見出し画像

コラテラルー転生という名の災害ー 第3話【ジャンププラス原作大賞・連載部門応募作品】

「番組の途中ですが、報道特別番組をお伝えします。番組の途中ですが、報道特別番組をお伝えします。間もなく最上総理の会見が始まる予定です。総理が会見場に現れました。それでは総理官邸からの中継です」
総理大臣の最上は一礼して話し始めた。
「えー本日午前十一時二十分頃、世田谷区三軒茶屋大風第二小学校にて転生者が確認されました。死傷者が発生したことに伴い、防衛大臣が自衛隊に対して災害対策行動が発令し、これを排除いたしました。排除から一時間後の午後一時三十四分にJアラートは解除され…………」

警視庁・災害対策課・課長の上山(かみのやま)はグラウンドに敷かれたブルーシートを持ち上げ、児童の遺体に向かって手を合わせた。周囲では鑑識の人員が現場検証を行っている最中だった。
「課長、亡くなった三名の児童についての情報は捜査情報共有クラウドにアップしておきましたのでご確認ください」
災害対策課の若手刑事の報告に頷きながら、やりきれない気持ちになった。
殺人事件ならば捜査を進め真相に迫ることで、悔いを残して死んでいった人々の供養にもなるし、遺族の少しばかりの慰めにもなる。しかし既に被疑者は射殺され、その口から動機が語られることはない。真相は永遠に闇の中。
――災害とはよく言ったものだ。
転生関連死は自然災害と変わらない。ある日突然、理由もなく自分の命が、家族の命が、友人の命が、大切な誰かの命が奪われる。
いや、理由はあるのだろう。転生者の理屈では。
だが、その理屈、動機を普通の人間が理解することは不可能だ。そういう意味ではかつて日本で発生したテロ事件よりも不条理なのかもしれない。
「課長ぉー!」
三階、五年二組の割れた窓から捜査員が顔を出して呼びかけた。
「どうしたぁー!」
「来てくださいっ!」
上山は手を振って答え、教室へと向かった。
ガラガラと音を立てて扉を開ける。
整然と並べられているはずの机と椅子が乱雑に倒され、ガラスが床に飛び散っていた。教壇の近辺に鑑識員がしゃがみ込んでいた。ポツポツと血痕があるのが見えた。
「課長、こっちです」
捜査員は窓際の後方にある掃除用具入れの前に立っていた。そのロッカーの下の隙間から血が流れ出てねっとりと緩やかに広がっていた。
上山は白い手袋をはめた手を用具入れの扉にかけて、
「開けるぞ」
と言った。
「オワッ」
中から女性が倒れ込んできて思わずのけ反った。
上山は床に突っ伏した死体を見つめた。
半袖の白いブラウスを着た体の前面に、数十本のコンパスが突き刺さり、血が流れていた。
「この女性は、五年二組の担当教諭・西川礼音だと思われます」
捜査員がスマホで捜査クラウドの写真を確認しながら言った。
上山は遺体の側にしゃがみ込んで顔をまじまじと眺めた。
――拷問。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
遺体は恐怖の表情を浮かべたまま、固まっていた。片方の目と眉間にコンパスが突き刺さっていた。
――致命傷となったのは額の方だろう。根元まで深く突き刺さっている。人間の力でこんなことをするのは不可能だ。

新たな遺体を発見してから五日が経過した。
上山は警視庁にある災害対策課の自分のデスクの上で、報告書に目を通していた。
親とカウンセラーに付き添われて行われた五年二組の児童たちの聴取は滞りなく終了し、災害発生時に何が起きていたのかが明白になったのだが。
――おかしい。
刑事の勘がそう告げていた。
ICPOのデータベースにアクセスし、翻訳機能を使って日本語訳し、今回と同じような状況の調書全般を比較してみた。
――やはりそうだ。五年二組の児童たちの証言はまとまり過ぎている。個性がない。まるで、誰かに言わされているようだ。
ブーブーブーブー。
スマホが振動した。
「面白いネタがあるんだが、取引しないか?」
記者の天童からの電話だった。挨拶もなく直接要件を伝えてくる率直さを上山は気に入っていた。
「そちらは何について知りたいんですか?」
「災害発生時の状況についてだ。特に五年二組の」
「わかりました」
「じゃ、いつもの場所で待ってる。後輩を一人連れて行っても構わないか?」
「ええ、では後ほど」

