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実録・マキさんの恋 #04 三鷹さん(上)

そう、三鷹さんよ。『めぞん一刻』の三鷹さんを想像してくれれば良いわよ。私の目にはあんな感じの爽やかなイケメンに見えたのよ。

…え?意外と単純なんですね?そうよ。単純よ。恋に落ちる時、女はみんな単純になるものよ。

三鷹さんはとても楽しい人だった。一緒にいるのがあんなに楽しい人はそれまでいなかった。私たちは双子なんじゃないかと思うくらい意気投合したわ。

その後も、2週間ごとに飲み会を開いたけれど、三鷹さんは他の予定を調整してでも、必ず来てくれた。そしていつも私の隣に座って、ずっと二人でおしゃべりしてた。ただし、三鷹さんは自分の結婚について話題にしなかったし、私もそれについて訊ねようとはしなかった。

キューピーちゃんは私たちの間に割り込んで、ちょっと顔を曇らせながら、三鷹さんに「お前がこんなに飲み会に参加するなんて、珍しいな」って言った。

飲み会がお開きになった後、キューピーちゃんと私だけで次のお店に向かっていたら、後ろから三鷹さんもついてきた。キューピーちゃんはまた顔を曇らせて、「お前が二次会にも来るなんて、珍しいな」って言った。

小さなバーに3人で入ると、三鷹さんは悩み事を話し始めた。キューピーちゃんはやっぱり顔を曇らせて、「お前がそういう深い話をするのを、初めて聞いた」って言った。

私と三鷹さんは、偶然にも、自宅からの最寄駅が同じだったの。
帰宅するつもりでバーを出て、三鷹さんとタクシーに乗ろうとしたら、キューピーちゃんが、とても不安そうな顔をして、「マキちゃん、気をつけてね」って声をかけてきた。「大丈夫よ」って手を振って別れたけど、内心では「大丈夫じゃないだろうな」って思ったわ。

タクシーの中でも、三鷹さんとは話が盛り上がって、話が全然途切れなかった。自宅が間近になった時、私は彼に、「うちで飲み直す?」って聞いたの。彼は考える間もなく「そうだね、話が途中だしね」って言った。

そして、彼と一緒に私の部屋に入って、持っていた荷物を床に放り投げたところで、話の途中だったのに、二人とも無言になって、そのまま抱き合ったのよ。

その夜のことは、はっきりと覚えているわ。他の男の人とのことは、ほぼ何も覚えていないのに、三鷹さんとのことだけは、五感ではっきりと覚えてる。
私は本当に、三鷹さんのことが好きだった。この人と出会うために生まれてきたんだ、って本気で思ったのよ。

翌朝、固定電話のアラームで目が覚めた。私、寝起きも悪いから、わざと遠くに固定電話を置いて、アラームをかけていたの。

慌ててベッドから抜け出て、部屋の端まで歩いて行って、アラームを切った。切ったところで、自分が何も着ていないことに気づいた。そっと後ろを振り返ったら、ベッドの上で、三鷹さんが半身を起こしてこっちを見てた。

すでに部屋の中は明るいのに、私は何も着ていなくて、からだを覆い隠せるものも近くになかったの。私、恥ずかしくて、しばらく、うろたえていたけれど、仕方ないと覚悟を決めて、三鷹さんの方に向き直ったわ。

その時、私は23歳よ。綺麗に決まってるじゃないの。
胸もお尻も今より小さかったけれど、お椀を伏せたみたいにむっちりと形よく盛り上がっていたわ。
今より随分とやせていたけれど、からだのラインはどこまでもなだらかで、ゴツゴツとしたところなんて、どこにもなかったわ。
肌は明るく澄んで、そこかしこがバラ色に染まって、しっとりと瑞々しかったわ。

三鷹さんは私の全身をしばらく眺めて、「とても綺麗だね」って言ってくれた。私はうれしくて、少し微笑みながら、自分のからだを掻き抱いたわ。あの時ほど、この肉体を形作ってくれた神様に感謝したことはないわよ。

その後、三鷹さんを自宅近くまで送るために、二人で部屋を出た。私のマンションは少し入り組んだところにあって、細い道沿いに緑が多くて、いい散歩道だったの。私たちは手をつないで、おしゃべりしながら歩いたわ。

何を話したかは忘れたけれど、二人がどんな服装だったかは、はっきりと覚えてる。三鷹さんは真っ白なTシャツにベージュのデニムを履いて、私はフレンチスリーブの濃紺のワンピースを着てた。三鷹さんはずっと笑顔だったし、私もずっと笑っていたわ。

7月初めの、とても天気のいい日だった。暑かったはずだけど、その記憶がない。乾いた爽やかな風が吹き渡ってた。空は青くて、お日様がキラキラしていて、そのキラキラとした光が葉っぱに跳ね返って、緑がとても鮮やかだった。

やがて大通りに出て、「ここからの道はわかる」って三鷹さんが言った。そして、私の目をじっと見て「じゃあ、また近いうちに」って言った。私も「うん。またね」って笑った。
そして三鷹さんは、横断歩道を渡り切ったところで振り返り、曲がり角で振り返り、2度、手を振ってくれた。私は三鷹さんの姿が見えなくなるまで、ずっと見送ってた。とってもとっても満ち足りて、幸せな気持ちだったわ。

三鷹さんの姿を見たのは、それが最後だったの。

続く

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第1話はこちら)


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