【小説】テクノロジーを語る勿れ【第38話】

 3月ともなれば真冬のような冷え込みは薄らいではいるものの、陽が落ちた後の車内はやはり人肌が恋しくなるように、ほどよく冷たい空気が身に染みる。車のエンジンをかけてエアコンをONにする。車内がそれとなく温まるのを待ちながら、手持ち無沙汰に掌を擦り合わせ、特段帰宅を急ぐ様子もない亜美に、この後の予定を示し合わせようと声を掛ける。
「直ぐに帰って用事があるとかでなければ、少しドライブでもしようか」
「用事があるなら食事にも出て来ないでしょ。ドライブ行きたい(笑)」
「いや、一応聞いておかないと。食事しながら『何コイツ、何か違う』とか可能性が無い訳でもないじゃん?」
「そういうこと気にしながらいつも女の子と食事しているの?(笑)」
「全然そんなことはないけど(笑)」
「ですよね~」
「ドライブと言っても、調度良い当てがあるわけではないんだけど、取りあえず車出そうか」
「お任せします」

 ヘッドライトを点けてサイドブレーキを降ろす。パーキングのゲートを潜ると、当てもなく駅前の通りを左折し、最初の交差点の赤信号で停車した。外泊前提ではない21時を回りそうな時間帯からのドライブはルートの選択は肝心だ。海岸線沿いを流すにしてもこの時間では片側一車線の直進ルートが真っ暗闇中只管続くに過ぎず、外の景色を楽しめるわけでもない。ある程度の規模の隣街までの所要時間も1時間近くは要するため、そこまで行って帰るだけでも23時前後となる。その間会話も弾みもするであろうし、それはそれで楽しいひと時だとも思うのだが、大人の男女が二人で食事を終えてドライブをしようという時に、何も起こらずにそれぞれ帰宅するようなことがあっても良いだろうかと、広木は思う。
 亜美の方が既に広木に対して、何かしら期待を抱いている訳では毛頭無いであろうが、男性側にしてみれば、このようなシチュエーションにおいては、それとなくアプローチをかけない訳にはいかないのではないか、そう思い始めると試さずにはいられなくなる。相手の女性に対して失礼などというよりは、広木自身が機会があれば色々な女性と体を重ねてみたいと常にそのような事ばかりを考えながら日常を送っていた。二人で食事の時間を取れている時点で、過去に後輩のマコトと亜美が交際していたなどという事実は、広木にとっては一切関係が無かった。
 身に起こったことを、このようにして互いに望んで至った女性とのプライベートな空間で起こった出来事を、わざわざ他人に話すこともない。そう考えると、自分からドライブでもと切り出してはみたはものの、そう遠くまで足を伸ばして折角の時間を間延びさせるようなことをする必要はないではないか。

「ベタなんだけど、城跡の公園の方へでも行ってみようか」
「この時間だと誰もいなさそう」
「人がいそうなところが良い?」
「いや、どちらかというと誰にも会いたくない(笑)」

 お目当ての場所は駅前の繁華街から10分ほど車を走らせた場所にある、昼間は城跡周辺が観光スポットとして賑わうエリアだった。川沿いにだだっ広い駐車場があり、地元のヤンキーやチーマーが市外や県外の者と揉め事を起すような時に、手納めに指定される定番の場所でもあったが、その様な場合は携帯電話が鳴る頻度などが増すなど、どことなく周囲もざわざわするため、部外者や女性連れは当然避ける。今日のような何の変哲もない日は、夜になるとエンジンをかけたままの車がちらほらと停車している。きっと広木と亜美のような似たような男女が車内で談話でもしながら、もしかしたら男性の方はその先のアプローチのタイミングを窺いながら自身の中で問答を重ねているのかも知れない。

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