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豪雨激甚化と水害の実情を踏まえた流域治水の具体的推進に向けた土木学会声明(全文)

本記事は、2021年4月9日に公表した声明の全文を転記したものです。本文中の太字・リンクは事務局にて追加したものであり、また記事末尾に土木学会社会支援部門ホームページ等へのリンクを追記しております。
声明の原文は、土木学会「宣言・提言」ページに掲載しています。

土木学会 豪雨災害対策総合検討委員会・中間レポート
2021年4月9日 公益社団法人土木学会

I はじめに

近年、我が国では豪雨災害が頻発し、令和元年東日本台風による豪雨においても河川整備基本方針で目標としている計画雨量を上回る豪雨が全国各地で多発し、国管理及び県管理の河川において142か所もの地点で河川堤防が決壊した。土木学会は令和元年東日本台風災害を受けて、令和2年1月に流域治水への転換を唱えた防災・減災に関する提言(以下、提言と称す)を発表した。また、令和2年7月の社会資本整備審議会は流域治水への転換を唱えた答申、「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について」(以下、答申と称す)を発表した。「答申」では流域治水を「河川、下水道、砂防、海岸等の管理者が主体となって行う対策に加え、集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めて一つの流域として捉え、その流域全員が協働して、①氾濫をできるだけ防ぐ・減らす対策、②被害対象を減少させるための対策、③被害の軽減、早期復旧・復興のための対策、までを多層的に取り組む」と定義している。

豪雨による被害を減少させるという関係者の努力をよそに、令和2年7月に球磨川において基本高水のピーク流量を上回る洪水が発生し、流域に甚大な被害をもたらした。さらにこの豪雨においては、河道の現況流下能力を遙かに上回る洪水であったために流域に甚大な被害をもたらし、治水施設整備の遅れが地域社会にもたらす悪影響の重大さを我々に見せつけることとなった。

毎年のように甚大な豪雨災害が発生する現実を直視し、「提言」の社会への実装は待ったなしの切迫した状況であるとの認識のもと、流域治水を推進し水災害の被害軽減を実現していくための、個人、企業、地方公共団体、国、それぞれのステークホルダーに対する、土木学会からの声明を発出することとした。本声明の重点事項は以下のとおりである。

①治水施設能力不足のため、激甚化する豪雨への対応に後れを取っているという事実を認識した上で、洪水被害の軽減のためのハザード対策の推進にあたり、流域治水にかかわる全てのステークホルダーがなすべき事を具体化し、そのための土木技術の活用を図る。

②ハザード対策のみならず、被害対象を減少させるための対策、被害の軽減、早期復旧・復興のための対策のためには、土木技術者は流域のステークホルダーと広く連携し、地域に根ざした活動を推進していくことが必要である。

③流域治水の実現には長期を要するという時間軸の課題、治水対策における上下流・左右岸、本川支川といった空間軸の課題を踏まえた上で、流域のステークホルダーがそれらの課題を共通の認識とした上で流域治水を推進していく必要があり、そのツールとなる「多段階リスク明示型浸水想定図」の作成・活用を推進していくための土木技術の開発・実装を急ぐ。

II 令和2年7月豪雨災害の教訓

(1)球磨川洪水の河川工学的特徴と課題の抽出

令和2年7月豪雨で激しく被災した球磨川は流域の地形、河道の形状、洪水氾濫の形態、堤内地の住まい方等、地域特性が高い地域である。さらにこの洪水の氾濫形態も、河道と堤内地を洪水流が一体的に流下し、支川からの流入と相まって非常に複雑なものであった。球磨川で流域治水を実現するためには、複雑な流域特性、急激な時間・空間的変動を伴う洪水流、特徴的な土地利用等を徹底的に調査し、科学、工学的理解を十分踏まえた上で検討を行う必要がある。さらには、堤外地と提内地を一体的に捉えた洪水流の時空間的変動特性を解明するとともに、現地の実情を踏まえた調査・検討が必要である。これらの知見は、今後、全国各地で予想されるこれまで経験のない様な洪水被害の対策への活用が期待される。

