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その他、書評やエッセイ

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哲学や文学、科学といった本の書評、映画や格闘技などの雑記、エッセイをまとめています
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2024年6月の記事一覧

私たちの世界は弱肉強食の世界なのか『理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ』を読んでの雑記

 自然界は弱肉強食である。食物連鎖の頂点に君臨するものが、進化した生命体、人間であり、この熾烈な競争社会をその知性によりサバイブしてきた。ずっとそう思い込んでいた。学校でもそのように習ったのかは、記憶が定かではない。だが、確実に、脳に刷り込まれている。いろんなところで、耳にし、目にしてきたのだろう。  稀代の読書家であり、文筆家の吉川浩満氏による『理不尽な進化:遺伝子と運のあいだ』の序章でも、著者は以下のように言う。  進化論といえば、チャールズ・ダーウィンが提唱したもの

読書とはスポーツである 私の読書計画

読書とはスポーツである。  半分はあくまで比喩として、残り半分は本気でそう思っている。  まずは、「スポーツ」の定義を引っ張ってみたい。  ラテン語本来の意味でいくと、「気分を転じさせる」「気を晴らす」というのは驚きだ。心身の健康を目的にしていること、気分転換を、スポーツとするならば、読書もまた十分、この定義の範囲内であろう。  すると、こういう反応があるかもしれない。読書は心の気分転換、心の鍛錬はできるかもしれないが、「身体は鍛えられない」と。  読書では身体

ギャング映画考:家族主義かウルトラ個人主義か、変容するマフィアの描かれ方

愛すべきギャング映画たち    私はアウトローを描いたギャング映画、マフィアものには目がない。食指が動かされるというか、無条件で飛びついてしまうジャンルなのである。これは私に限らず、賛同してくれる世の男性は多いと思う。組織同士の覇権争い、その中で勝ち抜く強さ、タフさ。あるいは一般社会のルールをはみ出していく破天荒さ、自由奔放な振る舞いへの憧れ、というものが、きっと本能レベルで存在しているのだ。  これらは、暴力や武力的な争いというものが禁じられている現代社会において、とり

あの言葉を手繰り寄せる#1「芸術のことは自分に従う」小津安二郎

 読んだ時にはいたく気に入り、深く響いた言葉だというのに、メモをとることを怠ってしまったばかりに、ふとした瞬間に脳裏をよぎるのだが、一体誰の言葉だったかと考えあぐねてしまい、喉に引っかかった魚の骨みたいに、もどかしい思いを募らせてしまうということがよくある。  歳をとってから、なおさらその傾向は強くなり、もはやネット検索とAIチャットボットが手放せなくなってしまっている自分の現状を嘆きながらも、なんとかその記憶を手繰り寄せ、改めて目にすることとなった言葉たちとの再会は、ひと

本の街、神保町のこと

 昔から、書店めぐりが好きである。Amazonで本を購入するということが当たり前になってしまった今でも、月に何度かは街の書店に行くことを習慣としている。ネットでの購入は、あらかじめ、自分の中で既に買うと決めているものを買うことが多いが、書店においては偶発的な出会いが多い。  こんな本があるのかという出会いから、何気なく手にとった本をめくってみて、こんなことが書かれていたのか、という発見まで、書店には、ネットではたどり着くことができない情報、というよりは「体験」がある。  

中上健次の作品を読む#1『十九歳の地図』

十九歳、文学の巨人と出会う    中上健次には、ジャズがとてもよく似合う。それも、ジョン・コルトレーンのような、縦横無断に疾走するジャズ。それでいて、熱っぽさの中に時々垣間見える孤高の嘆き。ひと言でいって、黒っぽいジャズだ。    僕なんかは、ソニー・ロリンズとかセロニアス・モンクの方がお気に入りなのだが、中上健次となると、やはりコルトレーンや、アルバート・アイラ―を想起せずにはいられない。彼自身が、熱狂していたからというのもあるし、フリージャズが持つ自由なる狂気、高貴なる

自己紹介的な、あまりに自己紹介的な

 こんにちは。Guttiと申します。自己紹介的な記事をあげていなかったので、改めて自己紹介をさせて頂きます。  1978年生まれ、読書と書くことがライフワークのサラリーマンです。じつは小学生の頃から、noteをやっていました。  というのは冗談ですが(笑)、書くことは昔から好きでした。同時に本を読むことが好きです。読書は、だいたい、月で8冊くらい。年間100冊読むことを毎年のライフ計画にしていて、今のところ継続できています。私にとって「読むこと」は、「書くこと」と切り離す

コーヒー&シガレッツ、やめられない私のルーティン

 ジム・ジャームッシュの作品に『コーヒー&シガレッツ』という奇怪だが、とってもクールな映画がある。  なにが奇怪かというと、この映画、さまざまな登場人物が、入れ替わり立ち替わりカフェにやってきて、コーヒーを飲み、タバコをくゆらしながらだべっているというシーンが、延々と続くのだ。ジャームッシュのカフェ愛、タバコ愛溢れる作品となっている。     タバコ愛という点でいくと、フランスの哲学者のジャン=ポール・サルトルがいる。サルトルは晩年、『ニューズウィーク』誌のインタヴューで

日本映画は黒沢清が元気だ! もうひとりの「世界のクロサワ」

 黒沢清監督の新作は、菅田将暉主演の『Cloud クラウド』。9月27日公開予定。  憎悪の連鎖から生まれる“集団狂気”を描いたサスペンス・スリラーとのことで、90年代の傑作『CURE』『カリスマ』が大好物である私にとって、今回の作品もまた、黒沢清監督が何を描いてくるのだろうかと思うと、興奮を禁じ得ない。主演が菅田将暉、というのもまた、いい。  先日は、黒沢清監督の初期作品である『蛇の道』が、フランスを舞台にセルフリメイクされ、なんとフランスの芸術文化勲章オフィシエを受章

『灰色のダイエットコカコーラ(佐藤友哉著)』を読む 〜「覇王」への過剰なまでの欲動〜

中上健次以後の文学として    1980年生まれの作家、佐藤友哉氏の作品『灰色のダイエットコカコーラ』を読む。タイトルからして、中上健次の『灰色のコカコーラ』のオマージュ作品であることは明らかである。    また、本人自身も中上健次への影響を公言している。    にも関わらず、恥ずかしながら、私はこれまで佐藤友哉氏の作品を読んでこなかった。  まだ青臭い文学青年でしかなかった20代の頃、中上健次への思い入れが強かったあまりに、私は「中上健次以後」の文学、小説への関