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コラテラルー転生という名の災害ー 第1話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

代々木第一体育館。
インターハイ東京地区予選決勝。
昨年のインターハイ覇者名桜学園
VS
昨年準優勝の清和高校。

「ディーフェンス、ディーフェンス」
「オーフェンス、オーフェンス」
大歓声がこだまする第四クォーター残り三分。
電光掲示板に表示された得点は名桜学園86点。対する清和高校は84点。
ブザー音が鳴りタイムアウトが明けた。
パスを受け取った清和高校キャプテンの月山玲(つきやま・れい)は名桜学園キャプテンの大蔵とスリーポイントラインを挟んで、一対一向き合っていた。二人は口元に笑みを浮かべていた。勝負を楽しむかのように。
月山はドリブルを開始した。右、左、右、左、体の前でボールを交互にバウンドさせる。
大蔵は腰を落とし、キュッキュッと足を鳴らし左右どちらのドライブにも対応できるよう構えていた。

ショットクロックが十秒を切る。

月山が仕掛けた。大蔵の右側からドライブインしようとするが、動きを読んでいた大蔵はドリブルのコースにいち早く体を入れていた。両者の体がぶつかり、またもオフェンスチャージングになるかと観客たちは思った。
瞬間、月山はバックステップした。両者の間に体一つ分の距離ができた。その隙を逃さず、月山は3Pラインの外側で飛び上がった。
膝に激痛が走るが、痛みを無視してゴールに向かってボールを放った。大蔵が咄嗟に腕を伸ばし、指先がほんの数ミリボールに触れた。
ボールは放物線を描いてゴールへ向かった。
二人はその軌道を目で追いかける。
ガンとボールがゴールリングに弾かれた。
ガンもう一度リングに弾かれた。
そして、
ボールはリングの縁でグルっと半回転するとゴールネットに吸い込まれた。

ワー。

体育館が揺れる。大歓声が上がった。
インターハイ予選を通じ、第三クォーター以降一度もリードを奪われることのなかった名桜学園が、初めて相手チームに追い越されたのだ。
しかし、
審判が「ピー」とホイッスルを鳴らし、歓声はすぐにざわめきに変わった。
選手が一人倒れていた。
清和キャプテンの月山が膝を抱え、脂汗を流しながらうずくまっていた。
「タンカ、タンカ!」
誰かの怒鳴り声が聞こえた。
「がっさん、がっさん。大丈夫かっ!」
副キャプテンの遊佐が渾名を呼びながら、自分の方へ駆け寄ってきた。
「だい、じょう、ぶ」
と答えて立ち上がろうとしたが、激痛が走り動けなかった。
救護員が駆けつけ、月山は担架に乗せられた。
「みんな、ごめん、こんな大事な局面で」
「何言ってんすか、月山先輩。あとは俺たちに任せてくださいよ。ねえ?」
「何偉そうに仕切ってんだよ、米沢。ったく二年なのにでしゃばるな」
「へへっ、すんません、酒田先輩。でも誰も何も言わないから、つい」
ガツッ。
敬礼して謝る米沢の頭を鶴岡がチョップした。
「イテェ。何するんすか、鶴岡さん」
「いや、良いこと言うじゃんと思ってね。米沢の言う通りだ。あとは俺たちに任せろ。インターハイの切符は必ず掴み取ってやるから。なっ、副キャプテン」
「当然。俺たちは名桜より強い! からな。そしてこの俺はインターハイで優勝し、Bリーグのチームにスカウトされる予定だからな」
「いや、Bリーグは無理っしょ」
米沢が突っ込んだ。
はっはっはっはっは。
みんな破顔した。
――こんな状況でも笑っていられるほど、みんな強くなったんだな。
月山は仲間のことを頼もしく思った。
「わかった。あとは頼んだ。俺をインターハイに連れていってくれ」
「了解っす」「もちろん」「任せろ」「当然」
月山は担架に乗せられ、仲間たちに見送られようにして会場を出た。
それから、マネージャーの東根イマに付き添われ、救急車に乗せられた。
「信じよう、月山君。みんながインターハイに連れて行ってくれるって」
救急車内のベッドで横になっている月山の手をギュッと掴んで、イマが言った。
「そうだな、俺はみんなを信じる」
月山は赤面しながらその手を握り返した。