(2)復旧復興のための地域に根ざした調査研究の重要性

球磨川流域の復旧復興のためには従来の堤防やダム等の治水施設などの河川内の事象にのみ着目した対応では不十分である。基本高水のピーク流量に対する河道の分担量が小さく流域内での貯留の重要性が高い、洪水流の居住地への到達が早く適切な避難の重要性が高い、中流部狭窄部では可住地が限られ洪水危険度が高いエリアに居住せざるを得ない等、河川工学の観点のみならず、住まい方や土地利用等、社会的側面の知識と情報を総動員した調査研究が必要である。このためには、地域の実情に精通した技術者、専門家の方々と連携して、徹底的な調査、研究によりこれを支援していくとともに、我々自身の理解を深めていく必要がある。

(3)治水施設の整備水準の低さがもたらす現実

令和2年7月の球磨川における洪水は、基本高水のピーク流量を1割程度超過した流量であり他の流域でも十分発生しうるものである。気候変動との関連で近年は基本高水のピーク流量を超える超過洪水が注目されているが、球磨川のように基本高水のピーク流量に対する治水施設の整備水準が低い流域においては、基本方針レベルの洪水において流域に壊滅的な被害を与えるという事実が示された。このように低い整備水準が原因となる大災害が多くの河川で頻発している状況を鑑みると、治水施設の整備によりこのような壊滅的な被害を減少し多くの人命財産を守ることができる可能性があることを認識し、基本方針レベルまでの整備を早急に進めるべきである。

(4)地域の強靱性確保のための交通インフラ

大きく被災した人吉・球磨地域は盆地地形で、他の地域との交通ルートは限られている。実際、人吉・球磨地域に通じる殆どの一般国道は長期にわたり通行止めとなった。幸いにもこの地域は九州自動車道が完成4車線で貫通しており、被災の3日後には開通し救援や物資輸送を実施することができた。豪雨災害時には国道といえども山間地域では脆弱で、災害に対し強靱な高規格道路がなければ、日本の国土の大部分を占める中山間地域では被災後の対応が困難となる可能性が高いという事実も突きつけられた。

(5)ライフライン強靱化の必要性

上下水道、電気、通信などのライフラインについては、人吉市役所周辺をはじめとして浸水により電話回線が大きな被害を受け通信に支障を来し、災害時の活動の大きな支障となった。また球磨村などで水道の被災により断水が長期化し、復旧活動の足かせとなるなど、ライフラインの強靱性確保の重要性が改めて認識された。

(6)コロナ禍での災害時の活動

令和2年7月の水害はコロナ禍の中での初めての大規模な自然災害であった。流域市町村の災害対応は短時間での災害発生の状況下で行わねばならず今後の災害対応に様々な教訓を残した。また域外及び県外からの災害ボランティアの受け入れについても通常時と異なり様々な課題が生じた。しかしそのような困難な中でも、熊本大学が派遣学生に対し附属病院でPCR検査の実施等の被災地が安心して受け入れられるような対策を実施するなど、今後の参考となり得る事例もあった。これらの課題、対応方針などの事例収集・整理を行い、パンデミック下での災害対応に知見として活かしていくことも重要である。

(7)災害時の「エッセンシャルワーカー」の位置づけ

被災時や復旧時の活動は、建設作業員、インフラメンテナンス従事者等に支えられおり、これらの人々は災害時における「エッセンシャルワーカー」といえる。また災害対応におけるボランティアの人々も重要な役割を担っている。災害発生後、これらの人々は短時間かつ大量に災害現場に展開し活動を開始せねばならない。今後もパンデミックの状況下で大災害が発生する可能性は十分に予想されるため、これら人々のスムーズな移動を実現するためにも、PCR検査、抗原検査等の感染症対策の体制整備や費用負担の在り方、他地域からの移動の際の対応マニュアル等を整備・構築すべきである。さらに、これら災害時における「エッセンシャルワーカー」へのワクチン接種の優先度についても、災害発生の緊迫性に鑑みれば然るべき考慮が求められる。

III 流域治水対策の推進にむけて

III.1 流域治水の目指すべき方向性

(1)治水対策の目標レベル

治水対策においては、治水施設等により対応する目標として河川法に基づき河川整備基本方針により基本高水、計画高水流量配分等が定められている。一方で、水防法においては想定最大外力(洪水、内水)を基に浸水想定図を作成・公表し地方公共団体がこれらを活用して住民の安全確保対策を実施することとしている。津波対策でも、比較的頻度の高い津波(L1津波)と最大クラスの津波(L2津波)を設定し、L1津波では人命・住民財産の保護、地域経済の確保の観点から、海岸法に基づき海岸保全施設等を整備し、L2津波では住民等の生命を守ることを最優先とし、津波防災地域づくり法に基づき住民の避難を軸にハード・ソフトのとりうる手段を尽くした総合的な対策を行うこととしている。このことから、L1に相当する治水施設等で対応すべき目標は基本方針レベル、L2に相当する目標は想定最大外力が妥当だと考えられ、今後も河川法水防法等を一体的に運用し、住民等にも分かりやすく治水対策を推進していく必要がある。

