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【Zatsu】闇深な自販機(完)

こどものころ、ぼくには夢があった。
幼馴染の女の子と一緒に、手作りの小さな船で海へ出る。
新大陸を探すんだ。
何日も続く日照りの下でも、荒れ狂う嵐のなかでも、帆を降ろすことなんて考えられないね。
人差し指の向く先は、つねに水平線の向こう側。
その気になれば、あの入道雲にだって手が届く。そう信じていた――。


2023.03.17(Before)

望まない闘いだった。それでもおれはファイナルバトルを生き残り……
おまかせ兄を討伐した。
そして、手向たむけの言葉を残しつつその場を離れたのであった。


ところが――


2023.03.18

その翌日のこと。まだあの余韻に浸っているところなんですが、
売切れランプが消えた。オォーイ! なに補充してんだコノヤローッ😠💢 ストーリー的におかしいだろ。おまかせ兄があっさりと復活。あのバトルのくだりはなんだったのか。
本体はまだ売切れ中だってのに。完全にカモりに来やがったな。くそ。


2023.03.20

しかし、数日おいて頭を冷やしたところ、ある期待が頭をよぎった。
そうだよ、補充されたのが同じ飲料とは限らないもんね。もしや、新商品?!
コインを投入してボタンを押す! よし、来い、来いッ!
――ハイおなじ~。いや、わかってはいたけどさぁ🥴


2023.03.22

もう怒った。こうなったらガマンくらべだ。オーナーさんの戦略には乗らないぞ。


2023.03.24

もはやラインナップが変わることは期待していない。


2023.03.25

グラビアカメラマンでもこんなにシャッター切らないだろというくらい、ほぼ同じ映像がおれのスマホ内に蓄積されてゆく。おや、ペプシが売り切れましたか。


2023.03.30

と思いきや、こまめに補充でペプシ復活。商売人としてやっていることは正しいんだけれど、そこまでするなら、このスカスカ具合を埋めるほうが先じゃないのか、と。


2023.04.01

4月、新生活のスタートです🌸。近所の小学校からもにぎやかな声が聞こえる👦🏻👧🏻。


2023.04.06

そんななか、かたくなに口をつぐんだまま座り続けるおまかせ兄。


2023.04.08

いつ果てるとも知らない「にらみ合い」が続く。




そんななか、ひとつの転機。
こういうのって、えてして突然に訪れるものだね。


燦燦さんさんと照らす太陽に、思いがけない通り雨。


そう、おれは、この町から引っ越すことになったんだ。


maimai543



2023.04.19

おれ「よし、今日ようやく心を決めたぜ」
鶏「最後の大仕事。おまかせ兄を買い占めるコッコよ」
大量のコインを握りしめ、意気込んで乗り込んだとき、
そこにもう彼の姿はなかった……。
「ごめんなさい、joshくん。何度も引きとめたんだけど」


オーナーさんへのコメントだけを残し、この場をあとにする。
「今回はかける言葉もないコッコ」🐔


2023.04.20

そのあとのことはよく覚えていない。朝に夜にここを訪れては、彼の背中を探す自分に気づく。


2023.04.21

けれど、そんなうまい話があるわけもなく、


2023.04.22

カレンダーのバツが増えるにつれ、最後の日が静かに近づいてきた。


2023.04.23

必死にあの姿を探しながら、でもどこか無気力で、もう会えないのがわかっている気もしていて。
ここのところ売切れが続いていたFANTAは、
その夜、MATCHに切り替わっていた。
しかし、弟はこちらに背を向けたまま沈黙を続ける。


2023.04.24

思い返せば、最初のころはもっとスカスカだったよね。品揃えもサンガリアばっかりでさ。


2023.04.25

いつも同じ品揃えなんだけれど、たま~に変化があって、その瞬間を見逃してなるものかと目を皿のようにして毎日のように眺めていたっけ。
でも、入れ替えで投入されてきた商品も、やっぱり同じような奴なんだけどね(笑)


2023.04.26(あと3日)

もちろん晴れの日ばかりじゃない。かといって、天候を理由に出ていかないという選択もない。
そぼ降る雨に濡れながらいつもの場所でじっとしている姿を、傘を片手に確認しに行く。
うだるような暑い日も、凍えるような寒い日も。


2023.04.27(あと2日)

