【創作長編小説】星の見える町、化け物添えて 第4話
第4話 座像、そして、ふわふわ
町のはずれ、昼なお暗い、山の中。
ひっそりと、小さなお堂があった。
「幽玄……、やはり厄介な存在……」
格子戸の向こう、お堂の中に一人座る男が呟く。
ろうそくに照らされた、男の手には、すすけたお札のような紙。男は、身じろぎもせず床の上に正座したまま、持っている紙を眺めている。
炎であぶられてしまったかのように、黒と茶色の染みが広がってしまっているその紙には、筆でなにかの文字が描かれていた。
『肉目鬼』
奇妙な言葉だった。
「傘の使い手は、どうということもない。問題は、幽玄――」
男は、紙を強く握りしめた。紙は、今までかろうじて形を保っていたといった様相で、握られた途端、粉々に砕けるように散ってしまった。
お堂の奥には、仏像でも神像でもない、奇怪な座像が祀られていた。座像の下には、どういった意図なのか大きな円形の鏡があり、鏡面の上に座っているという形になっていた。
四本の腕を持ち、あぐらをかくように座っている不気味な像。
一番の特徴は、頭部がない、ということだった。
むき出しの首。しかし、頭が紛失しているというわけではなかった。肝心の頭部は――、座像自身がその手に持っているという姿だった。
腹の辺りで、自らの切り離された頭を持っている異様な姿。そのうえ像の顔は、腹側を向いており、頭頂部で髪を結い上げた状態の後頭部を、こちら側に向けているという格好だ。
そしてさらに、頭を抱えていない残りの二本の腕はというと、左腕のほうは、なにか意味があるのか、人差し指と中指、親指だけを伸ばし、あとは軽く握っているような形をしていて、対して右腕のほうは――、鎌を手にし、大きく振り上げていた。まるで――、自らの右手で、自らの頭を落としたかのように――。
座像の前、男は立ち上がる。そして、座像の左右に飾られている、御幣のような白い紙――神道の御幣に少し似ているが、あきらかに違うもの――に手を伸ばす。そして、紙を一枚だけ取り外した。それは、先ほどまで手にしていた、お札のような紙と同じもの――。
「幽玄より、強力なものを作らねばならない――」
そう一人呟き男は、紙を懐にしまい足早に山を降りる。
ギャアギャアと、カラスの鳴く声が響いていた――。
昼休みとは、かくも短き儚きもの。
社食を注文、食事、そしてそれからの残り時間だったし、幽玄の荒唐無稽な話を理解するのにも、その無茶苦茶な話にリアクションするのにも、いちいちある程度の時間のロスが生じてしまい――、結局、幽玄から引き出せた情報は、非常に少ないものとなった。
ああ。中途半端な気持ちで午後の仕事に向かう、真面目で哀れな俺――。
勇一は、混乱した面持ちのまま、自分の机へと足を運んだ。
「仕事に精を出すのだぞ、社会人」
上っ面の応援のような言葉だけ残し、幽玄は傘を手にし、空に消えていた。
俺に拒否権はないのか、と勇一は幽玄に尋ねていた。
ない、と幽玄は答えていた。
「なぜなら、私は命令で動いている。命令で動いている身だから、勇一の要望を聞ける立場ではない」
そのように幽玄は答えた。
「……つまり幽玄、お前は下働き?」
「ああ。そうだ」
「じゃあ俺は、下働きの、下働き……?」
めちゃくちゃじゃないか、と思った。俺は幽玄の命令主から命令を受けるいわれはないはずだし、また、命令されて動く幽玄から命令される筋合いはないはずだった。
「まあ。そうなるのかな? まあ、人間間の話だ。不満があるなら、私の主に訴えよ」
「じゃあ、お前の主人とやらを教えろ――」
と、そこまでの会話でタイムアップ。幽玄は捨て台詞のような応援の言葉を残して去り、勇一はすごすごと自分の仕事場へと戻っていった。
もっと適任がいるだろう。
いくら偶然――必然とは思いたくない、と勇一は思う――、ちょうどその予言の日にこの町に引っ越してきたからって、自分が傘の持ち主に決まることはないはず、と思った。
田舎町だけど、ちょうどその日に越してきた人、他にもいるかもしれないじゃないか。
確率的には低そうだが、ないわけではない、と勇一は考える。
そしてそこまで考えてから、待てよ、と思った。
予言の言葉、『東の都からこの地へと、星の降る日に訪れる者』って――。「訪れる」ってことは、住むじゃなくて、観光とかでもよくね!?