(2)超過洪水に対して「生命も財産も」守る

治水対策では基本高水のピーク流量を上回る洪水または現況の治水施設能力を超えるものを超過洪水としているが、超過洪水の際は住民等の生命が守られれば資産被害は許容すると言うことではない。治水対策においても住民等の生命を守ることを最優先としつつ、ハード・ソフトのとりうる手段を尽くした総合的な対策を行うことが必要である。現況の治水施設能力を超える超過洪水が頻発しているのみならず、基本高水のピーク流量を上回る超過洪水も発生しており、さらに近年は気候変動により超過洪水が頻発している状況である。超過洪水に対しソフト面を含めた様々な対策を講じて住民の生命を守るとともに、治水対策においては超過洪水に対し「逃げること」だけでなく、できうる限り「生命も財産も」守ることが必要である。

(3)強靭性の高い治水施設の重要性

治水施設の現況能力を超過する洪水が頻発している状況を鑑みると、堤防や排水機場などの治水施設は、氾濫が発生してもそれに「耐える」ことを前提としなければならず、容易には破堤しない、簡単には機能を失わないことが重要である。治水施設の粘り強さについては、スーパー堤防や様々な構造物においてこれまでも河川管理者により様々な取り組みがなされているが、今後温暖化による洪水流量の増加が予想されることを考慮すれば、堤防等の治水施設のより高い強靱性が必要であり、一層の工学的工夫に取り組んでいくべきである。

(4)氾濫をできるだけ防ぐ・減らす、ハザード対策の重要性

流域治水は、ハザード対策、暴露量の減少、脆弱性の改善を組み合わせた総合的・多層的な治水対策である。しかし、これは暴露量・脆弱性へ対応すれば、治水施設によるハザード対策を放置してよいということでは決してない。治水施設の現況能力を超過する洪水による被害が頻発している状況を鑑みると、治水施設の整備により氾濫をできるだけ防ぐ・減らす対策を急ぎ、それでも氾濫を免れない場合の対応として暴露・脆弱性の対策という流域対策が位置づけられるのである。さらに近年の気象の凶暴化を鑑みると、一定の安全度までを治水施設とソフト対策とで分担すれば良いといったトレードオフの関係ではなく、ハザードへの対応、暴露への対応、脆弱性への対応、それぞれがきちんと進捗することにより、流域の安全度を継続的に高めていくことが重要であることを忘れてはならない。

(5)流域の保水・遊水能力を高める農地・山地との連携

流域の保水機能の確保や洪水流量の低減のためには農地、山地の役割は大きく、また、この農林業分野は将来の洪水流量増大を軽減する気候変動の緩和への役割も大きい。洪水流量の軽減効果は、降雨特性、農地や山地の状態、河道特性など様々な要因で大きく変化するため、土木学会は関係学協会と連携してその評価方法を研究開発するとともに、河川管理者も、流域治水推進のため農林業分野との協働を一層推進する必要がある。

(6)気候変動を踏まえた基本高水のピーク流量の見直し

2040~2050年には、産業革命前と比べて気温が2℃上昇することはほぼ確実とされており、流域治水の推進にあたっては気候変動の影響を踏まえた治水対策が必要である。速やかに気候変動を踏まえた河川整備基本方針の見直しを行うべきである。気候変動による降雨量の変化を治水計画等の策定や個別の構造物の設計に反映する技術は未だ研究開発途上であり、土木学会は関係学協会と連携してこれに取り組む必要がある。また、気候変動による洪水流量増加の速度は、治水施設の整備や流域の曝露量の減少対策等の進捗速度に比して十分に速いと予測されるため、早急な適応策の実現が求められるとともに、気候変動の緩和策が治水対策の観点からも必須であることを忘れてはならない。


