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【Zatsu】ぞくっとした想い出 3

大学生のときの話。
なんだか奇妙な体験をした。

ともだちと志賀高原へ2泊3日であそびにいったのね。こじんまりとした、でも外観は洋風でおしゃれチックな3階建てのプチホテル。
冬場ならスキーやスノボ客でにぎわう土地だけど、行ったのが夏休みだったからオフシーズンでさ、すいていたんだよ。
すいていた、というより、宿泊客は俺たちしかいなかったんだけど。

若い時分なので、俺たちしかいないとなれば好き勝手やるわけですよ。メシ食ったら、館内をドタドタ走り回りながら大騒ぎ。おもての駐車場で花火したかと思えば、星空観察で急にしんみりしたりして。
ひとしきりハシャいだあと、部屋で酒でも飲むかってなったんだけど、その前に大浴場へいこうとなった。

自分たちの部屋は最上階の3階にある。おもてから戻り、着替えと洗面用具をひっつかむと、みんなで意気揚々と大浴場へ向かった。お風呂はB1。エレベータで一気に降りると、のれんをくぐり、お風呂場へ入っていった。
あたりまえだけど事実上の貸切なので、テンションMAX。「おおぉ~」感嘆の声とともにひとり、またひとりと湯煙へ消えていく。
俺も脱衣かごに荷物を入れて服を脱ごうとしたとき、タオルを忘れたことに気づいたんだ。
仕方ない。「ちょっとタオル取ってくるわ」みんなに告げると、しぶしぶ部屋へとりに戻ることにした。

部屋でバッグの底に忘れ去られたタオルを見つけ、ふたたびエレベータを呼ぶ。Tシャツ、短パン、はだし、浴場サンダル、片手にタオルというマヌケないでたちなんだけど、俺たち以外は泊まっていないし、あまり気にすることもない。3Fにやってきたエレベータに乗り込み、B1を押した。

ゴウゥーンという音と、ふんわり体が浮くようなあのエレベータ特有の感覚に包まれながら、表示板の数字をみつめている。
3・・・2・・・1
そして(ここがいまだにまったく理解できないんだが)数字が、動かない。数字が止まっちゃったんだ。表示板はずっと「1」を示している。
なのに、あのふんわり浮くような感覚はずっとつづいているんだよ。
伝わります?
ずっと降り続けているんだ。確実に。その感覚がある。
でも、いつまでたってもB1につかない。1階のまま。
時間にして数分くらいだったんだろうけど、若干パニックになったこともあり体感的にはものすごく長く感じられた。
とにかく直感的に普通じゃないというのだけは分かった。

そうこうしていると、フッと空気が軽くなり、表示もB1。ようやくエレベータが止まった。
「???」
理解が追いつかないながらも、緊張から解き放たれて安堵した。降りようとしたら、開いた扉の向こうにはともだちの一人が立っていた。
「わぁ!」
こっちは派手に驚いているんだけど、ソイツはほとんど無反応でエレベータに乗り込んできた。で4Fを押す。
なんとなく降りるタイミングを失ってしまい、ソイツといっしょにまたエレベータは上昇する。

「え? 4F?」
ここ、たしか3階建てじゃなかったか。
でも見るとなぜか4Fのボタンがあって、それが押され、光っている。
もう何も言えない雰囲気。
そういえば、さっきコイツが乗ってきたとき、エレベータの扉の向こうに覗いていたB1の景色。ちょっとおかしかった。赤じゅうたんではなく、地面はコンクリむき出しの、まるでボイラー室みたいな雰囲気だった気がする。

4Fについてエレベータの扉が開いた。そこは、天井がとにかく低く、熱帯魚用みたいな大型水槽があちこちに置かれていて、全体が緑色のライトに照らされた空間だったのよ。
はっきり言って、ホテルのフロアではない。
ともだちはスタスタと歩いていってしまうので、俺も追いかけてついていった。
部屋の隅っこに非常階段の入口があり、ともだちはそこに消えていく。俺もあとに続くが、彼の姿を見失ってしまった。
階段は、これまたコンクリむき出しでほこりっぽく、使われているのかどうかさえ怪しいシロモノ。でも仕方ない。俺は階段を下りていき(大した長さはない)、3Fへついたので逃げるように飛び出した。浴場スリッパのままで。

そこは……普通の空間だった。非常階段を振り返る勇気もなく、俺は室内階段をつかって(さすがにエレベータに乗る気がしない)B1まで降り、大浴場へと急いだ。
そこではさ、みんな楽しそうにお風呂に入っているんだよ。大の字になったり、泳いだりして。さっき一緒にエレベータに乗っていたともだちも普通にお風呂でハシャいでいた。
たぶん、さっきのアイツはアイツじゃないのかもしれない。もうわけわからない。

入浴後はみんなで楽しく飲む予定だったので、さすがにこの件はみんなには黙っておきました。風呂上りにみんなでエレベータに乗った時も、たぶん俺だけドキドキしていた。ボタンは……3Fまでしかなかったね。

その後、特にホテルで怪奇現象には出くわさなかった(俺は、だけど)。みんなとワイワイ過ごした夏の日の思い出なんだけど、エレベータの時間感覚がおかしくなったところから始まる一連の経験は、いまだにアタマが整理できていない。

幽霊とかじゃないんだろうけどさ、踏み込んじゃいけない時空のひずみみたいな、あやうさを感じた経験でしたね。
あのホテルは……もういかねぇな。