しかし、
清和高校は勝利しなかった。
名桜学園も勝利しなかった。
そこに勝者はいなかった。

代々木体育館で災害が発生し、そこにいた全て人々が死亡した。
最終的にこの災害は三万人あまり死者を出して終わりを告げた。
自衛隊のF15戦闘機が搭載する空対空ミサイル・AIM-9(サイドワインダー)の一斉掃射によって災害は消滅したのだった。

それから十年の月日が流れた。
喪服姿の東根イマは原宿駅の改札口を抜け、タクシーに乗車すると、
「グラウンドゼロまでお願いします」
と告げた。
運転手はイマの方を振り向いて式典の関係者だと理解すると軽く会釈して、無言でタクシーを発車させた。
代々木体育館跡、通称グラウンドゼロ。
そこで開催される追悼式典に向かおうとしていた。
式典は今年で節目の十年を迎える。
毎年参加してきたが、イマの心は一年目の時と同じくらい揺らいでいた。タクシーが会場に近づくにつれて、自己嫌悪に襲われた。
私は何のために式典に参加するの? 死者の鎮魂のため? 過去と向き合うため? 違う。私は彼に慰めて欲しくて参加するのだ。

二年前、イマは希望を持ってフリーのライターになった。しかし、中身のないくだらない記事をネットで量産し続ける日々に嫌気がさし、何をしているんだと思い悩んでいた。
このままじゃダメになる。
何か突破口を、きっかけを掴もうと、出版社の先輩に居酒屋で悩みを打ち明けた。
深い時間になった頃先輩は言った。
「東根、俺たちはいつ災害で死んでもおかしくない世界で生きてんだ。いやそうじゃないな。災害以来、生きてるのかすらも、あやふやになっちまった。俺たちはデジタル生成されたオープンワールドのキャラクターに過ぎないかもしれねえ。だとしても俺はメインクエストをバンバンこなしてエンディングを目指すね。東根、お前サイドクエストばっかりやってて楽しいのかよ?」
――私のメインクエストは何だろう?
そんなの決まってる。災害に巻き込まれた私のメインクエストは、災害を伝えることだ。
それから、余計なことは考えず災害を追い始めた。世界中の被災者たちに会いに行った。被災者たちが災害の後でどんな人生を歩んでいるのかを伝え始めた。
すると、ネット上で細々と発表していた記事が出版社の目に留まり、雑誌での連載が決定した。すぐに人気を博し、シリーズ化し、書籍化されることになった。
書籍化が決まると同時にテレビ局から同行取材を申し込まれた。麻薬密売に関わるようになった被災者の取材旅に同行させてくと依頼を受けた。
放映された番組も大きな反響を呼んだ。被災者と麻薬カルテルの関係をまとめた書籍は、ある出版社のノンフィクション大賞を受賞することになった。
嬉しかった。
というより、ほっとした。
自分自身を信じて良かったと。
でも、
でも、
でも。

喪服姿の月山は献花を胸に抱えながら、グランドゼロの式典会場に向かっていた。抜けるような青空が広がり、初夏というには強い陽射しが降り注いでいた。
普段はぽつんと慰霊碑だけが立っている代々木体育館跡の広場には、関係者用のパイプ椅子がずらりと並べられて、その周囲を例年以上の数の警官隊が警備にあたっていた。警官たちはタクティカルアーマーとアサルトライフルという重武装をしていた。
災害発生以降、デジタルキャラクター理論が世界中に蔓延すると、キャラクターなのだから何をしても許さると自暴自棄になった人々によって凶悪犯罪が多発するようになった。日本でも銃撃事件が頻発するようになり、警官たちが武装を強化した。
式典には二人の重要人物が参加する予定になっていた。
一人は内閣総理大臣の最上義春。
もう一人は災害の原因となった清和高校バスケットボール部・副キャプテンの遊佐晃一の従姉である遊佐未来(ゆざ・みらい)。
未来は、三年前に衆議院議員に当選した自由党の若き党首であり、自身が立ち上げた転生者保護会の会長であり、災害対策基本法条約の改正を求めるデモ隊を世界各地で組織する闘士でもあった。
月山は災害発生による緊急招集に備え、いつでも式典を抜けられるように、六割方埋まっていた席の後方に腰をかけ、献花台の奥にある慰霊碑を眺めた。そこには清和高校バスケ部の仲間たち、観戦に来ていた両親の名前、あの場所にいた1253人の名前が刻まれている。
――十年前、膝が壊れなければ、俺は死ねたのに。なのに、どうして壊れた?
どうして壊れたんだ……?
「月山君」
答えのない疑問に苛まれていると、自分を呼びかける声が彼女の声が救ってくれた。振り返ると喪服姿で少しやつれた表情の東根イマが立っていた。
「ヤッホー、久しぶり」
東根は目線を合わせるために体を折り曲げ、手を振りながら挨拶したのだが、月山には無理して明るく振舞っているように思えた。
「半年ぶりぐらい? だったっけ」
「そうかな、そうね……」と答えた東根は突如ポロポロと涙を零し始めた。
月山は立ち上がり、東根の隣に立ち、肩にそっと手を置いた。
「東根、俺はお前を許すよ」
「ごべんね、あでぃがどゔ」
月山は東根にハンカチを渡し、一緒に席に着いた。