III.2 「多段階リスク明示型浸水想定図」による河川整備と流域の状況の把握

(1)流域治水を推進するための情報の重要性、アウトプット指標からアウトカム指標へ

河川管理者の役割として流域治水の柱である氾濫をできる限り防ぐ・減らす対策を推進することは当然である。一方で、暴露量の減少や脆弱性の改善は、河川管理者が自ら実施するのではなく、地方公共団体、住民、企業といった流域社会が主体的に実施するものである。河川管理者はその推進のために、流域社会に対して地域の気象水文情報、河川整備状況、将来の整備計画等の情報を適切に提供していく必要がある。これらの情報なしには流域社会は流域治水推進のための適切な判断、意思決定を行うことはできない。また、地方公共団体、住民、企業といった流域社会にも、積極的にその情報を活用して流域治水の推進への貢献が求められる。さらに、治水施設整備の進捗状況は流域社会にとって重要な情報であることから、事業量や堤防整備の延長等のアウトプット指標だけでなく、対処できる外力のレベルと言ったアウトカム指標も提供することが求められる。

(2)「多段階リスク明示型浸水想定図」による流域の安全度把握

現在、流域社会に提供されている浸水想定区域図は想定最大外力と計画規模外力のものだけであり、市街地のほぼ全域が浸水想定区域に含まれていて住民が自身の居住地の危険度を実感することが困難な流域が数多くある。「提言」で示された「多段階リスク明示型浸水想定図」は、現状あるいは将来の整備状況において、どの程度の降雨で、どの領域が、どの程度氾濫するのかがわかる情報で、その活用が流域治水の推進のために重要である。これにより現況の整備水準を踏まえた場所ごとの危険度が明確になり、住民が自身の居住地の危険度を適切に把握することが可能となり土地利用計画や住民の住まい方の変化を促すことに貢献する。

(3)「多段階リスク明示型浸水想定図」普及のために

多段階リスク明示型浸水想定図」は、洪水のハザード情報と地域の曝露量・脆弱性の情報を統合したもので、河川管理者と市町村協働で整備すべきものであり、その整備には河川工学のみならず土地利用、交通状況等、土木工学の総合的知見が必要であるため、河川管理者、流域市町村、地域の土木技術者や学識者・関係学協会が連携してその技術開発、整備、普及を図るべきである。一方で多くの中小河川流域では洪水ハザードに暴露量、脆弱性を総合して洪水リスク情報を作成することは、技術的、財政的に困難であり、「多段階リスク明示型浸水想定図」普及のためには地方公共団体に対して国等からの適切な技術的、財政的支援が求められる。


III.3 流域治水と土地利用

(1)河川管理と都市・地域計画の更なる連携

リスクの低いエリアへの人口、資産等の移動の行動主体は氾濫域内の住民や企業であるが、住民の移転や公共施設の再配置等については住民の合意形成が難しく、その推進にはこれまでもさまざまな困難に直面してきた。治水施設整備も都市計画も、計画から実施にむけて、長期的なビジョンと節目のタイミングでの意思決定が必要であるが、その情報を河川管理と都市・地域計画で共有することが重要であり、また、相互の事業計画に柔軟性をもって実施時期や内容の調整を図ることが必要である。

(2)より抜本的な水害リスクの高いエリアの曝露量減少に向けて

流域治水の推進のための土地利用の規制や誘導は「答申」のなかでも位置づけられ、また令和3年通常国会に「流域治水関連法案」として提出されている。これには浸水被害防止区域の創設や防災集団移転促進事業による危険エリアからの移転の促進等が位置づけられている。これらの新たな制度の活用はもちろんのこと、「多段階リスク明示型浸水想定図」を活用した土地利用計画の見直し、それに基づく規制・誘導策の実施が必要である。

(3)市場メカニズムを活用した流域治水の推進

市場メカニズムを利用したリスクの低いエリアへの人口、資産等の移動を促す方策として、不動産取引時のリスク情報提供や水害保険料率の適切な設定が重要である。残念ながら現在の不動産取引時のリスク情報提供は単に浸水想定区域図を示す程度で、水害リスクの具体的な危険性や切迫度を示すものになっておらずリスクの低いエリアへの移動を促すには不十分である。また水害保険料率も立地行動を促すような適切な料率設定がなされておらず同様に不十分である。不動産業界や保険業界がこれらを適切に行うためには、河川管理者には、「多段階リスク明示型浸水想定図」等の情報提供の充実が求められる。さらに米国連邦洪水保険制度においては連邦緊急事態管理庁洪水保険料率マップを作成・提供しており、このような積極的な取り組みも重要である。また、土地利用と一体となった都市河川の整備や貯留浸透施設の整備などへの民間資金導入のための制度づくりが必要であり、その推進のための効果の評価手法等の研究開発に土木学会及び関係学協会は取り組む必要がある。

