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悪役令嬢と婚約者

目の前の光景にイアナ=マグノリアは唖然としていた。

イアナ「…あ、あの…ヤトリ様」
ヤトリ「何かな?イアナ」

恐る恐る話しかけたイアナにヤトリはニッコリと人当たりの良い微笑を返す。
イアナは、“何が言いたいか分かっているくせに”、と思いながらも言葉を続けた。

イアナ「こんなに沢山の服やアクセサリーは要らないんですけど…」

そう、イアナの前には、大量の衣服類がズラリと備えられており、イアナは状況の把握に困難していた。

ヤトリ=ラナンキュラスとはギノフォード(物語上のヒーロー)大好き同盟を組んでいたり、一応婚約者候補という関係ではある。
しかし、突然何の前触れもなく大量にプレゼントをしてきたヤトリにイアナは困惑していた。
いくら同盟関係があろうと、イアナとヤトリは恋人の仲ではない。

この人、ギノフォード(※男)が好きなんじゃなかったのか。
それとも自分をからかって遊んでいるのだろうか。
悪女に衣服類を贈るなんて、どんな噂が広まるかも分からないのに。
ヤトリの行為にイアナは訳が分からず首を傾げる。
何故かヤトリは上機嫌だし、ますます怪しい。

「これは僕からのほんの気持ちだよ。
 婚約者候補になったんだし、形くらいは取りたくてね」

ニコリと口元を綻ばせるヤトリにイアナは無言で疑いの目を向ける。

イアナは転生を自覚する前はヒロインである姉を殺そうとした稀代の悪役令嬢であった。

欲しいものは何があっても手に入れ、邪魔なものは排除する“イアナ”は周囲から奪うことこそあれ、誰かから何かを貰うことはなかった。

それ故に、イアナは嬉しいというより、裏がありそうで怖さを感じた。

ほんの気持ちとか言っていたけれど。
大体幾らしたんだ、この服達。
異常な量からして、どう考えても大金を叩いたことには違いない。
金額を想像したくないイアナは無理矢理に思考を閉じた。

イアナ「…ヤトリ様、私には…受け取れません」

ヤトリは恐恐と遠慮するイアナにフッと小馬鹿にしたように笑った。

ヤトリ「気にしなくていいよ、金なら有り余る程持ってるし」

急にマウントを取ってきたヤトリにイアナはは?と眉を顰める。

イアナ(うわ、嫌な奴…) 

思い切り顔に出ていることに気づいていないイアナはヤトリを心の中で詰った。
“そうですか、返品不可とあらば…”とイアナは引きつった笑顔を浮かべる。

イアナ「売るのは有りですか?」

イアナはいざという時の逃亡資金にしようと目論んだ。
しかし、ヤトリは腰に手を当てると、もう片方の手の指を横に振る。

ヤトリ「なし、せっかくイアナ嬢に似合うのを選んだんだからさ」

着てくれなくちゃ困る、と子供みたいに口をすぼめた。
ヤトリのあざとい仕草が炸裂するが、ヒロインとヒーロー推し(強火)のイアナには効かない。

イアナ「え!?わざわざ選んだんですか…?」

この大量の服達をまさかヤトリ自身が選んでいたとは思わなかったイアナは目を点にした。
ヤトリは医者であり、多忙なはずなのに、いつ買ってきたんだろう。
ヤトリはイアナの反応に心外だとでも言いたそうな顔をした。

ヤトリ「当たり前だよ、僕の可愛い婚約者への贈り物だし自分で選ぶさ。
それに、どうせなら(僕好みに)可愛く着飾らせたいしね」

パチッと綺麗にウィンクを向けて笑いかけるヤトリは、女性を持ち上げ喜ばせる術に長けている。
可愛いなんて言われたの何時ぶりだろうか。
自分のような醜女にまで気遣うなんて。
ヤトリの調子の良さには適わない。
流石女たらしだな、と呆れる反面、イアナはヤトリの話術に流されつつあった。

イアナ(…よく分からないけど、ここまでされたら受取らないほうが失礼なのかも…?)

うーん、と悩むこと数分。

苦渋の決断の末に、衣服類を貰うことにしたイアナ。

イアナ「…分かりました、ちゃんと着ます…」

ヤトリ「言ったね?女に二言は無しだよ」

イアナ「はい?」

ニヤ、とどこか怪しげな含み笑いをしながら軽い足取りで部屋を後にしたヤトリ。
それを見て、嫌な予感しかしなかったイアナは即座に大量の洋服を漁る。
ゴソゴソと確認していたら、イアナは目に入ってきたソレラに衝撃を受ける。
思わずワナワナと手が震えた。

「…〜っ!!!
 はぁああ?!
 何でコスプレみたいな衣装が入ってるんだ ぁあああ!!」

イアナの手には、メイド服やらチャイナドレスやらが握りしめられていた。
一見普通のものに思えた洋服達の殆はヤトリが面白半分で買ったコスプレ衣装だったのだ。
つまり、イアナはヤトリにまんまと騙されたというわけだ。
これを着ろだなんて羞恥プレイじゃないか。
この日、イアナは“ただほど恐ろしいものはない”ということを学び、胸に深く刻み込んだ。

ざけんな変態野郎ぉお!とイアナの叫び声が遠くから耳に入ったヤトリはクスリと笑みをこぼす。

ヤトリ「ふっ、イアナ嬢は本当にお馬鹿だなぁ」

ヤトリ(ま、そういうところが可愛いんだけど)


追記:転生悪女の黒歴史という漫画の二次創作ストーリーです。

前世で書いていた長編小説(黒歴史)の悪役令嬢イアナ=マグノリアに転生した主人公。

本来なら1話で死んでいたイアナが死亡フラグを回避し生き延びる物語です。

じれったくなる甘さや胸を刺すような切なさが混じっていて、読み進める度に様々な気持ちになります。

婚約者候補であり、S気質をもつイケメン医者のヤトリと、警戒心強めだけど押しに弱いイアナの絡みが好きなので、妄想を綴りました。

ストーリーが斬新で絵もきれいなので、オススメします(*^^*)



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