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イベント採録(前半)「ジェンダー格差、労働環境、日本映画のこれからを考える」:JFP×CLP×TIFF2021

2021年11月2日、Japanese Film Project、Choose life project、そして東京国際映画祭とのコラボによるオンラインシンポジウム「ジェンダー格差、労働環境、日本映画のこれからを考える」が開かれました。司会は小島慶子さん(エッセイスト)で、荒木啓子さん(PFFディレクター)、石井千晴さん(助監督)、田中東子さん(メディア文化研究者/大妻女子大教授)、西川美和さん(監督)、そしてJFP発起人の歌川達人が登壇しました。イベントの内容を上下に分けて採録します。(以下敬称略)


ー 映画界のジェンダー格差と、その弊害

小島:今日のテーマは「ジェンダー格差、労働環境、日本映画のこれからを考える」です。

日本映画のジェンダー格差がどのような実態なのか、どういった弊害をもたらしているのか。関係者や当事者の皆様と一緒に考えていきたいと思います。

国ごとの男女平等の実現度ランキングです。

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ジェンダー格差が小さい順に並んでいます。2021年だと、日本は156カ国中120位になりますので、ジェンダー格差が大きい国になります。日本の政治・経済・分野の意思決定層では、まだまだ男性が圧倒的多数です。今回の衆議院選挙でも女性議員が前より減ってしまいましたね…。

アートの世界でも同じように、意思決定層を男性が多数を占めてきました。
「これを変えようじゃないか」といってる人たちがでてきています。なぜ変えた方がいいのか、どうやって変えていくのでしょうか。今から皆さんで議論していきます。

まず、メディア文化研究者で大妻女子大学文学部教授の田中東子さんです。

田中:よろしくお願いします。
  
小島:そして今回の主催者でもあるJFP発起人の歌川達人さんです。JFPはどういう活動しているのでしょうか。

歌川:JFPは今年の夏に立ち上げた非営利団体です。日本映画界のジェンダーギャップと労働環境、そして若手の人材不足を検証し、課題解決するために調査・提言を行う団体になります。

今年の夏に、1回目の調査を発表しました。過去21年間で興行収入10億円以上の邦画における監督のジェンダー比率は3.1%。796本中、女性の監督作品は述べ25本しかなかったことが分かりました。
「女性監督が最近増えてきてる」、「意外と多いんじゃないか」という声を耳にすることがありますが、データで見ると、まだまだ女性監督は少ないということがわかります。今ままでファクト(データ)がなく、議論がうやむやになってきた問題も、こうやって客観的なデータがあることで、議論が深まっていくと思ってやっています。

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2019-2020年に劇場公開された映画における、監督・撮影監督・編集・脚本の女性の割合も調べました。全体的にすごく女性の比率が少ないのですが、現場で働くスタッフ(監督と撮影監督)の女性比率と比べると、家でも仕事ができる脚本と編集における女性比率は約2倍になりました。監督&撮影監督の女性比率は10%、編集&脚本家は20%程度です。

ドキュメンタリーのように、小規模チームで撮影できる映画の方が、女性比率が比較的高いこともわかりました。

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つまり、”働く環境とジェンダーギャップの問題は切っても切り離せないの問題である”ということです。JFPが実施する本プロジェクトでは、トヨタ財団の研究助成に採択されており、今後2年間、労働環境とジェンダーギャップについての調査を予定しています。

今回のセッションでは、主に労働環境やジェンダーギャップの問題などに触れつつ、そもそも「日本の映画界で持続可能なエコシステムを築くためにはどうすればいいのか」を、皆さんからお知恵をお借りして考えていきたいと思っています。

小島:ありがとうございます。歌川さんが「映画業界のジェンダーバランスがおかしい」と考えた個人的な理由って何だったんですか?

