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スティーヴン・キング『ジェラルドのゲーム』


ポー『大鴉』?

小説の中にエドガー・アラン・ポーの『大鴉』がでてきます。キングの小説は古の名著の影響を受けていることが多く、今作もそんな不雰囲気がします。主人公のジェシー・バーリンゲームが大学時代のルームメイトであるルース・ニアリーの亡霊のようなものと頭の中で会話するところはまさしくそうでしょう。また、手錠でベットにつながれたジェシーの前に現れるスペースカウボーイの存在もその影響下にある登場人物です、存在する生物なのかもしくはジェシーの幻覚なのか謎のまま話は進みます。しかし、ラストではスペースカウボーイが変質者で殺人鬼であるが存在する人間であったというオチがつきます。当たり前なのですが単にポーの小説のコピーではなく、キングによる進化した新しい古典文学となっています。この作品のテーマとしては一人の女性が恐怖に打ち勝ち危機から脱出するというものから一歩前進したものとなっているように感じます。それは支配され続けた人間が、忌まわしい過去から逃れ本当の自由を獲得しようとするというものです。

密室な状態へ追い込まれる主人公

ジェシーは過去と現在にそれぞれ父親と夫により正確には密室ではないが、状況的にも心理的にも密室な状態へ追い込まれていきます。
まず、現在はメイン州カシュウォカマク湖畔の別荘が舞台になります。夫であるジェラルド・バーリンゲームにベッドに手錠でつながれます、その後ジェラルドが死亡することにより一人で取り残されてしまいます。夫にはジェシーがこのプレイを望んだとされてしまうところが恐ろしいところです。またこの孤独な状況をあらわす文章も、これから恐ろしいことが始まる予感を感じさせます。

知らなかったふりで通す気なのだ。ちゃんとわかっている、だがあくまでつづけるつもりでいる。ジェラルドは彼女をベッドポストに手錠で結わえつけた、彼女の合意のもとでそれをした、そしていま、ああ、もうやめよう、いたずらに言葉を飾るのは、そしていま、彼女をレイプする気でいる、裏戸がバタンバタンいい、犬が吠え、チェーンソーがうなり、湖のどこかでアビがヨーデルを歌っているなかで、まさしく彼女をレイプしようとしている。

文藝春秋『ジェラルドのゲーム』P21

ここで吠えいているのがラブラドールレトリバーとコリーの雑種でプリンスという名前からして可哀想な犬です、彼はのちのちジェラルドをむしゃむしゃ食べちゃうという重要な役回りで登場します。
過去ではおなじくメイン州のダークスコア湖の別荘でジェシーは父親によって密室へ追い込まれます。幼少期のジェシーを母親はこのように表します。

いつも油を貰えるのはよくキーキーいう車輪、そういうでしょ?それがうちのジェシー、そうじゃないかしら?キーキーいう車輪なのよ。なにを決めても、最後に仕上げは自分にやらせてもらわないと気がすまないの。他人の決めたことでは満足できないのよ。現状に満足するってことができないの。

文藝春秋『ジェラルドのゲーム』P151

父親はジェシーの考えをあやつり自分の意志で別荘で二人きりになるような状況に追い込みます。すべてジェシーの希望でこうなったというかんじになってしまうのはとても恐ろしい感じがします。

本当の自由への困難な道程

ベッドに手錠で繋がれた状態で父親にレイプされたことを回想しますが、それは過去のトラウマに苦しむというだけではありません。そこはさすがキングです。よくある話にならないで、読者のおもいもよらない展開に引き込んでいきます。過去の悪夢とルース・ニアリーの助言がつながり、手錠からの唯一の脱出方法を思いつきます。これは彼女の息抜き自由を勝ち取るという意志が呼び起こしたのでしょう。

「・・・家へ帰ったお母さんがメモを読む羽目になることさ・・・」
ジェシーがだれもいない部屋に向かってそう口にしながらパッと目をひらくと、その目がまず捉えたのはからのコップだった・・・まだ棚の上にあるジェラルドの水飲みコップ。手首をベッドポストにくくりつけている手錠のすぐそばにある。左の手首ではなく、右の手首のそばに。

文藝春秋『ジェラルドのゲーム』P237

ここからの10ページほどはキングの小説のなかでも大上級に恐ろしく、私も目を薄めて読んでしまいました。読者もここを乗り越えてこそ、ジェシーが自由を勝ち取った姿を見ることができるのです。






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