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実録・マキさんの恋 #08 エピローグ

キューピーちゃんとのドライブを終えて、自宅まで送ってもらった後、私はウキウキとした気分で当面の生活用品をバッグに詰め込んで、高円寺さんのアパートに向かったわ。
玄関のチャイムを押すと、高円寺さんは少し笑顔を浮かべて「いらっしゃい」と言って、すんなりと中に入れてくれた。

改めて私は、お風呂場を見た。カラッと乾いて、気持ちが良かったわ。

次にトイレを見た。住んで3年だって聞いたけど、黄ばみ一つなく、とても綺麗だったわ。

それからキッチンを見た。随分と汚れていたけれど、私はキッチンを磨くのが大好きだから、何の問題も感じなかったわ。

そうして私と高円寺さんは、小さなダイニングテーブルに向かい合って坐った。私はなんだか照れ臭くって、少しモジモジしてた。高円寺さんはいつもどおりのポーカーフェイスだったけれど、緊張しているのか、少しぎこちない手つきで2人分のジントニックを作ってた。そして、私の前にグラスを置くと、テーブルの上で手を組んで、一息にこう言った。

「僕の人生設計では30歳までに結婚することになっているが、それにはあと1年しか猶予がない。仮に、今から君と交際を始めて、半年後に別れてしまったとしよう。そうすると振り出しに戻り、また何度も飲み会に参加して、良さげな相手を見つけて、フったりフラれたりしながらなんとか交際に漕ぎ着けて、相手が生涯の伴侶にふさわしいかどうかを見極めて、NGが出ればまた振り出しに戻らなければならない。そんなことを繰り返していたら、30歳までに結婚するのは到底困難だ。だから僕は、できればこのまま、君と結婚したいと思っている」

まるで何かの講義のように語る高円寺さんに気圧されて、私はグラスを取り上げないまま、膝の上に両手をきちんと置いて、真剣に聞き入ったわ。

「君は昨夜、僕と一緒に眠って、どうだった?」

「どうって、とても良く眠れたわ」

「僕もそうだ。君と肌を合わせていると、とても落ち着いて、安心感があった。だからきっと僕たちは、肌の相性が良いのだと思う。そこで提案なんだが、これから僕たちの間に何か問題が起こっても、安易に別れようとせずに、許容しうる限り一緒にいる努力を続けていかないか。お互いに歩み寄って、どうしても我慢できないことがあったら率直に伝え合って、それぞれが改善する努力をするんだ。そうして半年後も関係が続いていたら、結婚しよう」

「うん、わかったわ」

30歳に間に合わせるために、たった半年で結婚するなんて、随分と自分勝手な話だけど、彼が理路整然と話すものだから、私もつい、納得しちゃったの。それに私は、もう恋愛にはほとほと疲れ切っていたの。だから早く彼と結婚して、恋愛とは無縁な生活を送りたかったのよ。

彼は姿勢を正すと神妙な面持ちで、「それでは、今夜からどうぞよろしく」って頭を下げてきたわ。
私も思わず、「こちらこそ、よろしく」って頭を下げちゃったわ。今思い出しても面白い光景ね。

翌朝、彼は私に、「もうちょっと肉付きが良くなってほしい」って言った。だから私、一生懸命に太る努力をしたわ。

私は私で、「下着を黒のボクサーブリーフに替えてほしい」ってお願いした。だって彼、顔に似合わず、派手な柄物のトランクスを履いてたのよ。そんな男に抱かれる趣味は、私にはないわよ。
彼、その日のうちに下着を全部買い替えてくれたわ。

そうして私たちは、ちょうど半年後に入籍したの。今でもとっても仲良しよ。だって、何一つ盛り上がらずに結婚したんだもの。盛り下がりようがないじゃない。ずっと安定飛行よ。

一緒に暮らしてみて、よくわかったけれど、「好きな男」と「理想の男」は別物なのよ。彼のことは機械人間みたいで面白くないと思っていたけれど、一緒になってみると、ハチャメチャな私に何一つ動揺しないで、安定したホームグラウンドを提供してくれるの。

彼もまた、「僕は何事も卒なくこなせるから、油断すると普通のエリート人生を送ってしまう。けれど君が隣にいるおかげで、波乱に満ちた面白い人生を送れている」って言ってるわ。

彼は私の恋愛遍歴を知っているのか、ですって?
大抵のことは正直に話したわ。けれど、キューピーちゃんのことだけは話せないままよ。キューピーちゃんが不倫するような男だと知ったら、彼は幻滅するかもしれないし、そうしたらキューピーちゃんが可哀そうじゃない?

…でも、もしかしたら彼は、キューピーちゃんと私のことに、とっくに勘づいているかもしれないわね。

結婚して随分経ってから、彼から聞いた話なんだけど…私が三鷹さんに夢中だった頃、高円寺さんはキューピーちゃんに誘われて、二人で飲みに行ったことがあるらしいの。そしてそのあと、キューピーちゃんは高円寺さんの部屋に泊まったらしいの。

お客さん用の布団の中から、キューピーちゃんは、こう言ったそうよ。
「おまえがマキちゃんの面倒を見てやってくれないか」

高円寺さんは驚きのあまり、即座に拒否したらしいんだけど、キューピーちゃんは、

「俺はマキちゃんのこととなると理性を失ってしまう。俺にもこんな人間らしい感情があるなんて、マキちゃんと出会うまで知らなかった。お前は俺が一番信頼している親友だ。お前なら必ず、マキちゃんを幸せにできる。だから、お前がマキちゃんを引き取ってくれれば、俺は安心して退場できるんだ」

だから高円寺さんは、私のことをよく知らない時分から、「あのキューピーがそこまで言うんだから、マキちゃんはいい女に違いない」って思っていたんですって。

…あら、鳴海ちゃん、確かにそうね。今までそんな風に考えたことがなかったわ。

キューピーちゃんは、本物の「愛のキューピッド」だったってことね。
私は占いで結婚相手を決めたんじゃなくて、「愛のキューピッド」に導かれて、高円寺さんと結婚したのかもしれないわね。

今度、キューピーちゃんに会ったら、お礼を言わなきゃだわ。



(実録・マキさんの恋 了)

前回の話はこちら)
第1話はこちら)


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