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D&Iを支える都市インフラとは?

太田雅文
論説委員
(株)東急総合研究所 

ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)は、「誰一人取り残さない」ことを基本的理念とするSDGsの根幹であり、都市づくりに欠かせない理念となっている。多様性を受け入れる社会とはいかにあるべきか、例えば駅のバリアフリー一つを見ると、当初は車椅子経路が1ルート確保されていればいい、という認識であったが、今は健常者と同等の利便性を確保すべく、2つの離れた改札口があるとか、幹線道路を跨ぐとかのケースでは複数ルート確保が当たり前、と事業者の認識はより高度化してきた。さらに昨年来からのコロナ禍で、人々の生活スタイルは激変、価値観のさらなる変化があった。自粛等による経済的損失は計り知れない災厄ではあったが、一方では、新しい時代に向けて希望の萌芽があることも見逃せない。「コロナレガシー」と言えよう。

中でも大きく変わったのは「働き方」に対する意識だ。感染拡大防止のため在宅勤務を余儀なくされたこともあり、オンライン打合せが急速に普及した。当初は戸惑いもあったものの、今では誰もが支障なく参加できるようになってきた。自宅だけでなく、もちろんオフィスからも、あるいはカフェとかどこからも人々との交流を支えるDX技術は、まさにD&Iのニーズに即したインフラと言える。人々の行動も大きく変わった。朝なんとなくオフィスに行く、ということはなくなり、いつ、どこ、何、を組み合わせた最適スケジュールを皆それぞれが考え実践する自立・自律性を発揮してきている。

ポストコロナのライフスタイル変化は大都市の構造に大きな影響を与えそうだ。日本型TOD・田園都市は郊外に住み、毎日電車で都心に通勤することを基本としてきたが、これからは、この当たり前がそうでなくなってくるであろう。DXは通勤電車と都心オフィスを駆逐する「破壊的イノベーション」なのかもしれない。一方で「働く」ということがなくなる訳ではない。都心だけでなく郊外においても働ける拠点の育成が求められる。TOD視点では「えんどう豆」(拠点が豆のように連なり、「沿線」という地域アイデンティティがさやのように包む)構造を実現する。さらに、並行するえんどう豆(沿線)間を埋めるべく、新たな拠点整備とモビリティを組合せ、あたかも豆が糸を引いているようにも見える「納豆」構造へと導き、鉄道を基軸としながら面的に全てをカバーするサステナブルコミュニティとしていくことが大都市のビッグピクチャーではないだろうか。

では、そもそもサステナブル都市とはどのようなものであるのか?D&Iはもちろんのこと、脱炭素、循環型社会、安全・安心、健康(ウェルネス)等々さまざまなキーワードが浮かんでくるが、大事なことはこのような旗印の下、さまざまな主体が「寄ってたかって」取り組むことができる「場」を設定することではないか。企業経営も転機を迎えている。先述した働き方改革に伴い、かねてより議論のあったジョブ型雇用への移行が進むであろう。かつて一体であった経営と雇用は分離する。組織としての一体感を高めるためには、皆が共感する「パーパス」(存在意義)を再定義、総合力・シナジー効果を発揮できる事業ポートフォリオへと再編成し、そして企業だけでなく地域社会の価値も高めるシナリオを描き実行していくことにある。ここにはCSV(CreatingSharedValue)と呼ばれる「共に価値を創る」(価値は押し付けるものではなく共に創るもの)理念が根底にある。D&Iはこの共感の下、皆が価値を高め合い1プラス1を2以上にする相乗効果を発揮できる。

最後に都市インフラについて言及したい。基本的な前提条件として、全てのコミュニケーションをオンラインで済ませることはできない、ということにある。情報伝達には有効であるものの、一番重要な共感に導くのは困難だからだ。イノベーションにもリアルコミュニケーションが欠かせない、とも言われている。D&Iの視点では、駅周辺のような人が集まりやすい拠点に、人々が交流できる「プレイス」を配置、拠点間を効率的な公共交通・モビリティで結ぶことが肝要だ。エリアマネジメント組織・活動を上手に活用することも意識すべきであろう。技術革新とともにあるべき姿も変わってくる。今がベストではない、という前提でD&Iを支える都市づくりに向け、常に柔軟な視点で政策や戦略を立案・実施していく姿勢がこれからのインフラマネジメントに一層求められてこよう。

土木学会 第177回 論説・オピニオン(2022年2月版)



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