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【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第5話

第5話 先制パンチ

「勇一!」

 謎のふわふわ毛玉に乗って空間を移動する勇一に、銀の髪を風になびかせながら並走して飛ぶ幽玄が、声をかけた。
 それは、厳しい口調だった。

「前言撤回。予定を変更する」

「え……?」

「嗅ぎ付けられた。傘を、持て」

 幽玄は傘を勇一に投げ渡す。

「わっ」

 慌てて勇一は傘を手に掴んだ。

「ば、化け物が、また現われたのか……!?」

 この傘は、化け物退治の武器。幽玄が投げ渡したということは、戦う場面である、そう勇一は察した。

 なんで察しがいいんだよ、俺……!

 こんな理不尽な現状に、もうきっちり染まってしまっている自分を嘆く。

「気を付けろ、勇一」

「えっ、なにに、どこに気を付ければいいんだよ!?」

 傘を右手に持ち、左手はふわふわの背に置いていた。本当は、長くふわふわの毛を掴みたかったが、かわいそうな気がして、手のひらをつける程度にしていた。飛行中振り落とされる危険を減らすためだが、手を置こうが置くまいが、あまり大差ないような気もするが。

「今朝遭遇した化け物とは格が違う。これはおそらく術者の化身そのものが――」

「ええ!? なに、なんの話!? 術者って!? 化身って……!?」

 幽玄のほうへ目をやったとき、なにかが、光った。
 幽玄が、素早く身をかわす。

 ああっ!?

 光ったのは、金属。槍の穂先、刀身部分だった。
 そして、その槍を操るのは、僧形の大男。めくれた袖から見えるのは、筋骨隆々とした丸太のような太い腕。

 弁慶みたいな、いでたちの、人……!? 

「こいつは、化身! 私が倒す! 勇一は、この場を離れよ! もし途中、化け物に遭遇したら、傘で戦え……!」

 ガッ、と激しい音がした。いつの間にか、幽玄の手には刀が握られており、僧形の大男の槍を、幽玄は刀身で受けていた。

「幽玄!」

 あっ、と思った。幽玄と僧形の大男の戦いがどうなってしまうのか、恐ろしいが知りたいと思っていたが、みるみる距離ができていく。
 風を切り、勇一を乗せたふわふわが、幽玄たちから離れようとしていたのだ。

「ちょ、ど、どこ行くんだよ!」

 枠を、超える。振り返れば、幽玄たちの姿が見えない。枠を超えれば、違う空間であるということなのだろうか。

「お、おい! ふわふわ! 幽玄を、幽玄を見捨てるのか!?」

 見捨てる、といっても、今勇一があの場にいても、できることはないような気がした。割って入ったところで、邪魔になるのが関の山である。

「どこに、どこに連れて行くんだ!?」

 いくつも枠を超え、奇妙な空間をぐんぐん進む。どんどん現実から遠ざかるような気がした。
 幽玄のところに戻るのは危険――後ろ髪引かれる思いもあるが――だろうし、このままどことも知らず突き進むのも危険な気がしていた。
 ふわふわに、尋ねようにも命令しようにも、そういえば、ふわふわがなんなのかも知らないし、ふわふわの名前すらまだ付けていない。
 ふわふわは、どのくらい知能があるかわからないが、幽玄に名前を付けろと言われたとき、嬉しそうな顔をしていた。
 信頼関係があれば別なのだろうが、少なくともよその飼い犬や飼い猫のように、現時点でも最小限の意思疎通は可能なのでは、と思った。

「ふわふわ……、ええと、お前の名前――」
 
 そのとき勇一は、それなら今、名前を付けてやれば命令を聞いてくれるんじゃないか、そんなことを考えていた。

 白い毛玉……。毛玉みたいなやつだから――。

「白玉! お前の名は、白玉だ!」

 白玉、と名付けられたふわふわは、ちょっと振り返るように顔を上げ、黒い二つの大きな目で勇一の瞳を見つめた。

「名前、気に入った、かな……?」

 あんみつの映像を不用意に思い浮かべつつ、尋ねる。
 白玉の目は、笑っているように見えた。

「よし、白玉! いい子だ! いい子だから、ちょっと止まってくれ……!」

 白玉が、ぴたりと止まった。

 いいぞ! 白玉……! 聞いてくれた……!

 思わず、勇一の顔に笑みが浮かぶ。
 そのとき、だった。

「勇一」

 突然、名を呼ばれる。幽玄ではない声に。
 それは、女性の声だった。

 え……。

 前を見ると、ショートカットの黒髪の、スレンダーな美しい女性が立っていた。空中に、だが。



「私は、化身」

 謎の女性は、赤い口紅に彩られた唇を、そっとほころばせた。

「け、化身って……? あ、あなたはいったい――」

 ついさっき、幽玄も「化身」という言葉を使っていなかったか。いったいどういう意味なのか、そしてどういった存在なのか、勇一はわからないでいた。

「私は、幽玄の主人です」

 えっ……! この人が、幽玄の主人……!

「大変です、幽玄が……! 今、弁慶みたいな大男に襲われてて……!」

「知ってます。幽玄は、たぶん、大丈夫。難敵と思われますが、きっとまだ幽玄の敵ではありません」

 幽玄の主人と自らを称した女性は、慌てるそぶりも見せない。

「幽玄は、時を重ね、代々の術者たちの術も重ねてありますから」

 時……? 術……?

 ぽかんとする勇一に、女性は

「幽玄は、現在私の使役鬼しえきおにですが、彼を創ったのは私のご先祖様です」

 と説明する。

 使役鬼……!?

 様々な独特の言葉に、勇一はただただ混乱するばかりだった。

「勇一。では、こちらへ。急ごしらえの空間では、ありますが」

 女性が手のひらを向けると、なにもなかった空間に、新たな枠が現われた。

「え、いったい、どこへ――」

 戸惑う勇一だったが、白玉は女性の誘導する枠へと素直に向かう。
 白玉の背に乗った勇一は、白玉の向かうほうへ従うほかなかった。
 枠の向こう、唐突にあるのは、椅子とテーブル。どちらもなにもない空中に浮かんでいる格好だ。
 女性が優雅な動きで椅子に座り、テーブルを挟んで白玉と勇一が対峙する。

「ここも見つかるかもしれないから、手短に説明しますね」

「ええと……、はい……」

 少々落ち着き、改めて女性を瞳に映した勇一の感想。それは――、

 おねえさん、なかなかのパンチ具合……!

 ショート丈ジャケットに、タイトな黒のミニスカート、そしてロングブーツという服装。
 テーブルの下から、斜めに組んだ美脚が、余すところなく披露されていた。
 出会い頭の先制パンチを受けたような気分だった。なお、効いているのはあくまでパンチであって、パンツが見えているわけではない。
 セクスィー大魔王、勇一は心の中で勝手かつ雑な仇名を付け、自分の不謹慎などきどきをごまかすことにした。

「私の名は、仮に紫月しづきとしておきましょう」

「シヅキ、さん……?」

「ええ。私も化身。本体は、別。だから、この名前も仮名」

「化身って、いったい――」

「アバター。そう言ったほうが、伝わりやすいかな?」
 
 紫月は、長い脚を組み換え、艶やかな笑みを浮かべた。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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