歌川:一つには、私はそもそも助監督や撮影助手をやっていたので、当事者として映画界の労働環境で非常に苦しい経験したことがあります。以前から、課題解決のために、色々なアクティビティに参加してたんですけど、5〜6年前ですと「労働環境改善やジェンダーギャップ 」と言っても、なかなか聞き入れてもらえなかったっていう現状があって…。アメリカでジェンダーギャップの問題について色々な先行研究が進んでいてるのを知って、先取りして色々調べたりしていしました。

小島:これは映画業界だけではなく、テレビ業界や他の業界でも共通して言えることです。社会の大前提として、「日本は女性の方が男性の5倍無償労働をしている」といわれてますよね。

つまり、家事育児の労働が圧倒的に女性に偏っていて、女性がやるべきだという社会通念がとても強い。それがある上に、男性の中にも色んなタイプがいて、中でも「バリバリ24時間仕事のことだけ考えて、長時間労働ウェルカムです」みたいな人だけが適応できるような労働環境で業界がまわっていく。すると、そういう労働環境から一番遠い所にいて一番はじき出されるのが、家事労働を担わなくてはならない女性ですよね。ですが、実はこの間にも、適応できず苦しい思いをしている男性とか、無理やり適応しようとして色々なものを犠牲にしている女性がいることも見落とされてきました。

「適応できる人達は才能があるから適用できたんだよ」「まあ、ダメだった人はこの業界に向いてなかったんじゃない」で済まされてきたっていうのが、どこの業界にもあると思うんですが。特に映画の業界で歌川さんはそれを顕著に感じてらしたということだと思います。田中先生、こうしたメディア業界の土壌というのは、ひとつの特性としてあるのでしょうか?

田中:映画に限らずメディア産業にかかわる業界は、日本でも世界でも非常に男性中心に構成されています。他方、女性は周縁化されているか、不在でした。ジェンダーと映画産業に関する海外の研究はこの10年ほどでかなり進みましたが、日本の実情については調査がこれまでなかったので、JFPの調査結果は、皆さんで共有させて頂けるとすごくいいですね。

権限のある地位に男性が多く女性が少ないということは、メディア業界に限らずもちろん一般企業でもあることです。中心的な場所で男性が働き、女性は補助的な仕事をしているという傾向はあると思うんです。

個人的には、一般企業よりもメディア関係の現場で、男性が中心的に働き女性が周縁にいることの弊害が大きいと考えています。メディア産業は、作品やコンテンツ、番組、ニュースを作って放送する、もしくはそれを皆さんに観ていただくという非常に大きな影響力を持つ企業体であり、影響力の高い活動を行っているんですね。そういった媒体、メディアのコンテンツであり、作品を作る人たちの間のジェンダーギャップが大きい、もしくは労働環境が良くないということは、おそらく作られる作品にも大きく影響を与えてしまっている。

つまり、その映画なら映画の中で「女性たちがどういう風に描かれているのか」、もしくは「映画で扱われがちなテーマは、いったい誰の視点に基づいて選ばれているのか」――そういったところにすごく影響を与えるという意味で、ジェンダー格差の問題は重要です。映画業界の労働環境、それからジェンダー格差は今まさに喫緊の、重要な問題になっています。

小島:私たちも映画などを観ながら、だんだんその価値観を学んでしまうこともありますものね。さっそく今日のゲストをご紹介します。自主映画のコンペティション部門 PFFアワードを1977年に始めて、ここから今の日本映画界で活躍する多くの才能を輩出してきた「ぴあフィルムフェスティバル」のディレクターをなさっている荒木啓子さんです。

荒木:よろしくおねがいします。 

小島:そして、最新作の「すばらしき世界」がトロント国際映画祭に正式出品されました、映画監督の西川美和さんです。

西川:よろしくお願いします。

小島:フリーの助監督として活躍されている石井千晴さんです。「3人の子育てをしながら映画の現場で働くのは大変だぞ」というインタビューがJFPで公開されていますね。

石井:「こんなことありますよ」っていうのを、皆さんにお知らせできればなと思ってます。

ー 「女性の不在」を指摘し続ける

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小島:映画業界で働く方に、お子さんがいらっしゃる方もたくさんいますから。家族との時間と映画の仕事をどれぐらい両立できる環境に今あるのか。主に女性が家事育児を担っていますけれど、男性だって「家族との時間を持ちたい」という人もいるわけですからね。現状はどうなっているのかを、このあとみていきます。
先ほどJFPの歌川さんからご紹介いただいた通り、日本の映画界では非常にジェンダーギャップが大きく、また労働環境が過酷であるということがわかりました。そのデータの受けてご自身が働いていらっしゃる現場での肌感覚も含めて、働き方ですとか、多様性の欠如だとか多様性の必要性について、どうお感じでいらっしゃるのか。自己紹介も兼ねて一言ずつ伺えますか?(※下記はJFPによる荒木啓子さんへのインタビュー記事)

