見出し画像

東日本大震災と技術者~後世へ伝えていくことと土木の役割

島村 亜紀子
論説委員会 幹事
前田建設工業株式会社
経営革新部付 主査

東日本大震災が発生した2011年3月11日、最初はなかなか情報が入って来なかったが、徐々に入り始めた映像の中では、「土木がつくったもの」がことごとく津波の破壊力に負けてしまった様子が映し出され始めた。その現状を技術者として自らの目でみなければならないと被災地へ向かった。

見渡すばかりに広がるがれきの山に、いったいどれだけの年月をかければ片付けることができるのだろうかと、どうして私たちの造ったものが無力にもことごとく破壊され、人々の生活を奪ってしまったのかと、技術者としてこの被害を防げなかったことの申し訳なさと反省の上に、必ずまちの再興を果たすため、尽力していかなければならないと心に誓った。

津波被害が他の地震被害と違うところは、津波が到達した範囲に甚大な被害が及び、その境界がくっきり分かれているところである。人々の生活の中心は、その境界線の上の避難所等になり、境界線の下で地元の建設業と私たちは協力し、道路の啓開、そしてがれきの片づけに取りかかった。がれきの分別・集積に一年程度、その後、高層被災建物の解体などと並行して、がれきの細分別などが行われた。その頃には早期再建したホテルが放つ明かりが「復興の灯」と呼ばれた。まちづくり懇談会などが開かれ、計画が本格的に動き始め、復興まちづくり計画の方向性が出来上がってきていた。そして、東日本大震災復興CM方式を用いたまちづくり工事が始まる。今回の震災で起用されたこの方式は、工期の短縮のため、設計を走らせながら施工も行っていくという、技術だけでなく、マネジメント力が求められた方式であった。

このころになると住民の考え方が多様性をみせるようになる。震災直後は一日でも早くがれきの片づけをして生活を取り戻すことだったが、未だ仮設住宅に身を寄せる人が多い一方で、民間が整備した高台に自宅再建を果たした人、域外に避難している人など、立場の違いが将来への要望の違いを見せ始める。それが復興まちづくり計画にも反映され、計画が変更されることも出てきた。設計・施工両方を走らせるのみならず、土木技術者が計画から設計・施工まで全体を俯瞰してマネジメントしていかねばならなくなった。

その復興まちづくり事業も10年を迎えようとしており、岩手・宮城では、工事がほぼ完了しようとしている。震災後、数年程度までは震災前の元のまちに戻りたい、そう思っていた多くの人々も今、出来上がった新しいまちの中で、新しい地域の賑わいを作ろうと懸命に歩んでいる。

東日本大震災において、技術者として後世へ伝えなければならない教訓のひとつは、災害を受けたあとの「まちづくり」をどうしたいのか、地域で事前に決めておくことである。南海トラフ地震などの大きな津波災害を受ける可能性のある自治体では、事前復興の計画が進められていると聞く。大きな災害を受けたとき、まちが元に戻ることはまずない。そのことを地域が自覚し、地域の将来像(東日本大震災で被害を受けた地域は、人口動態などの社会のトレンドが10年以上進んでしまったといわれる。それを例にとれば、10年後の地域の将来像)をまちづくりに描き、合意形成をしておくことである。それが早期復興への、そして住民の想いを分断させない一番の近道である。

東日本大震災の1日前に戻ることができたら、何をするか。家族で避難について話し合い、「てんでんこ」で高台へ逃げること、そしてどこに逃げるのか場所を決めておく。そうすれば、二度と命を失わない、そして被災後どこともなく家族を捜し歩くようなこともない。

東日本大震災の1年前に戻ることができたら、何をするか。まちをどう再興するかを考える。残したいものは何か。変えるものは、どのように変えるか。そこでどう生活していくか。まちが災害を受けること、そして地域をどのようにしたいか、地域のみながまちの姿を想像し、計画しておくことで、計画期間は大幅に縮減し、地域が望む将来像での早期復興を成し遂げることができるのである。

技術者としての使命はまだ終わっていない。10年が経ったその日を境に何かが劇的に変わるわけではない。東日本大震災から立ち上がってきたこの地域は今も懸命に歩み続けている。あの被災した土木構造物が散らばっていた風景から、もう一度、生活をする場所とインフラを整えたその地域はどのように歩んでいくのか、土木の役割を突き詰めるには作って終わりではなく、その将来も見続けていかなければならない。

画像1

土木学会 第164回 論説・オピニオン(2021年1月版)

#土木学会 #論説・オピニオン #東日本大震災


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/