十年前、月山がコートに倒れた後、担架で医務室に運ばれ、医者は十字靱帯が断裂している疑いがあると診断を下した。
そこへバンッと扉を乱暴に開いて、肩で息をしたマネージャーの東根が飛び込んできた。
「救急車で搬送した方がいいでしょう」
と月山の両親に向かって医者が言うと、
「月山君。はあはあ、私に、付き添わせてください。お願いします」
と言って東根は頭を下げた。
月山の父親は「マネージャーさんに、ご迷惑をかけるわけには……」とやんわりと断ろうとしたのだが、
「あら、いいじゃない」
と母親の恵子が口を挟んだ。
「東根さん? よね。玲から、よく話に聞いてます。息子のこと、お願いしますね」
「ちょっと、お母さん」
「お父さんは黙ってて。恋する二人の邪魔はしないでください」
「…………」
医務室が完全に沈黙し、恋する二人は顔を真っ赤にした。

ピーポー、ピーポー。
月山恵子は夫と共に体育館の外に出て搬送される息子と付き添うマネージャーを見送った。
「ねえ、お父さん、東根さんなんだけど、将来私たちの娘になるような気がするの。どう思う?」
「二人はまだ付き合ってもいないのに気が早すぎない?」
「私の勘がよく当たるの知ってるでしょ」
「それはそうだけどさ」
キャー。
体育館の方から悲鳴のような歓声が上がった。
「終わったのかな? 勝ったと思う?」
「私の勘は勝っても負けてもいないと囁いてるわ」
「延長戦ってことか。じゃあ戻ろうか」
夫が体育館に向かって歩き出すと、突風が吹いた。
月山恵子は夫の体が腰の位置から真っ二つに切断されるのを見た。
自分の体も真っ二つになりながら。

東根の両親、月山の両親、あの場にいた全ての人が災害によって死亡した一年後。
災害追悼式典の会場で二人は再会した。
イマは親戚に引き取られ大学生になっていた。
月山も親戚に引き取られていたのだが、Bリーグのスカウトを断り、バスケットボールの強豪大学の推薦も断り、自衛隊に入隊していた。
「東根、俺はお前を許すよ」
式典が終わり偶然顔を合わせた月山はそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、イマは号泣した。
――私が付き添うなんて言い出さなければ。月山君の両親は死なずに済んだのだ。私がいなければ。私のせいで。私は両親と一緒に死ぬべきだったのだ。私はバスケ部の仲間と一緒に死ぬべきだったのだ。私は、私は、何で生きてるの。私なんかより生きる価値のある人は大勢いたのに。
ずっと後悔が頭の中でぐるぐると回っていた。
けれども、月山の「許す」という一言でイマは救われた。
自分は生きててもいいのかもしれない。
そして、災害から十年後の今日も月山君は私を「許す」と言ってくれた。
イマは己の狡さを自覚しながら、隣席の月山が差し出した手に自分の指を絡めがっちりと握り返した。
――そうじゃないの月山君。私が許して欲しかったのは別のことなの。
 