荒木:ぴあフィルムフェスティバルのテーマは、「映画の新しい才能の発見と育成」です。発見をすることに、ものすごく注力をしている映画祭なんですね。才能というのは多様であり、多彩であり、あらゆる可能性を秘めているものであって欲しい。ですから、最初に作品を見てピックアップするところが、すごく大事だと思って続けています。私がディレクターに就任して一番気をつけたのは、「どれだけ多くの多彩な目を持ってるか」ということでした。

当時、コンペティション部門の入選作品を選ぶ「セレクションメンバー」に入っている女性の数は少なかった。「人生と同じように、男性と同じ数の女性がいないと絶対偏るだろう」ということで、我々のセレクションのときだけではなく、国内外の映画祭や映画賞の審査員に招かれた時も、「女性が多くないと、おかしなことになりますよ」って言い続けています。

なぜかというと、普通に暮らしてるのと同じように普通に男女の差があるほうが、選ぶ作品が豊かになるし、色んな作品を発見できると思うからです。すごく簡単にまとめてみました。

小島:2017年末に#MeTooムーブメントがおきて、ハリウッドからインターネットを通じて欧米の映画祭などで広がっていきました。審査委員のジェンダー比率や映画に登場する女性のバランス、トランスジェンダーの人を誰が演じるのか、多様性に配慮しているのであろうかということに、ずいぶん目配りや心配りがされるような動きになってきたのでしょうか。

荒木:「それって、わざわざ大きく声を上げていかなきゃいけないことなんだな」と気づかされたってことではないかなと思うんですよ。割と日常レベルで、ちょっとずつ発言してらっしゃる方は多いんじゃないかと思うんです。

例えば私だと、審査に呼ばれたときに自分だけしか女性がいなかったら、「これはちょっと異常だと思うんで、来年から増やしましょう」って、すぐ言います。それでも、欧米でジェンダーギャップ解消が実現できないような空気があることを考えると、欧米は日本よりもっと厳しい状況で、欧米の方が男性の力が強い場合もある、と感じることがあります。日本の男性って(「女性が少ない」などと)言われたことがないけど、言われたら割とすぐに変えるということは、私の経験ではあると思います。 

小島:カンヌやベルリン、ベネチア、アカデミー賞など、映画のアワードがありますけど。人種やジェンダーに偏っていたという状況が、確かにここ数年で指摘されるようになりましたが、指摘されるまで問題だと気がついてなかったんですね。

荒木:「言われないと気づかない」という人は多いので、言ったらすぐに気づく人も多いと思います。みんなのくじけずに言いましょう(笑)。「笑いながら言いましょう」って私は思っていますけど。

小島:聞いているまわりの人の意識も変わりますしね。

荒木:そんな深刻なことじゃないと思いますよ。

ー なぜ女性が仕事を続けにくいのか

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小島:PFFでは沢山の若い女性監督がデビューしていますが、そのあと、キャリアを続けていくときに、労働時間や賃金の格差、家事との両立の難しさなど、ケア労働を担いがちな女性たちが映画界でキャリアを築くのが難しい。その課題について、映画の制作現場の人はどんなことを感じていらっしゃいますか。
西川美和さんは助監督として下積み経験を経て、現在、監督として活躍されています。両方を経験された視点から、日本の映画界の慣習や構造について、現状の課題をどのようにお考えですか。

西川:私が助監督として制作現場に入ったのが、1997年です。大学4年生の時に、是枝裕和監督の2作目「ワンダフルライフ」に助手で参加させていただきました。そもそも私は映画監督になるつもりは全くなくって。ただ映画が好きだったもんですから。「映画のエンドクレジットにあれだけ名前がズラズラあるんだから、自分の入る席がどこかにあるだろう」と業界の入り口を探していたんです。