(4)グリーンインフラを活用した流域治水と環境保全・創造の推進

流域治水を展開していくためには、単に治水能力の向上を目的とするのではなく、地域の魅力、生活環境の豊かさ等、流域社会の持続可能性の向上等に資する多面的な機能を有することが必要である。流域治水の方策として、雨水貯留、安全な土地利用、緑化ビル等様々なものがあるが、これらの推進には民間企業の役割が大きい。グリーンインフラの活用はESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からの評価につながるため、世界的にもグリーンファイナンス等を活用した都市開発が展開されている。流域治水の推進にもESGの評価につながるグリーンインフラを活用していくことが重要である。河川管理者や地方公共団体がグリーンインフラを積極的に導入できるよう、グリーンインフラの治水対策への技術開発や、その効果の定量・定性的な評価技術の開発などを土木学会をはじめとした関係学協会は推進していく必要がある。これらの推進にあたっては、グリーンインフラの、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進めていくという概念を踏まえ、自然環境の保全や創出に配慮すべきである。

III.4 流域社会の脆弱性を改善するための対策

(1)発災時におけるインフラの機能確保の重要性

脆弱性への対応はともすれば避難行動や水防活動など災害時の活動に注目が集まる一方で、それら災害時の活動を支えるのは、交通、通信、衛生施設等のインフラであり、インフラの機能が確保されなければ、災害時や復旧時に適切な対応をとることができない。治水施設の能力を超える外力が発生しうるという前提にたつのであれば、インフラ管理者には発災時におけるインフラの機能確保のための整備・維持管理の実行が求められる。一方で、人口減少や過疎化、コロナ禍等により民間インフラ事業者の体力減少も見受けられるため、災害時におけるインフラの機能確保はインフラ事業者のみならず国民共通の課題として対応していくことが必要である。

(2)事業の円滑な推進を阻害する地籍問題

治水施設整備の迅速な推進が求められる一方で、それを阻む要因も存在する。特に近年では相続不明地等の処理は大きな問題となっており、東日本大震災の復興過程においても、その進捗を妨げる大きな要因となった。この問題は、流域治水を推進するにあたっては、河川事業の用地問題にとどまらず、防災集団移転など、土地問題にかかわるあらゆる事業に関係するため、地籍整理の問題の克服が必要である。

(3) 地域の災害対応力低下の現状

災害応急復旧などの緊急活動に携わる市町村の土木部門の職員は平成8年をピークに約30%減少し、技術系職員が存在しない市町村数も全体の3割にのぼっていることは懸念すべき事項である。さらに近年では地域の応急復旧体制を支える地域の建設事業者の減少も著しく、応急復旧の施工能力に支障を来す恐れが大きい。平常時の河川管理や下水道施設管理についても、地方自治体の財政力の低下や地方部での技術者不足等により、治水施設の機能保全に支障をきたしている事例が多発している。土木学会は地域の土木技術者の確保、治水施設の維持管理能力の確保を、公共セクター・民間セクター共に、取り組んでいく必要がある。

(4)地域の災害対応力低下への対応

災害への対応は、国、都道府県、市町村がそれぞれの役割を果たして実施することになっている。一方で、近年、市町村や都道府県の対応能力を超える大災害が頻発し、本来市町村や都道府県が対応すべき事項に対して自衛隊や国土交通省等国の機関の関与が多くなっている。これは短期的には災害に対する地域の安全確保には役に立つが、国の機関への過度な依存は、中長期的には地方公共団体の大規模災害に対する対応力を低下させることになりかねない。今後の気象の凶暴化を考えると、広域的・同時多発的な大規模災害時には国の機関からの支援が全ての地域には行き届かない場合も考えうることから、災害対応の基本に立ち返り、地方公共団体の相互の支援体制の構築も含め災害対応力の強化を図るべきである。