ノンフィクション大賞の授賞式の翌日のことだった。
ネット上にテレビ番組で放映されたカルテル幹部へのインタビューが違法にアップロードされた。その動画は麻薬カルテルを激怒させ、報復と称して日本人観光客が拷問の末に殺される事件が起きた。
テレビ放映の段階では何も起きなかった映像が、なぜカルテルを激怒させたのか。
それが、モザイク破壊動画だったからだ。
本来ならモザイクのかかっているカルテル幹部の顔がはっきりと映し出されていた。AIによる画像編集によってモザイク除去されていた。
イマは、すぐに出版社、弁護士と対応を協議し、声明を発表した。
「これはジャーナリズムに対する攻撃です」と。
世界中のジャーナリストたちもそれに追随するような声明を発表した。
「ジャーナリズムが破壊される」と。
直ちに動画投稿サイトに対して投稿者の情報開示を求めたが、アカウントは既に削除されていた。
誰がこの事態を画策したのか?
犯人捜しが始まった。この事件の中心にいたイマは報道関係の番組に引っ張りだこになり一躍時の人となった。
しかし、
『月山の両親に代わって付き添った』事実が、ネット上の噂として拡散し始めると事態は一変した。ネットの悪意が、災害を潜り抜けて生き残っただけの、何の罪もないはずの、イマを攻撃し始めた。
「何であんた生きてるの?」「亡くなった月山の両親に詫びろ!」「調子に乗って正義を気取るなwwwwww」
バッシングが始まると、世間は手の平を返し、周囲の人々もイマから距離を取るようになった。
孤立した。助けを求めた。けれど誰も応えてはくれなかった。
イマはSNSのアカウントを全消去して、メディアから姿を消した。
――井戸の底にいるべき時間。
ある文学作品の言葉を支えに、沈黙を貫き耐えた。
災害が日本国内で立て続けに発生したおかげで、イマの存在はあっという間に忘れ去られた。
かのように思ったのだが、甘かった。
半年後。
災害被災者の取材を再開した。けれど、被災者たちは本音を答えてはくれなくなっていた。イマの顔と名前を思い出すと被災者たちは口ごもるようになっていた。
モザイク破壊動画によりジャーナリストとしての信頼を失ったのだ、と思い知らされた。

「ありがとう」
イマは月山の手の温かさを感じながら感謝を述べた。
ブウウウウ、ブウウウウ。
月山の内ポケットに入れたスマートフォンが振動した。
「ごめん」
月山はそう断り、イマの手を離してスマホを取り出し画面を見つめた。
『サ対・小国』。
月山は立ち上がり、観覧席から少し離れた場所へ移動した。
「月山です」
「悪いな、式典に出席してる最中に」
「いえ」
「防衛大臣から災害派遣命令が出された。出動だ。場所は世田谷三軒茶屋の大風第二小学校だ。集合地点は地図にピンを打っておいたからアプリで確認してくれ」
「了解。すぐに向かいます」
通話を切り、イマの元へ戻り「キャサリンでサ行」と耳打ちした。
「月山君、それって」
訊ねたイマに、月山は頷いた。
『サ行』とは、災害対策行動の略で、自衛隊の災害対策部が現場に派遣されるということだった。
『キャサリン』はイマが大風第二小学校に通っている当時、児童たちが呼んでいた異名だった。最初は「たいふう第二」だったのだが、アメリカでハリケーン・キャサリンが大きな被害をもたらしてからは、いつの間にか「キャサリン」とみんなが呼ぶようになった。
――けれど、月山君とそんな話をしたことはない。それにサ行に関する事実は特定秘密に該当するのだ。外部に漏らせば処罰の対象となるのに。どうして教えてくれるの?
「待って……」
イマは呼び止めようとして、躊躇した。
――これは千載一遇のチャンスだ。ジャーナリストとして名誉挽回の。
月山は振り返ることなく、警備を務めている警察官の所まで行って言葉を交わすと、一緒にどこかへと走り去っていった。
その姿を見送りつつ、イマは慌ててスマホを取り出し、先輩記者に連絡を入れた。
「東根です」
「おお、元気にしてたか。悪いな、これから新宿警察署で会見だ。あの連続殺人事件の件でな。話はその後で……」
「天童さん、サ行です。場所は、世田谷三軒茶屋、大風第二小」
イマは天童の言葉を遮って伝えた。
「なっ。おまえ。Jアラートは発令されてねえぞ。どこで……」
「封鎖が始まる前に向かわないと」
「クソっ、マジかよ。わかった、長井も一緒に連れていくけど、いいな?」
「ええ、お願いします。現場で落ち合いましょう」
「ああ、わかった。気をつけろよ」
通話が切れるとイマは月山の後を追うように式典会場を後にした。
会場には「渋滞で総理の到着が遅れる」とアナウンスが流れていた。

