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「海」から考える言葉の趣

皆さんは「海」と聞いて男性的な印象を抱くだろうか?
それとも女性的な印象だろうか?

男性的か女性的かというテーマはこのジェンダーレスの時代においては色々と物議を醸す話題かもしれないが、これについては一旦置いておきまた触れたいと思う。

さて、海の印象に話を戻すと
今や世界共通の言葉でもある「TSUNAMI(津波)」のように、一瞬で人々の命を奪い、多くの被害をもたらす獰猛で荒々しいイメージを抱くと男性的だと言えるかもしれない。

一方で、海は私たち人間を含む様々な生態系に多大な恵みを常に与えてくれていて、優しく静かに波打つ海の様子はまるで女性的とも表現できそうだ。

普段生活していて海が男性的か女性的かなどと考えてみる機会はそうそうないが、ただ、ある一つのきっかけでいざそういった視点を持って考えてみると人によって色々と意見が分かれそうなテーマだなと思った。

今回このテーマを取り上げたきっかけは
ヘミングウェイの「老人と海」という小説の一節によるものだ。

「老人と海」は言わずもがな、ヘミングウェイの名作。
漁師である老人サンチャゴが、カジキやサメなどの大型魚と奮闘する際の描写は、なんとも小説とは思えない没入感を与えてくれる。

そんな彼の作品を読み進める中、冒頭で海について語る描写があり、ここが今回の記事を書く経緯となった部分だ。

サンチャゴのようなベテラン漁師たちは皆、海のことを「ラ・マル」という言葉を思い浮かべるそう。それは、愛情を込めて海を呼ぶときにこの地方(キューバの港町が舞台)の人たちが口にする言葉だった。
ただ、最近の若者漁師達は海のことを「エル・マル」と呼ぶ。ここには海は戦いの相手であり、仕事場であり命懸けの場であったからだ。
※スペイン語の男性名詞と女性名詞
小説の舞台はキューバ。
キューバはスペイン語圏の国であり、小説内でも時折スペイン語の表現が使われている。
スペイン語では名詞に「男性名詞(el)」と「女性名詞(la)」があるのでそれによって名詞の前におく「定冠詞」というものを使い分けなければいけない。
「海(el mar / la mar)」は例外的にも定冠詞のel とlaで微妙に言葉のニュアンスを変えることの出来る単語となっている。

これまでずっと日本語に触れてきた日本人からすると名詞に性別があることに違和感を覚える人も少なくはないだろう。男性ならば名詞も男性っぽいのかなと、僕自身もスペイン語学び始めの頃は疑問だった。

ただ実際に、男性名詞であろうと女性名詞であろうとその性別が直接意味に起因するという事は決してない。
例えば、「手」と聞いて男性名詞と女性名詞、どちらを思い浮かべるだろうか? 「山」はどうだろうか? 「木」はどうだろうか?
ちなみに「手」と「山」は女性、「木」は男性だ。
見ての通り、言葉が男性的か女性的かという事は全く反映されていない。

ではなぜわざわざ言葉を男性と女性で区別するのか。
もちろん、これは逞しい言葉だから「男性」、か弱そうだから「女性」などという短絡的なステレオタイプで決められてはいない。
これを考えるにはスペイン語や他のヨーロッパ言語の元となるインド・ヨーロッパ語まで遡る。
当時、この言語では「動くもの」と「動かないもの」という風に名詞を分類しており、これが後に「動くもの」は男性名詞として、「動かないもの」は女性名詞という形に変化していった。

”性的”として捉えるよりも ”動的か静的か” で捉えたほうが違和感は少なくなるかもしれない。

ただ、これは僕がひねくれているからかもしれないが、どうしてもこの「動くものは男性」「動かないのは女性」としてしまうと昔の日本の働き方像、家族像である「男は働き、女は家庭に」に似たものを覚えてしまうし、世界的にみても昔は今よりもっと男女の格差があったのは確かだ。
少なからず、その辺りの一種の”偏見”が言語に反映されているのかもしれないということも一つの見方として、とりあえずこのスペイン語の男性・女性名詞の話は一旦終わりたい。

文中のヘミングウェイの言葉に戻るが、ここでは「海」という言葉を人間の性別的に考えているのが見て取れ、男性的な荒々しさと女性的な優しさと言い換えられるだろう。
これが良いか悪いかは置いておき、これはスペイン語だからこそ出来る表現のバリエーションの一つではないだろうか。

日本語であれば「海」を女性的に、もしくは海への愛情や尊敬、感謝を表現したいとすると「海」という言葉にその他の言葉を付け足して表現するほかないだろう。
ただ、これがスペイン語だと普段は男性名詞の「海」を女性名詞で表すことで、ワンフレーズの違いで一気にニュアンスを変化させることが可能なのだ。

もちろんこれは全てのスペイン語の単語でできる事ではなく、
「海」という言葉が特別なのだが、ここに言語の趣を感じずにはいられない。


皆さんにとって海は男性的だろうか?
それとも女性的だろうか?

「老人と海」 おすすめです🍀

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