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コルソン・ホワイトヘッド『ハーレム・シャッフル』

『地下鉄道』『ニッケル・ボーイズ』のコルソン・ホワイトヘッドが2021年に刊行した新作が邦訳されたので読んでみました。

カーニー家具店は、彼がテナント契約を引き継ぐ前も、さらにその前も家具店だった。五年間商売を続けてきたカーニーは、小売店には不向きな性格なラリー・アーリーよりも、真夜中に夜逃げして、怒り心頭の債権者たちも家族も愛人ふたりもバケットハウンドも置き去りにしていったゲイブ・ニューマンよりも長続きしていた。迷信深いたちであれば、その場所は家庭用品を売るには呪われているのだと思うかもしれない。さして見栄えのいい店ではないが、そこでひと財産を築けるかもしれない。カーニーは自分の前の店主たちのおしゃかになった計画と崩れ去った夢をある種の肥やしにして、自分の野心の支えにしていた。倒れたオークの木が腐って、ドングリの栄養となるように。

早川書房『ハーレム・シャッフル』P22

1959年のニューヨーク、主人公のカーニーは黒人であるがゆえの差別を受けている。たとえば取引先の電化製品修理店にいっても白人の店員に無視されるような屈辱を日常的に受けています。しかしカーニーからはそんな差別は柳の木のようにかわして跳ね返す賢さを感じることができます、小説の冒頭からは明るい希望のようなものを感じることができます。黒人でも白人と対等にビジネスができる、世の中が変わってきていることにカーニーは気づいているのでしょう。

カーニーがひじょうに魅力的なキャラクターだと感じる理由として、そのすぐれたバランス感覚が挙げられます。カーニーのまわりには義父であり税理士のリーランドやデュマ・クラブの会長ウィリフレッド・デュークのような利権を握り、決して簡単にはその座を譲らない、いうなれば威張るのが仕事のような人間がいます。一方、いとこのフレディやマイアミ・ジョーのように幼い頃から薬物取引や強盗などの悪事しかできない人間もいます。カーニーはどちらにも属しているし属していないともいえる微妙な立場をつらぬいています。ボーダーライン上をいったりきたり、サーフィンボード上のサーファーのようにバランスを取りながら両方の世界を注意深く観察しているような賢さがあります。カーニーがまっとうな商売を表面上は行いながらも、一攫千金をねらうもだいたいうまくいかないフレディを最後まで見捨てないのも、どちらにも属せずにあくまで独立して生きていくんだという信念がみえてきます。

デュマ・クラブの名前の由来がフランス人作家アレクサンドラ・デュマからきているのもすこしおもしろいです。

カーニーの悪事の素養は父親から引き継いでいます。

家具は流行に合わせて品揃えが変わるので、昔とはちがった外見になっているが、カーニーは店をうまく切り盛りしている。いい腕だ。まっとうな仕事だとはいえ、父親も誇りに思うだろう。ある面では父親に似ているが、別の面ではまったく似ていない。デュークや麻薬の売人や警官の件で、カーニーは恨みをこしらえはしなかった。ビック・マイクは報復したい気持ちをこらえることは一度もなかった。息子にもその気性は受け継がれている。

早川書房『ハーレム・シャッフル』P374

デュマ・クラブへの入会する件で笑いものにされたデュークへの復習は時間をかけて丹念に実施されていきます、第二章のクライマックスです。ここでカーニーの父親から引き継いだ気性が発揮されています。アレクサンドラ・デュマの『モンテ・クリスト伯』がここで掛かってくるんですね。

カーニーが経営しているのが家具店といのも面白い点です。カーニーが作り上げた店、そこでは常には肩肘張って生きているハーレムの人間もつい本音をだしてしまうような魅力的な店であることが伝わってきます。

出ていく途中、頬に傷のある男はブーメラン形のローテーブルに目を留めた。カラフルなスターバーストのデザインがガラスのトップを漂っている。傷持ちは値札を確かめると、何かを訊ねようとしたが、思い直した。いいコーヒーテーブルだったし、それを客の目にしっかり入るように、カーニーはかなりの時間をかけて展示場所を決めていた。

早川書房『ハーレム・シャッフル』P53

やくざの親分チンク・モンターグの手下が店にカーニーを脅しに来たときのようすです。強面の男が仕事をわすれてしまう瞬間は、おもわずにやりとしてしまいます。

警備の仕事は、ブロードウェイにある〈ライオネルズ〉で買ったエッグサラダのサンドイッチとミルクセーキで始まる。水曜日の夜は静かで、他社と比べたときのアージェントのリクライニングチェアの優れている点や、宣伝にあった油圧式のなめらかな動きについてじっくり検討することができた。全体としては見事な家具だが、布張りの手触りがもう少しほしい。

早川書房『ハーレム・キャッスル』P374

カーニー父親マイクといっしょに悪事を働いてきたペッパーが、店番を頼まれたときのことです。ときには人を殺すのも躊躇しない男がつい家具の魅力に取りつかれてしまうのも面白いシーンでした。

好きなシーンは他にもたくさんあります。
ペッパーがカーニー家の夕食に招待され、肉を調理する匂いを嗅いでおもわず『ちくしょう』とうれしそうに言ったところ。
マンソン巡査がわいろを受け取りにカーニー家具店に来て、秘書のマリーの作ったお菓子を食べるシーンも良いです。ケーキ、クッキー、コブラーパイ、そしてアラバマでの青春時代偲ぶ季節のパイ、レモンとオレンジのシフォンケーキ。アメリカの小説にでてくるお菓子はだいたいプディングだという偏見があったので、そのあざやかさが目に浮かびます。

物語の主軸からはずれますが、ラストでは昔は鼻にもかけてもらえなかった有名家具メーカーベラ・フォンテーヌと売買契約を結ぶことができました。またデュマ・クラブの会員にもなれました。しかし、順風満帆というわけではなく警察ややくざの親分へのわいろ引き続きです。『おちつけよベイビー、メッセージは届けられた』これは物語と並行して起きていたハーレムでの暴動で活動家が配っていたビラにある文章です。カーニーにもなにかしらのメッセージが届いていることでしょう、物語は続くようです足をひっぱってくる連中ばかりの世の中でうまくバランスをとって生きていけるの楽しみです。





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