総理に何かあったのか? 
と、情報を集めるメディアたちが式典会場の後方でざわついている所へ、式典会場に自由党党首の遊佐未来が姿を現し、場の空気が張り詰めた。マスコミは静まり返り無言で未来にカメラを向け始めた。
遊佐未来は被害者遺族でもあり、加害者遺族でもあった。
災害を起こした遊佐晃一の両親、つまり遊佐未来の叔母と叔父は、息子の応援のために代々木体育館を訪れていてそこで犠牲になったからだ。
喪服姿の未来はフラッシュが焚かれる中を進み、最前列の中央の椅子に背筋を伸ばしたまま浅く腰かけた。スマホが震えポケットから取り出して耳に当てた。
「遊佐先生、山形です。転生事案が発生しました」
山形と名乗った男は落ち着いた口調で言った。
「みたいですね、山形さん。先ほど、玲君を追ってイマちゃんが走っていくのを見かけましたもの。彼、上手く誘導してくれたみたいです」
「東根さんは、しっかりと役割を果たしてくれるでしょうか?」
「あら、モザイク破壊の件、まだ気にしていらっしゃるの?」
未来は山形に命じて、動画を流したのだった。
「ええ。予定外の犠牲者も出てしまいましたからね」
「彼女なら平気よ。ギラついた野心のある目つきをしていましたから。それより、最後にもう一度あなた方の意志を確認させていただきたいのだけれど。ここからは後戻りすることも途中で降りることも許されない。覚悟はできてらっしゃいますよね?」
「もちろんです、先生。このために長い時間をかけて準備してきたのですから」
「他の方々にも山形さんの能力で確認していただけるかしら?」
「少々、お待ちください」
しばしの沈黙が流れた。
「『晃一さんの汚名を晴らすため、そして我々の居場所を作るため、身命を賭す覚悟です』とのことです」
「疑うつもりはないのだけれど、それは本当にみなさんの意志なのですか?」
「心に手を突っ込んで本音を引き出したので間違いありません」
「わかりました。では始めましょう。早速ですが、時間稼ぎをしなければなりません。イマちゃんが現場に到着するまでのね。防衛大臣に働きかけてJアラートの発令をできるだけ遅らせいただけますか?」
「了解しました」
「では。お願いします。世界に変革を」
「世界に変革を」
そう答えて山形は電話を切り、防衛大臣に連絡を入れた。
「山形です。大臣に至急報告がございます。面会の時間を作っていただけますでしょうか?」
山形は防衛省官僚のトップを務める事務次官であった。

