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Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー 第1章 趣旨-ビッグピクチャーを土木学会から発信する意義

本記事は、2021年度土木学会会長特別委員会が2022年6月に公表した『Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー~人々のWell-beingと持続可能な社会に向けて~』をnote向けに再構成して掲載したものです。提言の全文は、以下note記事よりPDFで入手いただけます。


第1節 提言の背景

■土木の営み

地形や気候の面で厳しい自然環境の中にあり、また地震や台風、豪雪、土砂災害など、常に自然災害の危険にさらされているこの国において土木は、自然・国土に働きかけ、安全に、安心して人々が暮らすことのできる基盤-インフラ-を営々と築き、国土に蓄積してきました。
現代社会は、土木が営々と築いたインフラという基盤が、生活経済社会を支える下部構造として「あたりまえ」に存在し、機能することを前提としており、その上で経済活動や文化的活動など、さまざまな営みが行われています。

人々の生活経済社会の営みにとってインフラは不可分な存在です。

しかし、今存在するインフラは一朝一夕にできあがったわけではありません。過去の人たちが未来への願い・思いを込め、その当時に使うことのできたリソースを用い、将来長い期間にわたって得られる利得や安全のため、時間をかけて構築したものです。そのインフラが今のわたしたちの暮らしの「あたりまえ」を支えてくれています。
土木は社会に必要な河川堤防や港や道路などのハード・インフラだけではなく、それらを活用するための諸制度や社会における合意形成の取り組みなどのソフトも併せて構築してきました。土木はこれらを含めた社会のインフラの多くを構築してきたと自負していますが、本提案ではそのようなインフラを社会の礎として改めて強調したいと考えています。

では、次世代、さらに先の世代が暮らす社会の礎は、これまでと同じでしょうか。またその礎はこれまでと同じ考え方や方法で実現できるのでしょうか。それらに対しこれからの土木はどう貢献できるでしょうか。

■継往開来―既往の成果を受け継ぎ発展させるー

土木学会は、創立100年を迎えた2014年11月に「社会と土木の100年ビジョン」を公表しました。そこで掲げた「持続可能な社会の礎を築く」は、土木における普遍かつ不変の価値観です。

100年ビジョンの公表から8年が経過しますが、激甚化する自然災害やインフラ老朽化、パンデミックと次々に顕在化する国難的課題に対し、土木学会では、調査研究活動を通じ、継続的に国土・インフラに関連する提言を公表してきました。
豪雨災害に関しては、治水と土地利用が連携することによる流域治水への転換、メンテナンスに関しては、第三者機関として点検・診断結果に基づき「インフラ健康診断」を公表するとともに、メンテナンスに関する国民との協働と理解促進などを提言しました。また、パンデミックに関しては、二度にわたる声明を発出し、特にパンデミックで顕在化した国民、大都市と地方および国際間等の「分断」に対応するインフラの役割と国土計画の策定の必要性を提示しました。さらに、日本の各分野のインフラの実力の実際を国際比較し、評価する「インフラ体力診断」の結果も順次公表しています。

30 年前と比べれば整備水準は大きく向上したと「インフラ概成論」が言われます。しかし、必要なのは30年前との対比ではなく、現状の評価、そして30年後50年後との対比です。その観点では、インフラ整備は概成しておらず、道半ばです。生活経済社会が高度化・進化し、自然災害のリスクが変化していく以上、未来志向であれば「概成」という状況はありえません。インフラが果たす役割の重要性を分かりやすく訴え、社会の礎としてのインフラを持続的かつ発展的に維持・構築していく必要性を社会の共通認識としていくことが、次世代さらに先の世代に対する現世代の責任として、極めて重要です。

■模索する新しい社会

令和となって3年が過ぎ、従前から取組みが進められていた気候変動対応やSociety 5.0への移行などに加え、パンデミック下のさまざまな社会全体での経験を踏まえ、ウィズコロナ・アフターコロナの社会の姿を描く取組みが各分野で進められています。
それぞれ新しい観点から考え方が整理されていますが、生活経済社会を支えるインフラはある程度充足しているという概成論に立っていることや、トレンド予測に基づく課題解決型の検討にとどまっていること、実現に必要な投資規模に言及されるまでには至っていないこと、及びデジタル社会のなかでの実空間のインフラの姿が必ずしも描かれていないこと等が懸念されます。

 脱炭素/カーボンニュートラル

国は2020年10月に、気候変動の原因となっている温室効果ガスの排出を2050年までに全体としてゼロにする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言しました。その達成と脱炭素社会の実現に向け、「暮らし」「社会」分野を中心としたロードマップとして、「地域脱炭素ロードマップ~地方からはじまる、次の時代への移行戦略~」を2021年6月にとりまとめました。

新しい資本主義とデジタル田園都市

さまざまな弊害が指摘されている新自由主義的政策から転換し、成長戦略と分配戦略を車の両輪として掲げる「新しい資本主義」が提唱され、国ではその実現に向けた検討・取組みが進められています。
新しい資本主義では、成長を目指しつつ、成長の果実をしっかりと分配(水平展開)し、次の成長(垂直展開)に繋げるという成長戦略が描かれ、その一つが「デジタル田園都市国家構想」です。 同構想では、地方と都市の差を縮めていくためデジタルインフラの整備を進め、地方からデジタルの実装を進めることで新たな変革の波を起こし、全ての国民がデジタル化のメリットを享受できる取組みの推進を図っています。
また、分配戦略の柱の一つでは、財政の単年度主義の弊害是正が掲げられています。

デジタル田園都市国家構想基本方針の全体像
出典:内閣府(令和4年6月7日閣議決定)