そもそも映画の撮影現場で女性が働いているイメージもないし、自分は「女性だから●●できない」とあまり考える方でもないけれど、職業選択の中に(映画監督という選択は)私の中ではなかった。むしろ映画配給や宣伝あるいは字幕とか、そういう職種であれば、女性が働いているイメージがあったので、そっちの入り口を探したんです。が、ほとんど中途採用ばっかりの世界で、小さな会社でやっていたりするんですよね。大学の新卒採用がないってことで、いろいろ就職試験を受けているうちに、是枝監督に会いまして「自分の現場を手伝うか」と言われたんです。映画好きとしては舞い上がってしまうわけで。「こんなチャンスはない」と思って入ってみたんです。

その当時のスタッフ表を掘り起こしてみたら、97年の作品が現場制作スタッフが40人中女性が9人でした。割と多い方だと思います。当時にしては。
是枝監督は女性スタッフに囲まれて仕事をするのが好きなんです。っていうと、ちょっとあれなんですが(笑)。是枝監督は、テレビ業界でADの女性たちと一緒に物づくりをしてきたキャリアも大きかったからなのでは。女性9人中3人は、私を含めて新人で、すでにキャリアのあった女性が6人いました。プロデューサーが1人、製作部に2人、撮影部に2人、美術部に2人、ヘアメイク1人、私たち演出部が2人という現場だったんです。多い方だと思います。是枝監督の現場以外にも、いろんなところで助監督の経験を積ませていただいたんですが、やっぱり圧倒的に男性が多い職場だったなあという感じが当時もありました。

私がなぜ監督になったかは長くなるので省きますが、私が脚本を書いていたら「せっかく書いたんだから監督になってみろよ」とプロデューサーや是枝監督が言ってくれて、幸か不幸かなんですけど、27のときに監督デビューしております。

デビュー時の映画の製作スタッフの26人中、女性は6人でした。

その23年後の去年(2020年)、私の最新作「すばらしき世界」での制作スタッフは、女性の人数がすごく膨らみます。おかげさまで65人中女性は26人!作品規模が広がって、ピンポイントで加わってくる専門家の数が増えました。撮影現場で常駐するスタッフの実数は約50人。そのうち女性が23人。結構な比率なんですよ。

小島:ほぼパリテ(男女同数)に近づいていますね

西川:ただ、そのうちのメインスタッフ、カメラマンなどいわゆる技師(技術職)、あとプロデューサーなどの要職、つまりプロデューサー、監督、美術デザイン、スタイリスト、ヘアメイク、美術、スチール、カメラマン、キャスティングプロデューサーの中で女性の数をみると…。スタイリストやヘアメイク、スクリプターっていうのは、昔から女性が担ってきた部署なんです。ですが、いわゆる技術パート(撮影部や照明部、録音部など)では、いまは女性の若いスタッフもすごく増えていて、重い機材を持ち歩いて長いマイクをかついで頑張っている。だけど、彼女たちが技師に上り詰めるまで続けていけないんじゃないか、まあ、そうなりつつあるところなのかもしれないですけれど。

「20年前に撮影部にトライした若い女性が、カメラマンになれていますか」というと、ちょっとそうなっていないんじゃないかな…。

労働環境が過酷すぎて、女性のみならず男性も、奴隷船に乗ったような現場で働かされて。よく「好きで映画の仕事をやっているだから」っていわれるんですけど。休みもないし、お金もないし、子供ができたところでサポートもない、撮影所には保育所もない、誰も送り迎えもしてくれない。そういう中で、男性は結婚して家庭を持って、お子さんができたら、パートナーに預けて、現場で働き続けているかもしれないけど、女性はどこかで断念して、この職を去っていくというケースがやはり多いんではないかな、と思います。

なので、私のように、そういうものを「どっちでもいいや」と深く考えずに独身のまま続けてきてしまった女性がやっぱり多いですね、40代以上では。その良し悪しはさておき、女性のスタッフは優秀な人が多くて仕事も丁寧です。さっき荒木さんや田中先生がおっしゃったように、映画を選ぶ側・作る側でもいろんな性の人がいた方が、物作りの内容がよくなるはずなので。