そうなると、ずいぶん予言の適用範囲は拡大する。
幽玄に、そのあたりも強めに指摘せねば……!
幽玄に「訪れる者」の適用範囲を問う、それから必要があれば幽玄の命令主とやらに会う、次の勇一のやるべきことが決まった。
俺の力で誰かが助かるなら、と必死になった。でも、俺が背負うべきことでもないのであれば、俺は謹んで辞退の方向で――!
資料に目を落としキーボードを叩きつつ、うん、うん、と一人うなずく。
勇一のパソコンの作業速度が、格段に上がった。
「お疲れ様ー! 勇一、今日はゆっくり休めよ」
体調を心配され、同僚の谷川に声を掛けられる。
今日は予想以上に自分の仕事も打ち合わせもテンポよく進み、ほぼ定時で帰ることができていた。谷川はというと、明日の作業分について、もう少しまとめてから帰るとのことだった。
「ありがとう、お疲れ様。じゃ、お先に」
玄関の扉を押すと、星空ではなく、夕日が出迎えていた。
幽玄に出会わなければ――、色々寄り道して、心が弾んだとこなんだろうけど。
ちょっと足取りが重い。幽玄の話の続きは、家に着いてからにしようと思った。
ハイビスカスのような花を生垣にしている――勇一は知らなかったが、ムクゲという昔から定着している花木らしい――家の角を曲がったときだった。
「勇一」
目の前に立ちはだかるように、幽玄。
「わっ、なんだよ! 帰ってから話そうと思ったのに――」
「主が、お呼びだ。お前が話したいと言ったから、時間を作ってくださったのだ」
幽玄が、勇一の腕を掴む。
えっ。
たちまち、勇一の前に合わせ鏡のように見える、ご丁寧にも枠付きの空間が口を開けた。しかし、今朝のものとは印象が違う。目の前の空間を映しているのではなく、全く違った風景を映していた。しかも、どういうわけか明るく輝いている。中からかすかに香のような香りも――。
「主を待たせてはいけない」
ちょっと、幽玄――。
勇一の見える世界が、回転する。
幽玄による、突然の背負い投げ、だった。
なんちゅー手荒な!
一瞬天を仰ぐ。
勇一がなにか抗議する前に、勇一は合わせ鏡の空間へと、強引に放り込まれていた。
「幽玄……!」
道路に叩きつけられる、と思った。
しかし、勇一の予想に反し、勇一の体は、なにやら、ふわふわの感触に包まれていた。
えっ、なんの、ふわふわ……。
投げられた勇一は、四つん這いのような状態だった。勇一と勇一のカバンを乗せた、「ふわふわ」。勇一は、自分の下にある「ふわふわ」、その正体を見ようとした。
白い、毛むくじゃらの、なにか。あたたかい体温のようなものも感じる。
「幽玄、これは――?」
「主からお前への贈り物だ」
幽玄は、そのとき空間の中を飛んで移動していた。
そして、勇一は――、ふわふわに乗って飛んでいる。風を切りながら、ふわふわの頭部らしき部分が、動く。勇一を、見上げるように。
わっ、目がある……!
ふわふわの、おそらくは、顔。そこには、きちんと二つの目が並んでいた。
「それは、空間内の移動のとき、お前の足となり、翼となってくれる。名前は、お前が名付けよ」
えええーっ!?
幽玄が微笑み、ふわふわも目を細めていた。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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