実録・マキさんの恋 #03 キューピーちゃん
自暴自棄になって、いろんな男と寝たわ。二人で飲みに行っては持ち帰り、持ち帰られ、よ。露悪的に聞こえるでしょうけれど、本当だもの。ある時、我に返って、「今妊娠したら、父親が誰かわからない」って戦慄したくらいよ。
とにかく、自分でも訳がわからなくなっていたのね。
失恋のせいで自暴自棄だったし、浮気して婚約破棄した自分に対しての懲罰的行為だったし、急に独りになって寂しかったし、それまでオボコく生きてきた分、「男をたくさん知らなきゃ」って焦った、っていうのもある。
でもこれは、大抵の女が一度は通る道なんじゃないかしら。私の周辺の女は、多かれ少なかれ、そんな過去を持っているわよ。
…ただの類トモ?まあ、そうかもしれないわね。
ともあれ、そんな私を、会社の先輩がとても心配してくれていたの。…ええ、また会社の先輩よ、悪い?一番長い時間を過ごすのは会社なんだから、仕方がないでしょ。
5つ上の先輩で、キューピー人形みたいな可愛い男の人だった。ほら、キューピー人形にスーツを着せて、髪をフサフサにしてごらんなさいよ。そのまんまな雰囲気の、可愛い男の人なのよ。
そのキューピーちゃんは既婚者だったの。まあ、既婚者の余裕ってヤツよね、入社して間もない後輩が荒んだ生活を送っているのを見て、「なんとか助けてやろう」って義侠心に駆られたのよ。
でも、助ける相手は、訳がわからなくなって溺れかけてる女よ。溺れかけて何でも掴んじゃうような女よ。結局、キューピーちゃんは、ミイラ取りがミイラになっちゃったのよ。
でも私、キューピーちゃんのことだけは、悪く言いたくないわ。不倫関係とはいえ、彼は本当に、私のことを大事にしてくれたのよ。私のカラッカラに乾いた心に一生懸命愛情を注いで、惜しみなく注いで、ひたひたになるまで注ぎ続けてくれたのよ。
キューピーちゃんがありったけの愛情を注いでくれたおかげで、今の私は女として堂々と自信を持っていられるの。彼のことを命の恩人だと言っても過言じゃないわ。
その頃の私は、夜に眠れなくなっていたの。空が白むまで寝付けなくて、毎日フラフラしていたの。それを心配したキューピーちゃんは毎晩泊まりに来て、何もしない夜でも添い寝してくれた。隣にキューピーちゃんがいると、私は少しだけ眠れた。そしてキューピーちゃんは、明け方に自宅に帰っては、奥さんから激怒されていたのよ。
…え?奥さんに対して申し訳ないと思わなかったのか?
当時はなんとも思わなかったわ。奥さんが女として十分に魅力的であれば、キューピーちゃんは私と浮気する訳がない、だから、女を手抜きしている奥さんが悪い、って思っていたの。
やっぱり、私は若すぎたのね。現実はそんな白か黒かじゃないってことを、全然わかっていなかったし、自分の痛みにしか興味がなかったのよ。
キューピーちゃんとは、半年くらい続いたかしら。いよいよ奥さんから追い詰められて、奥さんと私のどっちを取るかって局面になって、キューピーちゃんはさんざん苦しんだ結果、奥さんを選んだわ。
「妻は絶対に俺を捨てないだろうけど、マキちゃんは俺を捨てそうな気がする」って言われたわ。私はそれを聞いて、「確かにそうかも」って思った。キューピーちゃんが自分だけのものになった途端、また何かに不安になって、他の男と浮気するんじゃないか、って思ったの。私はもう、自分を信用できなくなってしまっていたの。
キューピーちゃんは「これからも、マキちゃんの一番の理解者でいてあげたい。マキちゃんが幸せになるまで、俺が支えてあげる」って言ったわ。そして、私の部屋には泊まらなかったけれど、いろいろと遊びに連れて行ってくれたわ。奥さん公認で。…そうなのよ、奥さんは本当に器の大きな女よ。
キューピーちゃんは「マキちゃんのために、俺が自信を持ってオススメできる男を紹介したい」と言って、頻繁に飲み会を開いてくれたわ。
自分の友人を自分の元・愛人にあてがうという、かなり歪んだことをキューピーちゃんはしようとしてたわけね。でもキューピーちゃんは、そういうことを純粋な気持ちでやっちゃう人だったのよ。
ただ、私はあまり気乗りしなかった。よそ行きな顔で出会ったところで、何の進展があるんだろう、って思ってた。キューピーちゃんのお友達は名門大学出身のエリートが多いと聞いて、私の女友達は喜んで参加してくれたけれど、私はそういうことにも興味がなかったわ。
そんなある日、キューピーちゃんが言ったの。
「今度集まるメンバーの中に、結婚間近なヤツがいるんだ。ノリが良いから盛り上げ役として来てもらうけど、本人から『俺は対象外ということで頼む』と言われているんで、そのつもりでいてね」
ふうん…って、あまり興味を持たずに聞き流したわ。今回もキューピーちゃんの顔をつぶさない程度に盛り上がっておこう、というくらいの適当な気分で女友達に声をかけて、集合場所である駅前広場に向かったの。
遠くの駅前広場で、キューピーちゃんが手を振っているのが見えた。周りに同年代の男の人が数人たむろしているのが見えた。その中で、色が浅黒くて姿勢のいい男の人が、私に笑顔で会釈した。
その男の人とバチリと目が合って、天からビビビビッと信号が送られたように感じて、私は思わず立ち止まってしまったわ。その男の人も、私を見つめて立ち尽くしていた。
それが三鷹さん。半年後に結婚することが決まっている人だったの。
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