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GUTTIの小説

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が執筆した小説を集めています。短編、中編、長編、過去の作品から書き下ろしまで。私
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2024年4月の記事一覧

『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない

『ポストマン・ウォー』第24話:気が気でない  一週間くらいが経とうとしていたが、中谷幸平の気持ちは晴れなかった。 「マリの手紙は何事もなくモンゴルに届けられたであろうか。何事もなく、読まれたであろうか」そのことばかりが気になっていた。    モンゴル行きの国際郵便は、通常でいけば一週間を要する。今頃、手紙は届いている頃であろう。そこから、何か不審に思ったマリの両親が連絡をし、マリが、自分の手紙が何者かによって開けられた可能性があると、郵便局に駆け込んで来たりしないだろう

『ポストマン・ウォー』第23話:盗み読み

『ポストマン・ウォー』第23話:盗み読み  手紙をほんの僅かな時間だけ預かって、それを読み、読んだらすぐに封は元に戻し、またポストに投函すればよい。特定郵便局で受け付けようが、ポストに投函しようが、集荷された郵便物が、普通郵便局の集配所に集められ、配達されるという流れは同じである。  そんな言い聞かせをしながら、中谷幸平は、柴田主任や矢部さんが自分の業務に集中している隙を狙って、マリが出した手紙を、机の下まで持っていき、素早く制服のポケットに忍び込ませた。    もちろん

『ポストマン・ウォー』第22話:信書開封罪

『ポストマン・ウォー』第22話:信書開封罪 「中谷君、昨日『カササギ』行ったんだって?」  翌朝、更衣室で着替えながら、矢部さんはにやにやしながら中谷幸平に訊いてくる。    ついに自分から店に行くようになったか、と矢部さんは誇らし気にしている。 「矢部さん、体調は大丈夫なんですか?」 「ああ、昨日はごめんね。ちょっと飲み過ぎちゃって。二日酔いで丸一日寝込んでたよ」 「そんな言い訳通用しますか?」と中谷幸平は笑いながら矢部さんに突っ込む。 「ほんとごめん、局長には

『ポストマン・ウォー』第21話:妄想

『ポストマン・ウォー』第21話:妄想  たった今、中谷幸平の携帯電話が鳴る。 「ちょっと電話出てくる」と中谷幸平は隣の女に言い席を外す。着信は杉山局長からであった。こんな夜に一体なんだと訝りながら、中谷幸平は恐る恐る電話に出る。 「はい中谷です」  すると杉山局長が珍しく低いトーンで、それでいて焦りも感じられるような喋り方で「中谷君、大変だ」と一言。 「局長、どうされまし・・・」  中谷幸平が言い終わるよりも前に、杉山局長はその言葉に重ねて言った。 「矢部君が病

『ポストマン・ウォー』第20話:マフィアの抗争?

『ポストマン・ウォー』第20話:マフィアの抗争? 「矢部君が体調不良で休みとのことなので、今日は中谷君、貯金の窓口お願いするわね。郵便は峰岸さんと私でやるから」  朝一番に柴田主任にそう告げられ、中谷幸平は少し不安になった。貯金業務についても色々と教えてもらうようにはなり、実際の接客も少しはこなしてきたが、フルで窓口を担当するのは初めてだ。矢部さんのことは少し気掛かりであったが、どうせまた酒の飲み過ぎとかで、欠勤することにしたのだろう。 「本当に忙しくなったら、私は中谷

『ポストマン・ウォー』第19話:それに触るな!

『ポストマン・ウォー』第19話:それに触るな!  七月になろうとしていた。    うだるような暑さが続き、日中、外に出るのはほとんど自殺行為にも思え、憚られた。    中谷幸平と遠藤桃子の関係はまだ続いていて、週末に中谷幸平が電話で呼び出すと、遠藤桃子は他のどんな予定があっても調整して、わざわざM町にまで来てくれるのであった。二人で他のエリアに出かけるということはない。    M町の駅前のレストランか居酒屋で、夕食をとり、ほどよく酒を飲んだ後に、中谷幸平の家で一晩を過ごし、

『ポストマン・ウォー』第18話:ロビンソン

『ポストマン・ウォー』第18話:ロビンソン  それからしばらく、矢部さんに連れられ『カササギ』に通う日々が続いた。 「江原さん今日も来るってよ」と言われれば、中谷幸平は断ることができなかった。    大きな負い目を抱えてしまったというように、中谷幸平は組合員の飲み会に、頻繁に顔を出すことになる。それまでの遊びの金は、すべて先輩に出してもらっていたこともあり、次の誘いを断れない負い目となり、深みに嵌っていく。一体彼らのどこにそんな金があるのか不思議でならなかったが、週の大半