女性の活躍でいうと、女性が仕事を続けていきやすい状況を作っていくためには、自分も含めて無自覚だった世代が、どう変えていけるのかを考えたいと思います。今日はみなさんのご意見をきくのを楽しみにしています。

ー 不眠不休の労働環境 人材育たず

小島:あるベテランの映画関係者が「とにかく怒鳴って、怒鳴り合って、ときには殴り合って、徹夜してみんなヘロヘロになって、飲みに行って、またそこで喧嘩して…。という中から良いものができるんだ、と信じて何十年も働いてきた。それが働き方としてダメだっていわれると、もう良いものが作れなくなってしまわないかと不安なんだ」と言っていたと間接的にきいたことがあります。
そういう環境で楽しくやっている人がいる一方で、なかば強迫観念に取り憑かれて「そういう働き方をしないといい映画が作れない」と思ってしまっている空気もあるのかなと思ったんですが。

石井さんはどうですか?お子さんを3人育てながら、「働きにくい」とか「大変だな」と思った経験だけでなく、そういう空気感と言いますか、「永遠の熱血少年」的なマインドがないと生き残れない構造になっていることを実感されたことありますか?(※下記はJFPによる石井千晴さんへのインタビュー記事)

石井:「ああ、そうやな」と思ってお話をきいてました。私自身もそうなんですけど、「好きなことをやってるから、働く時間とか労働環境とか、女性であるとか、家庭を持つとか、そういうことは我慢」という空気。今でこそ私も子供3人いますが、若い頃は頭になかった。「徹夜せなあかんねん」と言っているオッチャンたちもそうなんですけど、それを鵜呑みにする側の意識の問題もある。「もう時代が違うんだよ。そうじゃなくても、もっと良い映画も作れるんだよ」っていう意識があるといいなって思います。

小島:異議を唱えると「お前はやる気がないのか」とか言われてしまうと思って、言えなくなっているんですかね?

石井:私の実感としては、適応できなかったら、「才能なかった/向いてなかった」となって、ひとまとめにされしまう。
でも、きっと24時間寝ずに働けないけれど、才能を持ってる方って絶対いるし、子供や家庭を得たことで花開く才能を持ってる方も絶対にいらっしゃると思うんです。

というか、そういう人の方が世の中には多いと思うんです。今は、そういった人材が排除されているのを、めちゃくちゃ実感しますね。肌に感じます。 

小島:田中先生、他の業種でも「女が少ないからといって、急に女を増やすと、才能のない人がジャバジャバ入ってきちゃって、全体のクオリティが下がる」なんてよくいわれますけど。今まさに石井さんのお話にあったように、「才能があるにも関わらず、構造的に排除されて才能が活かされていない状況を変えましょう」と考えていいわけですよね?

田中:はい、そういうことです。私自身もかなり若い頃に「パリテ的に男女の数を半々にすると、才能のない女性が入ってきてしまうのではないだろうか」と考えている時期がありました。これはおそらく、仕事をバリバリやっていて「私は私の力でのし上がったぜ!」って、勘違いしている若い女性が陥りがちな発想なんですけれども。

それを研究仲間のある男性の前でつぶやいたところ、「優秀な女性が入ってきて、優秀ではない男性が去っていくだけだから問題ないんじゃないの?」って言われて、「なるほど、そういうふうに考える男性もいるんだな」って感じたことがあったんです。なので、パリテを採用しても、優秀な女性が入ってきて優秀じゃない誰かが席を外れていくだけで、より優秀な人が業界に入ってくるようになると思います。

小島:歌川さん、男性の中でも例えば、「自分自身の私生活と映画業界の働き方が合わないから、働けない」と断念はしているけど、働き方が変われば才能を活かせるだろうなという潜在的な人材っていると思われますか?

歌川:いると思います。今は、適応できた人はそのまま残って、適応できない人は去らなくてはいけない。もしくは海外に留学して映画を作るパターンも結構多いですよね。

映画をやりたかったけど違う業界に流れてしまう人も沢山みてきました。私自身も、劇映画の現場でキャリアをスタートしたんですが、ちょっと耐えられなくて…。ドキュメンタリーやアート映画の方が小規模でできて、マッチョじゃなくてもできるので、そちらに流れていった人間なので。

小島:大多数が男性の同質性の高い集団で、しかもよりマッチョで、より長時間バリバリ働ける人たちが、怒鳴り合ったり殴り合ったりすることもありながら一致団結していくような風土というのは、どこから生まれてきたものなんですか?

