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【創作長編小説】青の怪物、契約の輪 第一話

◆あらすじ◆
フィンの首元には、大好きな祖父の形見のペンダント。
氷の魔女にさらわれた妹を助けるため、フィンは一人旅に出る。
ペンダントに宿る秘密。それは、契約の呪いだった――!
契約の輪の力でできた強力な「しもべ」のマーレと共に、大切な妹を取り返すべくフィンは氷の魔女のいる「鏡の森」を目指す!
異世界ファンタジー。

◆小説家になろう様掲載作品◆


第一話 契約の輪

 稲妻が空を走る。
 旅人たちを運ぶ帆船は、嵐に翻弄されていた。

「うわっ……!」

 そのとき、船が激しく揺れた。岩にぶつかったようだった。

 嘘だろ……!? こんなところで……!

 フィンの小さな体は、海に投げ出されていた。
 激流が、フィンの体を翻弄する。黒に限りない青と、泡の白、二つの色が目まぐるしく展開する。

 息が……! 苦しい……!

 今、フィンの感覚は、上も下もわからない。おそらく、海の底に向かっているのだろうが――。
 そのときだった。フィンの瞳は、不意に二つの光をとらえていた。
 二つの謎の光。よく見れば、それは巨大な黒い影の中、光っていた。

 あれは、なんだ……? 

 巨大な黒い影が、ものすごい速度で近付いてくる。

 あれは、目だ……! あれはきっと海の怪物……! 俺を狙ってるんだ! 

 光る目の黒い影。無数の泡を生み出しつつ、大きな口を開ける。怪物が、今にも襲い掛かろうとしていた。フィンを、丸飲みする気のようだ。
 
 じいちゃん……! 俺、こんなとこで、なにもできないまま死ぬのか……!

 フィンは、右手で腰に差した剣を抜き、左手はぎゅっと握りしめた。左手で握りしめたもの。それは、胸元のペンダント。今は亡き祖父にもらった、大切な形見の品。激流の中でも、まだフィンの首元にあった。
 白い大きな牙が地獄の門のように待ち構える。怪物の口に吸い込まれるように、体が回転する。思うように体勢も整えられず、フィンの剣は空振りしていた。

 アレッシア……!

 ごめん、と思った。フィンは、妹の名を心の中で呼んでいた。

 ごめん……。アレッシア……。助けてあげられなくて――。

 視界が真っ暗になった。


 波の音が、聞こえる気がする。
 繰り返す、穏やかな波音。

 嵐、止んだのかな――。

 ぼんやりと思う。

 嵐。まさか、海に落ちるなんて――。

 そこまで考え、ハッとした。

「俺! どうなった!? 怪物に、喰われたんじゃ……!」

 一瞬にして思い出す。ただ海に投げ出されただけじゃない、巨大な怪物に丸飲みにされたのだ、と。

「まったく……。困った坊主だ」

 知らない男の声。フィンはまだ、自分の状況がわからず、驚きながら声の主を見た。

「誰……?」

 月明かりに、輝く深い青色の長い髪。切れ長の目をした美しい面差しの男が、こちらを睨みつけていた。

「あなたが……、俺を助けてくれたのか……?」

 おそるおそる、尋ねた。あの絶望的な状況から自分を助け出したというのは信じられず、また月に照らし出された男の美しさがどこか人間ではないような、神秘的で畏怖の念を抱かせるような迫力があったからだ。

 は、は、は!

 男は豪快に笑った。男はどういうわけか全裸で、片膝を立てた状態で岩の上に座っている。岩の上、そう、フィンも岩の上にいた。眼下には、暗い海が白い波を立て、寄せては返している。
 男は、笑い続けている。なぜそんなに笑うのか、フィンは命の恩人かもしれない不思議な男に対し、ちょっと怒りを覚えていた。
 雲が流れる。雲が、月を隠したそのとき。

「助けた……? まさか! 私が、お前を喰ったのだぞ?」

 大きな口を開けた笑い顔のあと、男が言い放った。
 
 え……?

 意味がわからなかった。自分が助かった理由も、男が言った言葉の意味も。

「まったく……。貴様の奇妙な力……」

 男は、ちょっと斜め上を見上げた。そして首をかしげる。なにか、違うと思ったようだ。
 男は改めてフィンの目を見つめ、それから長くしなやかな指で、フィンの胸の辺りを指さした。

「貴様の、それ。その変な物の力か。その呪いで、私はこのザマだ」

 黒い雲から月が顔を出す。

「え……? 呪い……?」

 フィンは、胸に手を当てる。胸元のペンダントの固い金属の感触。
 なんのことか、わからなかった。大好きな祖父の、大切なペンダント。

『フィン。これを、大切に持っていなさい。もしかしたら、お前の助けになるかもしれない』

 それは、妹が生まれるだいぶ前。そのときの祖父の声を、思い出していた。そして、続く言葉も。

『でも――。このペンダントが活躍することがないことを、わしは祈っておる。お前や、お前の子どもたち、その先の子たち。皆が、ただのお守りとして持つ、そんな運命であってほしいと願っている』
 
 ペンダントの先には、銀のリングがついていた。リングの内側には、なにかわからない不思議な文字が刻まれている。

「呪いって――。あんたは、いったいなにを言って――」

 男はため息をつき、長い髪を気だるげにかきあげる。それから顔を上げ、フィンをまた睨みつけた。男の目は、自身の髪の色のように、海のように、深い青色だった。

「それだよ。その輪っか。私はお前を丸飲みにしたせいで――、その輪っかに触れたことになった。その輪っかの力。それは――」

「あんた、まさか……! さっきの怪物だったっていうのか!」

 フィンは、ようやく気付いた。信じられないが――、目の前のこの男が、海の怪物だったのだ、と。

「察しが悪いな。さっき言ったじゃないか」

「そんなの、わかるかっ」

 フィンは、急いで飛び下がり、男に剣を向けた。

「おいおい。お前は、自分のしもべに剣を向けるのか」

 は……?

 男は、呆れたような笑みを浮かべた。

 しもべ……? なにを言って――。

 男はもう一度指さす。ペンダントの先の、リングを。

「それはおそらく、契約の輪。人間以外のものを、従える呪い。それに触れた人でない存在は、その持ち主に従う運命を負う。とても、強力な呪い」

 契約の、輪……!?

「まったく、喰うんじゃなかった。ニンゲンがちょうど目の前に落ちてくるのは珍しいから、つい好奇心でやってしまった。まさか――、思考や姿まで、人に準ずる羽目になるとは」

「なんだってーっ!?」

「なんだって、は、こっちのセリフだ」

 リズミカルな波音。さきほどの嵐が、嘘のようだ。

「ニンゲン。まあ、そんなわけでなんなりと命じろ。不本意だがな」

 嵐と穏やかな夜空。黒い雲間から、たくさんの星。
 フィンは、怪物と自分の立場に、変わりゆく空以上の変化が起きてしまったことを知った。


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