『ポストマン・ウォー』第17話:謝罪

『ポストマン・ウォー』第17話:謝罪 「まずいことになった」    休憩室で矢部さんは頭を抱えていた。先に休憩に入っていた矢部さんは、目の前の弁当に箸もつけず、携帯電話を見ながらぼやくように言った。中谷幸平も近所のコンビニで買った唐揚げ弁当をぶら下げ、やっと一息つけると腰を降ろした。 「どうしたんすか」気になった中谷幸平が矢部さんに声をかける。ずっと携帯を凝視していた矢部さんが、チラと中谷幸平の方を見て、何か言いたげにしている。 「なんすか、言ってくださいよ」  もっ

『ポストマン・ウォー』第16話:宴会

『ポストマン・ウォー』第16話:宴会  矢部さんが教えてくれたホテル地下の宴会場には、続々と郵便局員が集まっていて、会場内の円卓を囲んで、すでに瓶ビールを注ぎ合いながら飲み始めているものもいた。ホテルの従業員は忙しそうに場内を駆け回り、騒々しい。  中谷幸平と新堀さんは「乾杯終わったら適当に抜けよう」とお互いに言い聞かせ、会場隅で、ウェルカムドリンクを片手に仁王立ちしていた。特に交わす言葉もなく、中谷幸平はやり場のない状況を、仕方なく酒を飲むことでごまかした。 「お前ら

『ポストマン・ウォー』第15話:支部大会

『ポストマン・ウォー』第15話:支部大会  組合の支部大会に参加することは避けられなかった。支部大会に顔を出すということは組合活動にコミットするということだ。倉地さんも吉田さんも、もうそのつもりでいるからと、矢部さんに何度も念を押された。 「飲んだだけじゃないですか」とは言えなかった。嫌だったら、飲まないという選択肢もあったのだ。だが、あんな状況で断れる人間がいるのだろうかと中谷幸平は思う。よほど強い意志を示さない限り、人は流されてしまうのだということを、身を持って知った

『ポストマン・ウォー』第14話:モンゴルパブ

『ポストマン・ウォー』第14話:モンゴルパブ  二軒目はどうするのだろうと思っていると、倉地さんたちは、誰に確認することもなく、一方向に向かって歩いていく。向かう先はもう決まっているようだった。  派手な看板が並んだビルの前で、急に立ち止まったのでまさかと思ったが、キャバクラだった。三人は吸い込まれるように、地下にある店へと降りていく。思わず、新堀さんと顔を見合わせる。付き合うしかないよという感じで、新堀さんは中谷幸平の背中をぽんと叩く。    扉を開けると「いらっしゃい

『ポストマン・ウォー』第13話:先輩との付き合い

『ポストマン・ウォー』第13話:先輩との付き合い  二週間くらいが経った頃だった。  矢部さんと休憩が一緒になった時に、また矢部さんが歓迎会をやるからと、中谷幸平に声をかけてきた。 「パチンコなら勘弁してください」と中谷幸平はきっぱりと言い放つ。 「いやいや、今日はパチンコじゃなくて先輩に呼び出されていてさ。中谷君を早く紹介しろって」 「先輩というのは、小沼さんですか」 「いや、今日は違う先輩。倉地さんと吉田豪さん。小沼さんよりも偉い人たち」 「偉い人?」 「

『ポストマン・ウォー』第12話:海物語

『ポストマン・ウォー』第12話:海物語  矢部さんの仕事ぶりはすぐに評判になった。矢部さんから説明を受けて、新規で保険に加入する客が後を絶たなかった。公務員ではあるが、特定郵便局は毎月の売上で本部から評価される。中でも、営業テクニックを必要とする保険の商品は、待ちの姿勢だけで新規加入が増えるわけではなく、保険の成績を見れば、その局が「営業」にどれだけ力を入れているかがわかるのだ。    矢部さんが異動してきたその月は、保険の売上が連絡会でトップであった。その八割近くは、矢部

『ポストマン・ウォー』第11話:組合への誘い

『ポストマン・ウォー』第11話:組合への誘い    矢部さんが局にやってきて二日目のことだった。昼休憩のシフトで矢部さんと中谷幸平が一緒になった。 「よかったら、外で食べよう」と矢部さんが誘ってきた。 「いいですね」と中谷幸平も愛想よく返した。 「あ、なんか羽織るものあったらそれも着ていきなよ」矢部さんはなぜか、私服の上着を着て行けと指定する。    二人で向かったのは局から少し離れた中華屋だった。中谷幸平はあまり来たことはないが、矢部さんは常連のようだった。 「仕