月山は警察のパトカーに乗車し、大風第二小学校近くの集合地点で災害対策部の面々と合流した。現場から二ブロックほど離れた路上に陸自の74式大型トラックが数台駐車していた。
周囲の道路には通行止めの規制線が張られ、その奥に簡易テントが設営されていた。テントの入口付近には軍服姿の歩哨が警戒にあたっていた。
月山は歩哨に敬礼し、テント内に足を踏み入れた。イスとテーブルがロの字に置かれていて、自分の到着を待ち構えるように七名の隊員が既に席に着いていた。
「全員揃ったな。おしっ、ブリーフィングを始めるぞ。鮭川一尉説明を頼む」
月山が入口近くの空いた席に座ると、先ほどスマホで話した小国一等陸佐が言った。
小国の隣に控えていた制服姿の女性自衛官がおもむろに立ち上がり大型モニターの前まで移動した。
「始めます。世田谷署に転生者の第一報が入ったのは十一時三十五分のことです。大風第二小学校校長から連絡がありました。五年二組の児童、中山和樹が三時間目と四時間目の休憩時間の間に転生した可能性があると」
転生者の初期対応は自衛隊ではなく警察が行っていた。
「世田谷署はネゴシエーターを含めた災害対策課員を複数名を派遣すると共に、陸自に対してFFRS(無人偵察機システム)の協力要請がありました。三宿駐屯地からUAV(無人航空機)が発進し監視を開始しました。モニターに映し出されているのは大風第二小学校のライブ映像です」
グラウンドに三人の児童が倒れているのが月山の視界に映った。
「世田谷署員が行った学校関係者への事情聴取からテレキネシスによって、児童が三階・五年二組の教室から吹き飛ばされたことが判明し、防衛省に通報がなされました」
窓ガラスの割れた三階の五年二組の教室から、児童が倒れている場所までは三十メートルほど距離があるだろうか。グラウンド全体は表面が乾いて白っぽくなっていたが、所々土がめくれて黒っぽくなっている箇所がある。
おそらく、児童たちは地面の上で何度かバウンドし、そして引きずられるようにして転がったのであろう。児童たちの首や腕や足は人の関節の可動域を越えて折れ曲がっていて、すでに事切れているのがわかった。
残酷な映像だったが、それを見て動揺する隊員は一人もいなかった。
「防衛大臣は中山和樹を第134号転生者と認定。改正災害対策基本法に基づき、我々災害対策部に出動及び、改正自衛隊法に基づいた排除が発令されました」
転生者は、現代の科学では解明できない何らかの力を行使したという映像、または信憑性の高い証言が複数ある場合、異世界の人間が乗り移ったとしてそう認定されると改正災害対策基本法で定められていた。また、転生者が国民に対して暴力行為を働いた場合、即座に排除の対象となると改正自衛隊法で定められていた。
「現在、世田谷署の交渉人が134号の誘導を行い、児童たちの避難が始まっています。モニターのこちらに映っているのが134号転生者です」
画面が分割され、交渉人が隠し撮りしている転生者の姿が映し出された。普通の小学生のようにしか見えない男の子が、交渉人と楽し気に会話をしながら、学校の中を案内されているようだった。
分割した画面の中で動きがあった。
グラウンドに74式大型トラックが侵入してきて停まり、そこから軍服姿の隊員たちが次々に降りてきた。
「災害対策部工作課がグラウンドに『玉座』の建設を行った後、即時撤退。交渉人が134号をグラウンドに誘導し、接待課が注意を引きます。その間に我々強襲課の三点同時狙撃によって転生者を無力化します」
玉座とは文字通り玉座を意味する。転生者を玉座に座らせ、接待課がオーケストラの演奏をしている間に狙撃するという作戦だった。転生者は玉座に座り、音楽を演奏すると気が緩み周囲への警戒が疎かになる。そこへ見えない位置から狙撃を行うことで転生者が能力を発動する間を与えずに制圧する。
転生者との十年に及ぶ戦いの経験則から、この方法が最も有効だと考えられていた。
当然、狙撃失敗時の対応策も練られている。接待課の面々は銃器類を隠し持ち不測の事態に備えていた。FFRSのUAVには地対空ミサイル・ヘルファイアが搭載され、いつでも転生者に向けて発射できる態勢を取っている。さらに、最悪の事態も想定し、東京湾岸に配備されている海自のイージス艦がパトリオットミサイルの照準を大風第二小学校に定め、市ヶ谷航空自衛隊基地からはF15戦闘機が数機スクランブル発進していた。
「狙撃ポイントは学校の屋上、グラウンドの用具室、一年四組教室に設定してあります。なお、Jアラートの発令は依然行われておりませんので、当該地区住民の避難は実施されておりません。以上です」
Jアラートが発令されると、転生者を中心として半径一キロに対して通信と通行が規制される。半径200メートル以上の住民に対しては警戒レベル四の避難指示が出され、半径200メートル未満の住民に対しては警戒レベル五の緊急安全確保の指示が出される。
「鮭川一尉ご苦労だった。それでは狙撃ポイントを割り振る。ポイントアルファ・屋上。月山班」
小国一等陸佐が指名され、月山とバディの河北は「了解」と答えた。
「次、ポイントベータ・用具置き場、湯殿班」
「了解」「了解」
「最後、ポイントガンマ・一年四組、羽黒班」
「了解」「了解」
「各自装備を整えすぐに狙撃場所へ向かえ」
「了解!」
全員が一斉に答え、ブリーフィングは終了した。

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