けれど、やまない雨はない。厳しい冬の地にも、いつかは春が訪れるんだ。
そして、気づけば何事もなかったかのように、早朝の会社員や学生が前を通り過ぎる姿を、飄々ひょうひょうとした様子で眺めている。
夜には、仕事でクタクタ、部活でヘトヘトになった人たちの帰りを迎え入れるのも忘れずに。
オーイ、ちゃんと顔みせてやれよ😅


2023.04.28(あと1日)

きょうは朝からいい天気。抜けるような青空と、茂った緑の合間から覗く木漏れ日がキラキラとまぶしくて、思わず目を細めてしまう。
よお、おはよう! 元気? 相変わらずのラインナップだな。もっと新作ださないの?


さいごの夜

でも、そんなのんびりしたところが、オマエらしいや。

……。


結局、あの日を最後に「おまかせ兄」の姿を見ることはなかった。
でも、これでよかったんだ。いまさら戻ってこられても……迷惑なんだよ。だから――これでよかったんだ。

こうして、じつに1年近くに及んだオーナーさんとの交流、行き当たりばったりのハチャメチャな物語は、驚くほど唐突に終わりを迎えたのだった。



羊が一匹、


こどものころ、ぼくには夢があった。
幼馴染の女の子と一緒に、手作りの小さな船で海へ出る。
新大陸を探すんだ。
何日も続く日照りの下でも、荒れ狂う嵐のなかでも、帆を降ろすことなんて考えられないね。
人差し指の向く先は、つねに水平線の向こう側。
その気になれば、あの入道雲にだって手が届く。そう信じていた――。

でもそれは、子どもゆえの夢想だった。
現実味がないからこそ、純粋に楽しんでいられたんだ。
その証拠に、成長し、世界が広がり、いざ大海原へ漕ぎ出せるとわかったとき、おれの足は動かなかった。
恐怖でひざが震え、あたりを見回し、なんども逡巡しゅんじゅんを繰り返し、それでもさいごまで一歩も前に進めなかった。
弱虫、いくじなし、ヘタレ、口ばっかし君
周囲から投げつけられるあざけりの言葉に耳をふさぎ、おれは自分の世界へ逃げ込んだ。
ここはやわらかくてあたたかで、いやな奴もいない。
心地よさに身を任せ、どこかで感じる不安から目をそむけ、必死にこちらへ手を伸ばしてくるもう一人の自分を突き放した。
いまの自分の姿を見たくなかったから。
見てしまったら、この時間も終わってしまうと思ったから。

やがて、もいつしか大人になり、それなりに社会と接点を作りながら、色も匂いもない、かりそめの生活を繰り返していた。
そして偶然にもあなたと出会った。
意欲も覇気もなく、ただ時の過ぎるのを眺めるだけの私に、あなたは問いかけた。
「新しいこと、してみない?」
「いや、いいよ。今更そんな元気もないし、ひとりじゃ続かないし」
「じゃあ、一緒に手伝ってあげるわよ。ほらほら、ボーッとしてないで。新しい世界に飛び出すのって、楽しいんだから」
なかば強引に私の手を引くと、ふたりで太陽の下に飛び出した。

サラリ。ほほをかすめる心地のいい風、ひとつまみ。

まるで小さいころに見た、TVアニメのヒーローとヒロインだな。心を失っていたに、彼女は無邪気に笑いかけてきた。それこそ、こちらの戸惑いなんてお構いなしに。

それがなんとも嬉しくて、おれの凝り固まった心は少しずつほぐされ、ほどかれ、外に開かれていった。恐怖や猜疑心がなくなったわけじゃない。けれど、おれは差し出された手を握り返すことができたんだ。

そして目の前に広がる果てしない海に、ぼくは自作の船を浮かべた。
「おもかじいっぱーい」彼女が笑いながら大声で叫んだ。
ひとりじゃできないことも、ふたりならできる。失敗することもあるかもしれないけれど、ふたりなら……なんとかなるでしょ😉

人差し指の向く先は、つねに水平線の向こう側。
新大陸を目指して船を出す。
「帆を上げ~い!」屈託のない笑い声。
「アイアイサー!」


風が吹いてきた。



長いことおふざけに付き合っていただいた(でも途中から絶対にこちらの存在を意識していた)オーナーさんへの感謝と、こんな駄文を読まされた皆様へのねぎらいを込めて😁。



闇深な自販機(おわり)




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