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新春のさみしい旅。修善寺旅

「修善寺は蕎麦屋が多いよ。でも、蕎麦が名物ではないけどね。名物は原木椎茸とワサビ」と、タクシーのおじさんが言う。

修善寺駅、夜8時。駅前は寂しい。温泉街まで約2km。バスはすでにない。一台だけ停まっていたタクシーに乗り込む。

小旅行をしたくなって伊豆の修善寺に向かった。地図で見ると修善寺は伊豆半島の中心から少し上にある。あ、少しではないか。伊豆半島の付け根とまではいかない微妙な位置。

東京から東海道線で三島まで行き、伊豆箱根駿豆線に乗り換えて終点が修善寺。3時間ほどで着いた。ちなみに三島まで新幹線を使えば2時間弱で行ける。

「温泉街の食べ物屋さんは開いてますか?」「もう閉まってるよ。修善寺は夜が早いからね。一軒だけ中華料理屋が開いているかもしれない」

晩ごはんは無理そうだな、と思った。宿泊するゲストハウスの前で降ろしてもらう。レイトチェックインのためオーナーはいない。メールであらかじめ教えられていた方法で中に入る。

訪れたのは1月。まだしめ縄が飾られていました

「とりあえず歩いてみようかな」。荷物を置いて外に出ようとしたとき、居間のテーブルに「修善寺の夜の飲食店」と書かれたリングノートを見つけた。

思ったよりも店がある。別のページには各店の営業時間が書かれている。「なんだよ、まだやっている店、そこそこあるじゃん」とつぶやいて外に出る。道には誰もいない。温泉街の中心部に向かって歩く。

地図を見るとここが中心部であろう場所まで来た。21時前。誰もいない。川の音だけがする。「なんだか寂しいところだな」と思いながら橋を渡ると、灯りのついている居酒屋があった。その近くに小料理屋もあったが、居酒屋にする。

客は誰もいない。まだ小正月前だというのに。冬の修善寺を訪れる人はほとんどいないのか、それともみんな宿でくつろいでいるのか、そんなこと知らないけど。貼られているメニューを見る。「特製まぜそば」の文字が目に入る。まぜそばの気分ではなかったから、「ちゃあしゅうマヨ丼」にした。マヨがたっぷりでこってり。まぜそばにすればよかった。なんだか気分が乗らない旅。

店を出ても何もないから宿に戻って、早々にベッドにもぐり込む。ツマラナイ修善寺旅の1日目がとっとと終わる。

旅するとき、「もう出発する前からワクワクで」ということはあまりない。計画を立てて予約はしたものの、行くのがメンドクサクなる。逆に、行く前からなぜか気分が明るく高まっているとき、その旅はかなり素敵な旅になる。今回は、行くのがメンドクサクなって、出発がかなり遅れた。旅することは別に義務ではないから。

写真は、微妙な時間に電車の中で食べた「伊豆山海おぼろ寿司」

翌日は、晴れ。ゲストハウスが提携している近くの旅館に風呂を浴びに行く。露天風呂の温泉が気持ちいい。少し旅のテンションが上がる。ちなみに街の中心部に日帰り入浴できる温泉があるけど、大勢の人が入るらしいので敬遠した。

ぶらぶらと散歩する。修善寺の名所、竹林の小径に行ってみた。

竹林のそばを桂川が流れている。桂川には5つの橋が架かり、それぞれ恋にまつわるご利益があると言われている。

楓橋。別名、寄り添い橋。結婚祈願と書いてある。橋のいわれは知らない。案内文は「成就するとか…。」で終わる。なんだかな……。

こちらは結ばれ橋という別名を持つ桂橋。恋は、結ばれるべき人とは結ばれて、結ばれない人とはどうしても結ばれないものだと思う。それよりも、すでに誰かと結ばれているのに、結ばれない恋をするのは美しい。

温泉街の中心にある修善寺の山門まで来た。修善寺は思っていたよりも小さい。恋にまつわる5つの橋を見たせいか、修善寺はなんとなく道ならぬ恋が似合う場所だと思った。どこか寂しい。恋をして人を傷つけた挙句、この寺で仏門に入った人はいるだろうか。仏様は人生に逃げ道を用意してくれている。

寺で印象に残ったこと。手水舎に水でなく湯が流れていること。手を洗って身の穢れを清める。温かい。何ということはなく、ふーんという感じで寺を後にした。なんとなく自分には関係のないところだと思った。

それからまたぶらぶらして、桂川河畔に湧く独鈷(とっこ)の湯まで来た。修善寺温泉発祥の湯で、伊豆最古の温泉と言われている。開湯1200余年。かつてはここで夜中に芸者が湯を浴びていたとか。今は湯を浴びれない。

さらに歩くと日枝神社があって、その向かいに「桜えびぽん」の看板を掲げた菓子店がある。気になって中を覗く。

「桜えびぽんってなぁに?」と聞いた。店のおばちゃんがひとしきり説明する。桜えびぽんより気になるものが目に入る。「幸わせの木石(きせき)」。昔、この店があるあたりは河原で、修善寺を訪れる人が乗ってきた馬を繋いでおく木の杭がいくつも打たれていた。幸わせの木石は、その杭の一部だという。持ってみる。石のようにずっしりとした重さがある。というよりも木ではなく石にしか感じない。店に来る客は、この木石に気づかない人もけっこういる、というおばちゃんの話を聞いて、この木石はなんとなく願いが成就する気がした。

店を出て、また歩く。1袋5400円の干しいたけを売っている店、修善寺プリンの店、1時間半待ちの行列ができている蕎麦屋、お客が一人もくもくとカレーを食べているカフェをやり過ごす。

修善寺で一番美味しかったもの。修善寺プリン
何の実だろう

バスの時間近づいたので、停留場に向かう。バスに揺られてしばらくすると修善寺駅に着く。駅には三島行きのレトロな電車が待っていた。

改札を通る前、発車までまだ時間があることに気づいて、駅の裏の広場を歩く。華やかな振袖を着た女の子が4人。誰かを待っている。空は青く晴れ渡っていた。

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