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節分に向けて。こども園で「自分の中の鬼」を描けなかった娘に寄り添う。

先週金曜日。
娘をこども園にお迎えに行った時のこと。
担任の先生が職員室から小走りで出てきて、呼び止められた。

「あのぉ、今日の出来事をお伝えしたいんですけど…」

話の要点はこんな感じ。
節分に向けて、みんなで絵を描いた。
テーマは「自分の中の鬼

節分といえば、「鬼は外!福は内!」と豆まきする風習がある。こども園では、その由来を学ぼうと先生が絵本を読んでくださったそうで。

仏教では、鬼は煩悩と呼ばれる人の欲望や悪い心に住み、それが災いとなると考えられているそうで、それにちなみ、子供達にも「自分の中の鬼」を考えてもらい、それをみんなで追い払おう!というコンセプトで絵を描くことを提案したそうだ。

で、いざ絵を描く時間になり、子供達はそれぞれ思い思いの絵を描きだしたのだけど、うちの娘だけ手が進まない。先生が声を掛けたところ、なんと泣き出してしまったというのだ。

私は鬼は描きたくない」と言うだけで理由は教えてくれない。とりあえず、別の好きな絵を描いても良いことにして、その場は過ぎていったとのことだった。

いつも朗らかで優しい先生。
最初から全員が絵を描く前提で話を進めてしまったのも良くなかった。
泣かせてしまってすみません。
描きたくない理由もうまく引き出せず、力不足ですみません…とまで言われ、いやいや、先生が引き目を感じることは何もなく、むしろ、無理強いせず娘に寄り添ってくださり、感謝の言葉しか出てこなかった。

家へ帰り、お風呂の時間。
ゆっくり湯舟に浸かりながら、理由を聞いてみることにした。

私「今日さ、どうして鬼を描きたくないと思ったの?」
娘「・・・・」
私「鬼さんがこわい?」
娘「・・・こわくない」
私「鬼さんの絵をどういう風に描いたらいいかわからなかった?」
娘「・・・・」
私「・・・・」

結局、私も理由をうまく引き出せず、あんまりしつこく尋ねるのも変なプレッシャーになるかなと思い、この話は一旦そっとしておくことにした。

そして、今朝。朝食を食べている時、また急にぽろぽろ泣き出した。
食事は一旦中断し、膝の上に座らせて、しばらくよしよし頭を撫で、涙をティッシュで拭いた。

話を聞くと、先生にまた鬼の絵のことを聞かれるかな…と変な不安がこみ上げてきたようだった。

娘は幼い頃からお絵描きが大好きで、最近は微妙な色のニュアンスや線の太さ等にも自分なりのこだわりを持っている。


お絵描き大好きな娘が、なぜ鬼の絵は描けないのか。
再度尋ねてみたけれど、やっぱりわからなかった。

もしかすると、娘自身も理由がわからないのかもしれない。
大人の私だって、自分のことが未だによくわからないし、だからこそ、こうやってNoteで自分の思考を整理したりしているわけで。

それとも、娘の中で答えは見つかっている?だけどそれを周りの大人や大好きなお友達に知られるのが嫌とか…その鬼の存在に怯えているとか。

はたまた、お絵描きには人一倍こだわりのある娘にとって、自分の中の鬼を「絵」としてどのように表現したら良いかわからず困っているのか。

色々考えてみたけど、やっぱり答えは出ない。

とりあえず、今朝は気持ちを切り替え登園することができたし、先生に週末の様子を伝えることはできた。
お友達に元気に挨拶もできたから一安心。

今の時点で親である私ができることとすれば、娘の方から何かサインを出してきたら、その時にゆっくり話を聞いてあげることしかない。そうだよね?自問自答する。

子育ては正解がないから本当に難しい。
娘の気持ちをあれこれ想像し、ただ寄り添う。

これからもそうやって、一歩一歩進んでいくのだろうと思う。



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