「寄り道貧乏」(2024/2/27)

仕事が終わる。帰宅する。
途中にスーパーアークスがある。罠である。

気持ちが疲れているときに、大きなスーパーに寄ってはいけない。
普段よりちょっと安い気がする食品。不意に現れる半額シール。
買わなければいけないものはない。でも買っている。
寄り道をしなければいいだけの話なのはわかっている。

でも買い物は楽しい。
仕事でぐったりしているときには抗えない魅力がある。
無駄遣いとは言い切れないところがタチの悪い話である。

帰宅ルートを変えた。今までは地下鉄だったが、JRを利用することにした。
2024年の2月は、札幌市営地下鉄からJR北海道学園都市線の民である。
JRの駅から自宅まで大きなスーパーはない。
大きめのドラッグストアはあるが、スーパーほど安売りをしていない。
移動手段が変わって、ちょっとだけ歩く距離が長くなったが、運動不足解消の足しになると思えば、なんということはない。
最近購入した独立型のイヤホンは快適である。
オーディブルには未聴取のコンテンツがまだまだあるのだ。
これで無駄遣いの罪悪感とはおさらばだ。完全勝利である。

世の中に完全というものは存在しない。
退勤時に立ちはだかる壁のような建物。
それが大丸札幌店である。

「このまま家に帰るのはかったるいなあ。」
「帰ってから米を炊いて食事を作るのはめんどうくさいなあ。」
「ちょっと寄るだけ寄ってみるかあ。」

デジャブってこういうことなのか。
その日も、仕事終わりぐったりハイになっている私は、大丸札幌店による。
デパ地下なんて高級な物しか売ってないじゃないか。
これが意外とそうでもない。
野菜も魚も総菜も高いと言えば高いが、あきらかにスーパーで見るものより質が高い。そして、時間帯によっては貼ってあるのだ。半額シールが。

ゆるみきった目つきで生鮮売り場、総菜売り場を回遊する。
初めて見るテナント、並べられた商品を見て私の目がギラリと光る。
ラザニア630円。高い。しかし、今は315円。安い。
チーズとパイと挽肉とトマトソースの地層が輝いている。
宝石箱のようなそれを手にして行列の最後尾に並ぶ。
もどかしい気持ちで待つ。
やっと自分の番になって商品と大丸カードを差し出す。

その時、つま先のあたりにこつんと何か軽いものが当たったような気がした。
何だろうと思って足元を見たが何も落ちていない。
自分の後ろにも列ができている。時間をかけて確認することはできない。
会計を済ませ、イヤホンを耳に装着する。
片方しかない。あれ、片方しか、ないぞ。

一時前の記憶と重なる。あの時だ。
会計前。店員さんとやり取りするためにイヤホンを外した。
順番を急く気持ちから、イヤホンへの意識が途切れたのだ。
もう一度、ショーケースの什器の下を見る。ない。

まだ列は残っている。ジロジロ見ることはできない。
事情を知らない人からすれば、不審者そのものだ。
什器と床の間に隙間がある。2センチくらいか。
イヤホンが滑り込んでしまった可能性はありそうだ。
幸いというかなんというか、大丸は閉店間際。待てる範囲だ。
ありとあらゆるポケットをまさぐり、イヤホンが入っていないことを確認。列の終わりが見えて、店員さんに余裕が見えたところでアタックする。
「すみません、もしかしたらイヤホンを落としてしまったかもしれないです」

女性の店員さんは表情を変える。
ぎりぎりまで顔を床に近づけて什器の下をのぞき込む。
まだお客さんは残っていたので、男性の私が絶対やってはいけない動きだ。
百貨店だから当然きれいだが、そうは言っても床である。
何度「ほんっとにすみません!」と言ったことか。

そうしているうちに、大丸の制服を着た別のスタッフ、周辺のお店の店員さんも集まってくる。
平身低頭を体現すべく、何度もお詫びの言葉を口にする。
複数の店員さんが、トングのような道具、フライ返しのような道具を持ち出してきて、什器の下を滑らせる(あくまで形状の話。普段、実際にそれらで食品を扱うわけではないとのことだ)。

「あった!」店員さんが声を上げた。什器の下にイヤホンあった。あった。
こういう時にはお詫びではないことはわかっている。
恐縮もやりすぎると扱いに困る。
「よかったあ!」「ありがとうございます!」
喜んで見せることと、心を込めたお礼である。
内心は、落としたという確たる証拠があったわけではないので、心底ほっとしていた。

すぐに装着するのも違う気がして、受け取ったイヤホンをケースに入れる。
店はもう閉店時間である。謝罪とお礼を繰り返し、店を出た。

余計な仕事を増やしてしまった申し訳なさと、ちゃんとイヤホンが見つかったというハッピーエンド感、そして猛烈な恥ずかしさ。
もうしばらく大丸の地下一階には行けない。

これでしばらくは大丸への寄り道の誘惑を断つことができる。
めでたし、めでたしだ。

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