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すぐに見えない優しさを守りたい


私に教えてくれたその人は、怖くて優しい女の先生だった。

4歳からピアノを習い始めた。
幼稚園に入る前、親元から離れる訓練のために通っていた音楽スクールでオルガンを習った。喜んで弾く姿を見た母は、入園後もピアノの個人レッスンを続けることを父に提案したそうだ。ダンスも英会話もまだ流行らない時代。女の子にはピアノを、そんな親はたくさんいたのだと思う。

小学生になっても変わらず続けた週に一度のレッスン。先生はプレスクールからずっと同じだったけれど、教え方はずいぶん変わっていた。間違えると手を叩かれる、時々デコピンをされる。そんな時の先生はすごく怖かった。一緒に、おうたを歌ったあの先生とは思えないくらいに。

ちゃんと練習してきたのにどうして上手に弾けないんだろう、私は泣きながら何度も何度も弾いた。先生は黙ってそれを見ていた。そして練習の終わりには必ず、ゴメンね、痛かったでしょう、とおでこを撫でてくれた。ホッとして私はまた泣いた。


今だったらクレームになりそうな話だけれど、母が先生を変えなかったのは彼女がレッスンの内容をきちんと伝えてくれたからだ。もちろん私の手を叩いたことも全部。そしていつも言ってくれていたらしい。「suzucoちゃんはもっともっと上手になりますよ」と。


毎回怖いと思うのに、どういうわけか私は先生が嫌いではなかった。メロディーを口ずさむキレイな声、上手に弾けた時にニッコリ微笑んでくれるところ。幼いながらにも、先生が一生懸命向き合ってくれているのを感じていたのかもしれない。

そんな指導のおかげで、私は小1の時から高学年の子たちと一緒の発表会に出してもらえていた。それがどんなに光栄なことかも知らずに、お姉ちゃんたちは「くるみ割り人形」や「エリーゼのために」なんていうかわいらしい名前の曲を弾くのに、どうして私は「ソナチネ◯番」なんだろう、せっかく発表会なんだからもっと素敵な名前の曲を弾かせてくれたらいいのに、なんて思っていたのだけれど。


演奏を終えて席に戻る時、知らない女の人が花束をくれた。
「すごい、こんなに小さいのに。上手だったわよ。」

当時その曲をある程度の完成度で弾ける小学3年生はあまり多くなく、早生まれで背も小さかった私にはたくさんの人が大きな拍手をしてくれた。おかーさん、知らない人がお花くれたよー!かわいい名前の曲じゃなくてもかわいいお花がもらえるんだね。



5年生の時、先生が退職することになった。私を指導できなくなることを残念がってくれたらしいけれど、当の本人は覚えていない。記憶にあるのは次の担当が好きになれなかったことと、ピアノに対する熱意が冷めてしまったことだけ。

ある時、書道の授業で指についた墨を落とせないままレッスンに行ってしまった。新しく担当になった女性はひどく怒って、水道で洗ってくるようにと私を部屋から出した。でも散々洗ってきたのだから水でそれ以上落ちるはずがない。謝って中に入れてもらったけれど、その日はほとんどピアノを聞いてもらえなかったと思う。前の先生とは全く違うタイプの怖さに出会って、私は泣くことすらできなかった。

数ヶ月後、耐えきれずに母に伝えると、保護者からの相談を受けたスクールは担当を男性に変えた。ものすごく優しいおじさん。ねっとりと話す人。ダメだ、こういうのがいいんじゃないの。前の前の先生とは全く違うタイプの優しさに出会って、私は笑うことすらできなかった。

結局、私はそのスクールを辞めてしまった。

母がもっと違うタイプだったら、熱心に音楽の勉強をさせたかもしれない。でも私は普通科の高校に行き、短大に行き、音楽とは無関係の道に進んだ。だから私にとってのピアノの栄光はほんの一瞬で、思い出の中にいる先生は、若くて怖くて優しくて、突然いなくなってしまったまま。


ーーー


なぜだろう。
毎日流れてくる不穏なニュースを見ながら、もう名前も覚えていないあの先生を思い出している。

ピアノを背にするように立たされ、この音は何?と聞かれた時のこと。指を立てて弾くようにと何度も叱られた時のこと。ツルツル生地のピンクのドレスに気を取られ、舞台上で動けなくなった私を、ピアノの前まで連れて行って座らせてくれた時のこと。

出会った時に新卒だったとしても70近く、ベテランだったらもっとご高齢になっているはずだ。まだピアノを弾いていらっしゃるだろうか。


先生、泣きながらでも歩みを止めないしぶとさは、小さかったあの日々に教えてもらったものだよ。今はあまり流行らないみたいだけど結構気に入っているんだ。あとね、私は大物のピアノ弾きにはなれなかったけど、簡単な曲なら譜面がなくても音を鳴らせるようになったから。おかげで時々、わーすごいなんて言われたりして。前みたいに上手にとはいかないけど、今でも時々弾いているよ。これからも楽しく続けていくからね。


生まれて初めて出会った先生がくれたものは、半世紀生きた今、はっきり感じる優しさだった。目を凝らさないと外からは見えないけれど、しっかりとカタチになって私に根付いている。



本当は大好きだったよ。
ずっと教えてほしかったな。

もし、もう一度会えるなら、今度こそちゃんと伝えよう。



どうかお元気でいてくれますように。
今でもあのキレイな声が部屋いっぱいに響いていますように。



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