施設での実証という貴重な実績にもつながることから、非常に好評と聞いている。

個人的には今後、有料道路のユーザーに周辺観光地やPAなどの密な状況やイベント情報をリアルタイムに知らせたり、EVへの無線給電といった新たなインフラの付加価値を迅速に社会実装するために、このようなリビングラボ的な取り組みが不可欠と考える。また、この意識が広がり、他のインフラにおいても新技術やサービスの試行が簡単に実施できるしくみが発展し、将来的には開発した技術をどんなインフラで実証したいかを入力すると、運営者、ユーザーがマッチングされて、簡単に実証を行えるしくみが構築され、日本全体の試行錯誤のサイクルが加速し、社会イノベーションの加速につながっていくことを期待している。

参考)
1) 土木学会論説・オピニオン 第139回_2018.12月版

土木学会 第176回 論説・オピニオン(2022年1月版)



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