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【短編小説】女子高生が動物を飼い始めたようですよ〜〜少年と犬編〜〜

白い猫がいた。
いや猫くらいどこにでもいるだろう。
だがここは学校だ。
いや学校でも猫はいるだろう。
だがここは部室だ。
いや間違って入ってきたのかもしれない。
だがカリナが抱き上げていた。


「うーーん、かわいい!」

自分勝手なことばかりするくせに、気分屋のキングとも呼ぶべき猫を愛でる姿に、なんだかおかしな気持ちになった。
満足した様子で猫を下ろした。
スタスタと歩いて教壇に乗って、いつのまにか用意されている座布団に座った。

「それで、その猫はどうしたんだ?」
「もらってきたのよ。ホント可愛いわ。猫ってどうしてこんな愛おしいのよ!」

まるで恋する乙女のように頬を赤く染めている。
動作は可愛いが普段の言動を考えるとこれはめんどくさいことに違いない。
そこでふと机の上に一冊の本が裏返しに置いてあった。
また本に影響されたのだろう。


「うちのマスコット役として写真を撮らないとね、ほらゲボク、これを使いなさい!」


投げ出されたカメラを受け取る。
安物のデジカメで、傷も結構付いているので昔買ったやつなんだろう。
確かにこの小動物の可愛さは写真に収める価値があるのはわかる。
ただ少々よく分からない言葉があった。

「おい、マスコットってどういうことだ?」
「言った通りの意味よ。この部の魅力を表すには、あんたらみたいなへなちょこだけじゃなく、本物のスターが必要なの。私だけじゃ少ないからマスコットがいるわけ」


誰がへなちょこだ。
全く意味の分からない部活に入れられてどうして俺は貶められないといかん。


「この部ってただの駄弁るだけの部だろ?」
「違うわよ。野球部の次にこの学校で必要な部活よ。そういえばまだ名前を付けてなかったわね。本の魅力を伝える現代の革命者として、この部活動にグーテンベルクと名前をつけるわ!」

ここは文芸部ではないだけでなく、こいつの頭の中ではかなり学校から注目されている部活動らしい。
しかしここで反抗したってどうせ面倒くさくなるだけだから、適当に話を合わせて早く終わらせるのが吉だろう。
俺はカメラをワイシャツの胸ポケットに入れて、猫を抱き上げようとした。

「てやっ!」
「グフっ!」

いきなり下から顎を拳で撃ち抜かれた。
尻餅を付いて大声で怒鳴る!

「な、何をしやがる!」

カリナはやれやれと手を横に広げていた。
なんとも腹が立つ光景だ。

「全く本当に芸術ってものが分かってないわね。いい、ゲボク!」

カリナは俺に人差し指を向けた。

「無理矢理作った芸術に意味がないの。自然のままにいるこの子こそが芸術なの」
「じゃあどうするんだよ?」
「そんなのこの子の後を付いていくだけよ」
「はぁ!?」

想像を超えるめんどくさい命令が下された。

「そんなくだらないことにどうして俺が付き合わんといかん!」
「そ、それは……」

急に目を伏せてしまったので、怒鳴ったことで萎縮させてしまったことに罪悪感を持ってしまった。
謝ろうとしたときにボソッとカリナが呟いた。

「偶然拾った犬がね。どこかを見るの。遠く離れた家族を探しているように」


昔を思い出すように、ゆっくりと言葉を吐いていく。

「でもその子を離したくないの。たとえそっちに本当に家族がいたとしても。身勝手だってわかっているのに手元にいて欲しい。たとえそれが自然に反することでも。でもその子と一緒にいる時間は短かったわ。だから今ある瞬間を残すべき、そう思うのよ」
「そうか……」

こいつがこんなに一生懸命になるのは、前に飼っていた犬を思い出してかもしれない。
まだこいつのことをほとんど知っているわけでもないが、動物を大切にする優しい心はあるのかもしれない。
そのとき猫が立ち上がって大きく体を伸ばした後に教壇から降りた。
スタスタと教室から出ていった。

「いくぞ」
「えっ?」
「撮るんだろ? あいつの一生をこのカメラで収めて、一番の写真をみんなに見せてやろうぜ」
「うん!」

元気よく答えるこいつを見て、何だか俺も元気になってきた。
猫は階段を降りていく。
どうにも慣れている行動に驚くばかりだ。

「あの猫って堂々としているな」
「もちろんよ、私がどんだけ血眼になって探したと思うのよ。あの風格は普通の猫とは一線を画しているわ」

親バカと言いたいが、飼われたばかりなのにカリナの抱っこに素直に応じるのはなかなか肝が据わっている。
そこで急に猫が止まっている俺たちを見た。
飯でも欲しくなったのかと思ったら、カリナが俺の背中を叩いた。