歌川:一概には言えないですけど、もともと撮影所に女性が就職する枠がなかったんです。歴史的に映画って男性がつくるケースが多かった。それが現代にマッチしてないので、色んなレベルでマッチするような活動をやっていかないと、映画自体もファンが少なくなったり、産業として取り残されてしまう危機感を感じます。

小島:立場の強い側の人間がハラスメントをしても、相手はもう泣き寝入りするしかない。性暴力の被害にあっても、上下関係の中で「これに耐えないと出世できない」「良い仕事につけない」となる…。そういう事例がうまれやすい労働環境だと、荒木さんはお感じになったことはありますか?

荒木:映画祭は夢の世界なんですよ。みんなが「映画が好き」とか「映画がこうであったらいい」という理想を語る場所なんだなと、今話をききながらすごく思いました。映画祭のゲストは男性監督が圧倒的多数なんですけど、全然そういう気配は感じないんです。つまり映画祭で会っただけでは、撮影現場でどういう人間であるかは全然わからないんです。

小島:なるほど。

荒木:映画監督はものすごく考えて悩む仕事なので、監督が自分の映画のパッションを語る時は本当に素晴らしい。でも、その人たちが現場でどうなるかは…。たまに噂を耳にして「えっ、嘘 !?」っていうくらい分からないんです。

ただ今、労働問題として考えたときに、これも普遍的な事として、家事労働が非常に過重なわけじゃないですか。働くことと家事労働の両立が大変だと思うんです。世界中で映画祭は女性スタッフ多いですし、映画祭のプログラマーには女性も珍しくない。

彼女たちに話をきくと、家事は誰かを雇うなどしてやってもらうケースが多い。カップルで暮らしていても自分たちの能力は仕事に注ぎ込んで、家事は人にやってもらうんです。そういうことが他国ではすごく多いんですね。私も映画祭やっている時とか家事はギブアップですよ(笑)。家事って大変な仕事だから、エッセンシャルワークと同じで誰しもがうまくできることではない。家事に対して対価を払ってやるようなシステムを作る。そういったことで社会は変わっていくのではとも思います。

あと、女性は非常に誤解されている。世間を知ってるのは主婦の方だと私は思うんです。なぜなら、会社員って似たよう人としか付き合ってないし、似たようなスキルしか使っていない。

でも世間と対峙にする主婦やお母さんは、全然バックグラウンドが違う、言葉が通じない人達とやっていってるわけじゃないですか。

それなのに「男の方が世間を知っている」というこの馬鹿な誤解。その誤解を解いた方が、社会は豊かになると私と思ってるし、そういう世間を本当に知ってる人たちが映画を作ったほうが面白くなる。ですので、男も女も同じような家事分担をした方が絶対に世の中が豊かになると思います。
とにかく映画祭をやっていると監督はみんな素晴らしい人です(笑)

ー いずれ沈みゆく船に 業界内で利益を還元するシステムを

小島:労働環境が過酷である、あるいは職場に多様性が欠けていること、それが生み出される作品にも影響を与えるという点は冒頭に田中先生も指摘していました。これを西川さんはどうお考えになりますか?

西川:そういうことにずっと気づかずに、私たちの業界は男たちだけで映画を作ってきたんですけど。そうではない人たちが作ったものを見る機会を得て、小規模で作っているドキュメンタリー作品をみたりとか、映画を作るメディアがだいぶ昔よりライトになってきたのもあり。小さなカメラでも作品ができるっていうのに触れていくと、やっぱり色んなスタンスの人たちが映画を作った方が映画というもの自体が多様化していって良いんだろうなと思います。

日本の映画、いわゆる商業映画の世界って「儲かるために、どういうコンテンツが必要なのか」という文脈が強くなっているので。儲かる映画があってもいいんだけど、儲かったら儲かったお金をもう少し作り手とか映画を支えていこうとしている人たちに還元して、働きやすさとか、続けていきやすさをバックアップする意識が日本映画界全体にないと、これは沈んでいく船だと思いますね。