国土形成計画

2022年5月時点において、新たな国土形成計画の中間とりまとめに向けた検討が佳境を迎えています。新たな国土形成計画では、計画が目指す普遍的価値を提示しつつ、さまざまな観点から、2050年を見据えた国土づくりの具体的目標と目標実現の道筋を示す議論が行われています。

 第2節 共有すべき日本の危機

■危機にある国土

日本の国土には、近い将来、甚大な被害をもたらす巨大地震が高い確率で発生することが予想されています。また、地球規模の気候変動に伴い、近年風水害がますます激甚化・頻発化し、被害が拡大しています。他方、こうした自然の猛威から国土を守るべきインフラは依然として不足し、さらに老朽化も急速に進行しています。
国内の社会状況に目を向けると、人口の東京一極集中が引き続き進行し、都市部で災害時のさまざまなリスクが高まっている一方で、地方では都市部との経済格差が拡大し、機能維持が困難な地域がますます増えています。また、国民の分断が意識されるようになっています。 

図1.1 インフラ老朽化の急速な進行(建設後50年以上経過する施設)
出典:国土交通白書2021(国土交通省)

■成長しない社会・経済

我が国では少子化が急速に進行し、2010年頃より人口減少期に入っています。次世代を産んで育てるというあたりまえのことが、日本社会では縮小しているのです。
また、20年以上デフレによる経済の停滞が続き、今や成長しないことが常識のようになっています。国の外に目を向けると、この四半世紀、途上国と言われていた国々は発展し、西欧諸国でも、1996年を基準として、2020年段階で、アメリカ2.59、カナダ2.56、イギリス2.37フランス1.84ドイツ1.75とGDPを倍増させています。反面、日本のGDPは1.01とほぼ伸長がなく、G7諸国の中で日本だけが成長から取り残されています。
 

出典:United Nations, National Accounts-Analysis of Main Aggregates (AMA)より土木学会作成
図1.2 GDPの推移(1996年を1とする)

■経験したことのない社会の変化

さらに近年では、これまで経験したことのない大きな社会の変化に見舞われています。
地球環境問題への対処のため、国際社会からはあらゆる分野での脱炭素化が要請されています。新型コロナウイルスの世界規模での感染拡大により、その対応と経済活動とのバランスが求められています。また、AIの進歩に伴う個人データ等の偏った活用による社会の分断や格差の拡大、あるいは巨大プラットフォーマーの寡占による利益と社会の不利益との不均衡拡大なども新たな社会問題に浮上しました。さらに、国際情勢の緊迫化により、経済安全保障と国防の強化が喫緊の課題となりつつあります。
次々と降りかかるこれら難題のため、日本社会はますます先行きが不透明になってきています。

■危機に立ち向かうために

これまで長年指摘されてきた日本の危機は、いまだ解決されず、依然として継続しています。加えて、これまで経験したことのない新たな課題にも対応しなければならず、日本はより困難な国家運営に直面しているといえます。こうした中、日本は引き続き持続可能な社会を維持していくことができるでしょうか。土木はそのための礎を本当に築くことができるでしょうか。
この問いに答えるためには、我々が目指すべき社会を改めて共有し、それに近づくための土木の役割を包括的に検討し直す必要があります。
新型コロナウイルスによるパンデミックという試練を経験した今、危機感を共有しこれからの大きな変化の時代に対応できる礎を築くには、先人達が築いてきたものを引き継ぎつつも、土木、インフラを含め生活経済社会の価値観について発想を転換し、「Beyondコロナの日本創生と土木のビッグピクチャー」を策定し、計画的・効率的・事前的・先行的なインフラ整備・保全に努めていくことが必要です。

第3節 「ビッグピクチャー」の策定

■ビッグピクチャーとは

「ビッグピクチャー」とは、多くの人々が信頼して共有し得る全体最適の将来見通しや全体俯瞰図を指します。日本のインフラ・国土の将来を考えるにあたり、生活や経済社会との関わりの中で全体を大所高所から見渡し、現在に種々の制約を受けた「未来予測」ではなく、こうありたいという「未来像」として、国と国、地域と地域、人と人、人と自然が共に豊かに発展する社会-共生(ともいき)を実現するための国土像と、それを支えるインフラのあり方を描いたものが「土木のビッグピクチャー」(長期的全体俯瞰図)です。
この「土木のビッグピクチャー」を、土木の専門集団である土木学会で検討を重ね、発信することにいたしました。

■本提言の策定経緯

本提言の作成にあたっては、産学官の集合体であり、全国に8つの支部を持つ土木学会ならではの特色を活かし、初めに絵姿・答えありきでなく、「開かれた土木学会」としてプロセスを重視して、インターネットを活用しつつ学生・若者をはじめ可能な限り多くの意見を聴取しました。そして、行政や他人任せでもなく、多くの国民・会員が主体的に各自の絵姿や想いを語り合い、これからの時代に合致したストーリーやナラティブ、そして夢・希望の持てる国土や地域のあり方について検討した成果を取りまとめたものです。

① 学会誌における各界の有識者と土木学会長との対談・座談会

②メディアプラットフォーム「note」を活用「#暮らしたい未来のまち」という投稿コンテスト

③土木学会の各支部における学生や産官学の技術者を中心とした「それぞれの地域の未来像」に関する積極的な議論
④(一財)国土技術研究センター(JICE)による「社会資本に関するインターネット調査」

 ■本レポートの構成

本レポートの構成は次頁のようになっています。

図1.3 本レポートの構成

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第2章 基本的な考え方 →


7/21に、本提言のシンポジウムをハイブリッド形式で開催いたします。詳細は今後土木学会ホームページ・土木学会note・Twitter(土木学会note支部)でお知らせいたします。


国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/