「ほらっ、何やってるの! 階段を降りる姿を撮れって言ってるのよ!」
「どんなスターだよ。まあせっかくだし撮るか」

デジカメのシャッターを押した。
階段の中腹でこちらを見ている猫の一枚が撮れた。
俺はそれをカリナへ見せた。

「こんなのはどうだ?」
「どれどれ……うーん、普通すぎるわ」

カリナの満足のいくものではなかったらしい。
まあ、俺もこいつの魅力を表現できていない気がする。
もう一枚撮ろうとしたがもうすでに階段を降りていっていた。

「もっと角度とかつけて見なさい。今後もこういった仕事を任せるつもりだから」
「はいはい」

猫は階段で一階まで降りてからもまだまだ歩く。

自由気ままなやつだが、一体どこへ向かっているのだ?
しかし名前ではなく、猫と呼ぶのは少し味気がない。

「おい、カリナ。あの猫って名前あるのか?」
「そういえばまだつけてなかったわね」
「おいおいせっかく飼うのに名前がないのは可哀想だろ」
「分かってるわよ。忙しかったから付ける暇がなかったの。今日中には名前を考えとくわ。キングとかライオンとか、獅子とかね」

全部ライオンを表しているじゃねえか。
まあ飼い主が付けるのだから俺が文句を言ってもしょうがない。

歩く写真を何枚か撮ってみたがカリナは納得してくれなかった。
そして中庭の方へ行くと、部活を終えたばかりの同じ学年の女子テニス部三人が一人の男に絡まれていた。

「ねえ、ねえ。部活終わったんなら僕とホッカホカの夏休みをエンジョイしないかい!」

クネクネと気持ち悪い動きでナンパまがいなことをしているのは、我らが恥ずべき部員のホドハラだった。
アロハシャツにおもちゃ屋でありそうな虹色に光るサングラスを付けている。
言葉のチョイスと服装に彼がモテるのはもっと先のことだろう。

「ハァア? キモいんだけど」
「あんたなんかと遊んでいたら周りから馬鹿にされるじゃない」
「そこの猫でも誘ったら?」


どうにも辛辣な言葉をかけられている。

強く生きろ、ホドハラ。

一切相手にされずホドハラは落ち込むのだった。

「そんなに冷たくしなくてもいいじゃないか……」

猫はホドハラの方へ向かっていく。
もしかしたら少し同情しているのかもしれない。
ホドハラも猫が近付いて来るのに気が付いた。

「ははっ、僕と海でも行くかい。子猫ちゃん?」

またまた言葉のセンスが古い。
ホドハラはしゃがんで、手を猫の方へやり、撫でようとした。
ひょいっ、ホドハラの手は空気を掴む。
俊敏な動きで手を飛び越えた猫はそのままホドハラを無視していく。

哀れホドハラ、猫にすら相手にされず。

「ふふふ、猫風情が人間を甘く見るな!」


ホドハラは素通りした猫を捕まえようと後ろから飛びついた。
猫相手に最低な野郎だ。
俺が助けてやろうと動き出そうとしたとき、猫はその場でジャンプして後ろから迫るホドハラを避けた。
そのとき突っ込んだ先にはバケツが転がっており、ホドハラの顔はバケツがハマった。

「うおおお、前が見えねえ!」

起き上がってバケツを取ろうとするが抜けないようだ。
だが猫の攻撃はこれで終わりじゃない。
猫は走って距離を取り、そのままUターンしてホドハラへ向かっていく。

「ゲボク、これはシャッターチャンスよ!」
「お、おう!」

カリナに言われて急いでカメラの準備をする。
目にカメラを当てた瞬間、ちょうど猫が前足でホドハラを蹴っていたところだった。

「グヘッ!」

ホドハラは花壇に倒された。
動物にすら勝てんとは哀れ。

「どう、撮れた?」
「お、おう。たぶんな」


カメラのデータを見るとしっかり撮れている。
蹴ってから離れる瞬間だ。
カッコよく、まるでチータのようにも感じられた。

「いいじゃない。これよ、これ。あんた、センスいいじゃない!」
「ま、まあな」

俺もこの写真はなかなか気に入った。
おそらく今日はこれ以上の写真は撮れる気がしない。
そのとき、ブーンと音が聞こえた。
俺の周りを虫が飛んでいる。
しかしそれは危険なスズメバチだった。