IV 流域治水推進のためのステークホルダーの協働

(1)各地域の現場における流域治水の推進

土木学会の「提言」は、令和2年の「答申」、そして令和3年の流域治水関連法案の重要な契機の一つとなった。今後さらに流域治水を推進していくための制度が整えられていくと期待されるが、実際に流域治水を推進するのは各地域の現場である。流域治水は、ハザード対策、暴露量の減少、脆弱性の改善を組み合わせた総合的・多層的な治水対策であり、その推進に向けては流域治水にかかわる全てのステークホルダーの積極的な取り組みが必要である。土木学会及び土木技術者は、幅広い科学技術分野にわたる総合性、国土政策から地域住民の生活に関わる多層性、両者を有する特性を活かして、流域治水の推進に貢献してゆかねばならない。

(2)流域治水に対する相互理解の促進

流域治水の推進に資する水害リスクに関する情報は、気象予測の不確実さ、洪水氾濫危険度の定量的評価の技術的な困難さ等の理由により、行政側から提供される情報が、住民にきちんと理解され活用されているとは言えない状況にある。例えば「100年確率の洪水」という表現が住民に対し「今後100年は発生しない」という誤解を生み、今後30年の間に26%の確率で発生するという切迫した危険であるという事実が浸透していない、という状況が見受けられる。流域治水の推進のためには、正しくかつ分かりやすい情報に基づいた住民と行政の相互理解が不可欠である。土木学会は、技術開発、人材育成、自治体等の技術職員の能力開発、市民に対する啓発活動等を実施し、地域に根差した適切な水害リスク情報の提供が実現する社会の構築に貢献する取り組みを強化する。

(3) 利害対立における公平な仲介者の必要性

流域治水対策を推進していくうえで重要なのは上下流、左右岸、本川支川等の整備水準のバランス問題である。これらの課題は、これまでも長期に亘り治水対策を進めていく中で重要なものであったが、公に取り上げられることは殆ど無かった。しかし今後は「多段階リスク明示型浸水想定図」を活用し、時間軸を踏まえた整備水準・流域の安全度を明確化し、流域治水を進めていくなかで、流域の関係者に対し明示的、定量的に示されていくこととなり、多くの関係者の利害調整を図る必要が生じる。この課題に対応するには、科学的証拠に基づく議論が必要であり、土木学会は、地域に根差した土木技術者が経験知識を活用して公平な仲介者として貢献していくための活動を支援していく。

(4)流域治水推進のために必要な制度設計の提案

流域治水を推進するには、科学的かつ公平な仲介者が必要であると同時に、関係者間の利害を調整する制度が必要である。例えば水源地対策特別措置法は水源地域の不利益や負担を軽減する当時としては画期的な制度であるが、このような新たな利害調整の制度が現在社会における流域治水の推進のためには必要である。土木学会は、「提言」が流域治水関連法案の契機となったように、土木技術者が実践において蓄積してきた経験知識を調査、分析、研究して、流域治水推進のために必要なより良い制度を提案していく。

(5)着実な流域治水推進のための長期計画の重要性

昭和30~40年代の激甚豪雨災害頻発を受けて、我が国は治水対策の重要性を認識し、昭和35年より9次にわたる治水事業五箇年計画に基づき、長期的に視野に立ち計画的に治水対策を実施してきた。長期的視野で計画的に整備されてきた治水対策の成果もあり、洪水被害の観点から昭和60年代~平成前期は比較的静穏な時期であった。しかし、第9次治水事業七箇年計画(平成9~15年度)を最後として財政的裏付けのある治水事業の長期計画は失われ、平成の後半は長期的視野に立った計画的治水対策を実施することが極めて困難な状況が続き、その後、平成の終盤から令和にかけて激甚な水害が頻発する時代を迎えた。このような歴史的経緯を踏まえ、着実な流域治水対策推進のためにステークホルダーが中長期的視野での事業の推進見込みを共有できる、河川事業や市街地開発事業などの財政制度を伴った計画的実施の制度が必要である。

V おわりに

ここまで、「豪雨激甚化と水害の実情を踏まえた流域治水の具体的推進に向けた土木学会声明」として、最新の知見をもとに中間レポートとして取りまとめた。土木学会では、豪雨災害対策総合検討会を継続させ、今後とも、流域治水推進の計画的実施の必要性を科学技術的エビデンスをもとに広く社会に訴えていくとともに、効率的な流域治水の推進に全てのステークホルダーと協働していく。

事務局補足資料

土木学会の災害調査報告は、社会支援部門ホームページで公開しています。

土木学会の宣言・提言は、以下のページでご確認頂けます。

今回の声明に関する問い合わせ先は、土木学会HPよりお願いいたします。

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国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/