夜。
上山は新宿ゴールデン街のスナック・腹黒い恋人の扉を押し開けて中に入った。カウンター席とボックス席が二つあるだけの小さな店だったが、いつもどおり盛況で空いている席はカウンターに一席しかなかった。
「あら、殿ちゃん。お久しぶり」
スナックのママは上山のことを殿と呼んでいた。
若い頃はかみさんと呼ばれていたのだが、神のことなのか、妻のことなのか、紛らわしいので、転じてうえ様と呼ばれるようなったのだが、さらに変化して殿、十数年をかけて殿ちゃんに落ち着いたのだった。
「天ちゃん、天ちゃん」
スナックのママはL字型のカウンターの奥に、三人しか座れない場所に腰かけている天童に声をかけた。隣にはパーカーのフードを目深に被った女が座っていたのだが、こちらに気づくと、わざとらしくスマホを取り出し、視線を下に落とした。
――やれやれ。面倒事を安請け合いしてしまったようだ。
上山が席に座るとママが、焼酎の炭酸割を運んできた。
「ごゆっくり」
「じゃ、乾杯といこうか」
上山は天童とグラスを合わせた。天童はジョッキに三分の一ほど残っていたビールを飲み干して、焼酎の炭酸割を注文した。
「そちらが天童さんの後輩の方ですか」
「ああ、そうだ」
天童が挨拶しろというように女性に目線を投げた。
「初めまして」
と言って女はフードを外して顔を露わにしたが、それ以上名乗ろうとはしなかった。
――東根イマ。一度は英雄となり、異端審問で死刑にされたジャーナリスト界のジャンヌダルク。
彼女自らが進んでカルテル幹部の素顔を晒したわけではないので、報復の件は何の責任もない。不運だったと同情するが、それでも警察官である自分が東根イマと一緒にいるのは大きなリスクが伴う。ネタ元を意図的ではないにせよ公表した過去のあるライターと接点を持っていることは組織への背任・反逆と取られかねない。
しかし、天童ならばそんなことは承知のはずだ。ということはかなりヤバいネタということだ。
「上山さん、こちらをどうぞ」
東根イマがブルートゥースイヤホンを差し出した。上山は受け取り耳に装着すると、音声が流れ始めた。
「……『こーろっせ、こーろっせ、こーろっせ、こーろっせ……』……」
「どう思う?」
再生が終わり、イヤホンを外すと天童が訊いた。
「腑に落ちた、という感じです」
上山は調書を確認した際の印象を二人に伝えた。
「こちらをどうぞ」
天童にマイクロSDカードを渡した。天童はそのままイマに渡した。
イマはSDカードをスマホに差し込んでデータを確認した。そこには調書と検死報告という二つのフォルダがあった。
上山はジョッキをグイッと煽ると説明を始めた。
「中山和樹は転生する直前、亡くなった児童二人、村山一誠と山辺和也と喧嘩をしていました。子分格の村山が中山の後ろ手を取って拘束し、そこへ親分格の山辺が殴りかかろうとした、まさにその瞬間、転生が起こりました。転生者はテレキネシスを使って中山と山辺を空中に持ち上げ、窓ガラスからグラウンドへ向かって投げ捨てました。転生者は、下等生物の人間を全員始末しようと、テレキネシスで教室の机を持ち上げ、それを残りの児童たちにぶつけようとしました。教室内は恐怖に包まれたのですが、果敢にもクラス委員長の大江茜が転生者の説得を行うために進み出ました。これが結果的に裏目に出て転生者を逆上させることとなり、大江茜が三人目の犠牲者となりました」
イマは上山の話を聞きながら、スマホで調書を開き、五年二組の児童たちの証言にざっと目を通した。上山が疑念を抱いた通り、全員が概ね同じ内容の話をしていた。
「騒ぎを聞きつけた五年二組の担当教諭西川礼音が駆けつけ、児童たちに机をぶつけようとしていた転生者に『自分が身代わりになるから、この子たちを傷つけないで』と提案しました。転生者はテレキネシスで西川教諭を黒板に貼り付けにし、次の算数の授業のために児童たち一人一人が用意していたコンパスを念動力で投げつけ始めました。拷問を行うかのようにじっくりと時間をかけて。西川教諭の叫び声は他のクラスの生徒、教諭たちも耳にしています。転生者はしばらくすると教諭を弄ぶことに飽きたように止めを刺しました。と同時に、教諭との約束を守り、それ以上児童たちに危害を加えることはありませんでした。その後、転生者は五年二組の舟形メラを学校内の案内人として指名し、教室を出て行きました。三階の廊下を歩いている所へ世田谷署のネゴシエーターが現れ、交渉の末、舟形メラを解放し、グラウンドへと誘導しました。児童の証言をまとめると以上のようになります」
上山はジョッキ飲み干し、今度は日本酒を注文した。
「担当教諭の西川礼音がそんな惨い死に方をしていたとはな」
「上山さん、転生者による嘱託殺人がなぜ起きたのか、心当たりはありませんか?」
「フォルダにある転生者の検死情報を見てください」
イマはスマホをタップして情報を表示した。
『中山和樹の衣服から児童たちの唾液が複数検出された』
と書かれていた。
――これは、何を意味しているの?
「災害対策課で嘱託について立件できるか?」
「無理です。音声データーの出所がわからないのでは我々が動くのは難しい。この件に関わった子供たちは賢いです。我々警察が証拠もなく問い質しても、何の証言も得られないでしょう」
「かもしれんな」
三人は複雑な感情を抱きながら、グイッと酒を煽った。

災害発生から十日が過ぎた。
大風第二小学校・五年二組の舟形メラは意気揚々と通学路を歩いていた。
舟形メラには夢がある。黄金の夢が。
父親の書斎にある漫画本のキャラクターの台詞を呟いた。
人の精神は一瞬で成長する。そのことを実感していた。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,537件

#私の作品紹介

96,726件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?