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実録・マキさんの恋 #07 高円寺さん

その夜も、キューピーちゃんと私と、後輩2人と、高円寺さんの5人でお酒を飲んだ。いつもならそのまま高円寺さんのアパートで「合宿」するのに、その日はキューピーちゃんも後輩たちも「これから用事がある」と言ったので、そのままお店でお開きとなった。

私と高円寺さんは同じ路線なので一緒の電車に乗った。それまでまともに会話をしたことがなかったのに、なぜか卒業論文の話で盛り上がって、途中下車して飲み直すことになった。飲んでいるうちに終電を逃して、私だけが高円寺さんのところで「合宿」することになってしまった。

私は何も深く考えずに、いつもどおり高円寺さんのジャージを借りて、お客さん用の布団を床に敷いて、「おやすみなさい」と灯りを消した。高円寺さんも、いつもどおり自分のベッドに潜り込んで、しばらくして寝息を立て始めた。

私はいつもと同じく、なかなか寝付けなくて、布団の中で考え事をしていたんだけど、そこでふと、占いのことを思い出したの。

「神様がお膳立てしてくれるから、『今だ』と思ったら目をつぶって押し倒せ」

…え?それって『今』じゃない?『今』よね?

私、急にドキドキし始めたわ。
私の運命の人は、高円寺さんなのかしら。全然タイプじゃないけれど、実は理想通りの男なのかしら。

私はドキドキしながらジャージを脱いで、全裸になった。そして高円寺さんのベッドにそっと潜り込んだ。高円寺さんは目を覚まして、全裸の私が絡みついているのに気が付くと、ハッと息を呑んだ。

ところが次の瞬間、高円寺さんは私の腕をパッパッとほどいて、ベッドの上に正座した。私もつられて起き上がり、高円寺さんと向かい合って正座してしまった。

そこで高円寺さんは、どうしたと思う?

高円寺さんは腕を組み、呆れたように深くため息をついて、「付き合ってもいない男女が、こんなことをしたら駄目だろう」と、コンコンと説教を垂れ始めたのよ。

ねえ、向かい合って正座している私は全裸なのよ?24歳の熟れ頃の女が、全裸で目の前に座っているのよ?高円寺さんは、一体どこまで機械人間なんだって話よ。

高円寺さんは一通りの説教を終えたあと、「はい、わかったら大人しく寝てください」と冷ややかに言った。こんな展開は初めてで、私は眼がテンになった。

私、思わず言っちゃったの。
「私、一人だとよく眠れないの。だから高円寺さんと一緒に寝てもいい?」

高円寺さんは少し黙り込んだあと、表情を動かさないまま「わかった」って言ったわ。そして何を思ったか、パジャマを脱いで上半身だけ裸になった。ひょろりと貧相な体格を想像していたのに、意外と骨太で筋肉質だから驚いたわ。そして高円寺さんは、私を後ろから抱きかかえるようにして、ベッドに横になったの。

でも、やっぱり高円寺さんは変なのよ。こっちは全裸なのに、からだには一切、手を触れようとしないのよ。私の背中に自分の胸板を密着させてはいるけれど、あとは私の脇腹に片腕を回して、だらんとさせているだけなのよ。そしてすぐにスヤスヤと寝息を立て始めたのよ。

私も変よ。いつもはなかなか寝付けないのに、「あら?占いが外れたのかしら。せっかく押し倒したのに…」そう思うか思わないかのうちに、ストンと眠りに落ちてしまったのよ。

翌朝、目が覚めたら、すでに高円寺さんは身づくろいを済ませて、キッチンで紅茶を淹れてた。私は全裸でいることがとても恥ずかしくなって、高円寺さんが背中を向けている間に、急いでジャージを身に付けた。
そうして小さなダイニングテーブルに坐って、二人でロシアンティーを飲みながら、他愛もない世間話をしていたの。

ふと時計を見ると、10時ちょうど。

そこで私、思い出したのよ。その日はキューピーちゃんと二人でドライブする約束で、10時ちょうどにキューピーちゃんが私のマンションまで車で迎えに来ることを。

「あ、いけない。キューピーちゃんとの約束を忘れてた」

私は慌てて携帯電話を取り出したわ。高円寺さんはそんな私を見て言った。

「キューピーがどうしたの?」

「今、私のマンションの前にいるはずなのよ。今から電話して、高円寺さんのアパートまで迎えに来るようにお願いするわ」

「えっ、ちょっと待て、それは困る」

見ると、機械人間の高円寺さんが、明らかに動揺しているの。

「ちょっと待て、マキちゃん。僕はキューピーの前では、常に一点もやましいところのない、清く正しい人間であり続けたいんだ。例え何もなかったにしろ、付き合ってもいない女性を部屋に泊めるなんて、そんな不埒な男だとキューピーに軽蔑されたくない」

「じゃあ、私はどうすればいいの?」

高円寺さんは腕を組んで、真剣に考え始めた。そして、何て言ったと思う?

「マキさん、キューピーには、僕と付き合ってるってことにしておいてくれないか」

昨夜は私のからだに指一本触れなかった、機械人間の高円寺さんが、キューピーちゃんに軽蔑されたくないばかりに、一方的に交際宣言をしてきたのよ。ビックリよ。

でも、そのときね、私、ビリビリッて雷に打たれたのを感じたわ。そして思わず、「ああ!」って大きな声を上げたわ。

「高円寺さん!私たち、お付き合いするってことは、つまり、結婚する運命よ!占いでそう言われたもの!」

「え?あ、はい?」

「占いで、『次に押し倒した相手が運命の人だ』って言われたのよ!だから私、高円寺さんと結婚する運命よ!ああ、やっぱり占いが当たったわ!」

まあ、ちょっと支離滅裂な、頭がおかしいことを言ってるわよね。それなのに、高円寺さんも雷に打たれたような顔で私を見て、

「…人生とは、案外、そういうものなのかもしれない」

そう言ったのよ。本当、あの時の私たち、頭がおかしかったわよ。

「じゃあ、高円寺さん。私は高円寺さんと結婚するつもりで、今日からここで一緒に住みわね!」

そう言って私、キューピーちゃんに張り切って電話をかけたわ。そして30分後に迎えに来たキューピーちゃんの車に乗り込みながら、

「キューピーちゃん、私、高円寺さんと結婚するみたいよ!」

って言ったの。そうしたら、キューピーちゃんも頭がおかしいわよ。

「そうか!マキちゃんは高円寺と結婚するのか!それは良かった、本当に良かった!」

そう言って、大喜びしながら泣き出したのよ。

続く

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