「うおっ!」

大きな体をしており、まるで暗殺者のように俺に向けて針を突き出してくる。

「に、逃げろ、カリナ!」
「う、うん!」

二人の距離を空けると、スズメバチは俺を追いかけてくる。
毒性が強いと聞く蜂なので俺は死んでも刺されたくない。
走って逃げようとしたら、普段運動しないせいだろう。
足がもつれて倒れてしまった。
だが蜂は俺が逃げるのを待ってはくれない。
大きな針が迫ってくる。

「う、うあぁああ!」

思わず右手のカメラを盾代わりで差し出して目を瞑った。
カシャっと音が鳴った。
いつまで経っても痛みがこない。
もしかしたらシャッターの光でびびったか?
俺は恐る恐る目を開いた。

「あ、あれ?」

どこにも蜂がいなかった。
音も聞こえないので一体どこへいったのか。

「大丈夫?」

カリナが俺のそばにきて手を貸してくれた。
俺はその手を引いて立ち上がった。

「あの子に助けられたわね」
「えっ?」

カリナが横を向いたので俺もそっちを向くと猫が蜂を吐き出していた。
食べることはせずに無傷の蜂がこちらをみずにどこか遠くに行くのだった。
そして猫はこちらを一度振り返って、また教室へと向かった。


「あいつの名前が決まった」
「何にしたの?」
「“ハチ“だ」
「どうしてその名前なの?」
「俺との絆は蜂を通して出来た気がした。今日のこの日を忘れないようにそう名付けた」
「ふーん、強そうな名前じゃないけど、まあそれでもいいわ」


俺とカリナは一度教室へ戻った。
そこでまた今日来た時にあった一冊の本が目に映る。

「ハチを飼い出したのはこの本の影響だろ?」
「よく分かったわね」

カリナは目を丸くして答えた。
俺が当てたのがどうやら意外だったらしいが、いい加減こいつのことも分かってきた。

「そんなの分かるーーよ?」


裏側にして置いてあった本の表紙を見るとそこには犬が書いてあった。

「少年と犬?」
「そう、2020年の上半期で直木賞を取った作品よ」


またすごそうな賞だ。
上半期ということは、直木賞は年に二回選出されるのだろう。

「どんな作品なんだ?」
「さっき言ったじゃない」

何を言っているんだとカリナはがっかりしたように言った。
だが俺はこの本について聞いた記憶がない。
本もまだ新しいの新刊であるのは間違いない。
だがそれよりも重要なことがあった。

「おい、この本に影響受けたって言ったよな?」
「言ったわね」
「この本は犬だよな」
「そうね。動物飼ったことなかったけど猫は好きなのよね。犬みたいに散歩連れて行かなくていいし」
「おい、待て! 犬の話をしてなかったか?」
「朝のこと? だからそれがその本の内容よ」

あんなタイミングで言うんじゃねえ!
勝手に感傷的になった俺が馬鹿みたいじゃねえか。

「本の影響を受けて動物飼うってどういうことだ!」
「大丈夫よ! 猫は一人が好きだから勝手に強く生きるわ。ゲボク喜びなさい。これまで部長という役職がなかったこの部活動に、とうとう猫の世話係が出来たのよ」
「いらねえよ! てか、それは俺に押し付ける気だろ! おい、なんだその本は?」


俺のツッコミを無視してカリナはカバンから二冊の本を取り出して俺に渡す。

「はい、これ」
「なんだこれ?」


本のタイトルには、ホームページ作成と書かれている。
HTMLだの、CSSなど、よく分からない単語が並んでいた。

「さあ、このグーテンベルクの記念すべきホームページを作る任も与えるわ。世話係にその子の魅力を引き出す大きな仕事を与える私って本当にいい部長ね」


勝手に自画自賛して、ウンウンと頷いていた。
だが一番の問題はこの部屋にパソコンがないことだ。

「作れって言ったって、パソコンはどうするんだ?」
「あんた、前に持っているって言ってたわよね? 家でやりなさい。今日まではこの子の世話は私がしてあげるから」

完全に仕事を押し付ける社会の上司そのものじゃないか。
文句を言いたかったが、猫と戯れて楽しんでいるカリナを見ると何も言えなくなった。
どうせ何を言っても意味はないのだろう。
俺は家に帰って黙々とホームページ作りを頑張るのだった。
そこで一枚の写真に目が止まった。
それは俺を助けるために、蜂に噛みつこうとしているハチのどアップの写真だった。

「これをトップ画像にするか」

なんともかっこいい瞬間だ。


本日紹介した本です↓










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