小島:ただ儲かれば良いという問題ではないのですね。 

西川:還元していかないと、やっぱり映画という文化が廃れていってしまうと思います。

ー 女性の数を増やして連帯し、声を上げる

小島:課題を解決するために、具体的にできることを考えていきたいと思います。
田中先生、今あがったような働き方の問題や、多様性に欠けることに無自覚であったり、多様性が映画界に有益だという認識が欠けていたりする点について。それらを改善するためには、どんな施策があり得るのでしょうか?他の業界での先行事例などあるのでしょうか?

田中:それがパッと提案できるならば、日本のジェンダーギャップが120位なんてことにはなっていない訳ですが(笑)。とはいえ、第一に、数を増やすことは非常に重要だと考えています。

実は映画業界と同じ問題を、アカデミズム、大学でも抱えています。長らく「大学教授というのは男性がなる職業」と考えられてきました。そのため、女性が参入しようとしても、結婚もせず子供も産まず、ひたすら勉学の道を歩んだとしても、与えられるチャンスが非常に少ない。そんな環境で、女性の学者たちはずっとやってきたと思うんです。

けれども、最近女性の数が増えてきてたことによって、多くの男性研究者のライフスタイルである「専業主婦の方がお家にいらっしゃって、24時間論文書いてても、誰かがお風呂を洗ってくれて、お洗濯をしてくれて、食事の準備をしてくれる」というような、バリバリ働く働き方に対して若い女性研究者たちが異議を唱えるということが起きています。「そうした働き方はおかしいじゃないか」「あなたは仕事だけしてればいいかもしれないけれど、私たちは研究もして家庭の仕事もしないといけないんです」ということを、女性の数が多くなれば、しっかり訴えていくことができるんです。なので数を増やしていき、みんなでどんどん訴えて仕事のやり方を変えていくことはすごく大事だと思います。

第二に、最初に歌川さんがファクトをしっかり出していただいたように、しっかり数字で示していくこと。「女性監督が3.1%しかいない」と聞くと、誰にでも異常な状態だと伝わると思うんですよね。

そういうファクトとか、さきほど荒木さんが「笑いながら言っちゃえばいいのよ」っておっしゃってましたけども、声をあげる。声をあげるときに「あなたはひとりじゃないんだよ」ということをみんなで補強・支援していくみたいな形で少しずつもちろん1年や2年では状況を変えることはできないと思いますけれども10年くらいかけて改善していくことはできるのではないでしょうか。こうやっていま議論をしているように、議論をしてみるというところからスタートしていくこともできるんじゃないかしら。

小島:アカデミアのトップといわれる東京大学が、今年から理事を半数以上女性にしたり、副学長も女性がなったりと変化がありますよね。 

田中:東大は、積極的にジェンダー格差に取り組んでいますよね。荒木さんのお話にもありましたが、私も雑誌などに書かせてもらえるチャンスがあると必ず、「女性の書き手にチャンスが与えられていないですよね」という話をしています。雑誌に論文を書かせてもらえるのも、圧倒的に男性の方が有利なわけで、女性は本当に紅一点ないしは20人中3人みたいなことがやっぱり多いんですよね。声に出してもポジションを剥奪されたりしない地位にいる人たちから、どんどん声を上げていくことが重要です。

小島:「こんなに女の人が少ない特集だったら、私は寄稿しない」と笑いながら言うことですかね。これは国際会議でも、責任ある立場にある経営者は「自分が登壇するパネルで男性ばかりだと、自分や企業の価値が下がる。男の人ばかりのパネルには出ません、ちゃんとジェンダー平等にしてください」と注文をつけることが多いという話はききます。可視化していくことも大事だと思います。
※イベント採録(後半)に続く

(構成:伊藤恵里奈)


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※JFPが実施する本プロジェクトは、トヨタ財団 2021年度研究助成プログラム「日本映画業界におけるジェンダーギャップ・労働環境の実態調査」(代表:歌川達人)の助成を受けて開催されました。

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