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一店舗経営のすすめ【第四話】/河原永吾

規模拡大すれば成功かといえばそうでもなく、かえって窮地に追い込まれることもあるのが「経営」の真実。実は1店舗が一番もうかる!? ちょっと聞いたことがあるような気がする失敗エピソードから、堅実経営のポイント、1店舗だからこその強みと、その可能性について学んでみよう。

第四話 美容師は育てられたようにしか、育てられないの巻

 その30代の男性スタイリストは、東京の有名サロンで修業した経験がありました。何十人ものライバルを蹴落とし、副店長まで上り詰めた実力者です(※1)。彼は数年の役職経験を経て地元に帰り、美容室をオープンしました。

 彼は技術力もさることながら、お客さまを大切に思う気持ち(※2)とレベルの高い接客のセンスを持ち合わせており、お店は瞬く間にはやりはじめました。

 しかし、彼のサロンは、スタッフが続きませんでした。彼は真面目で努力家でしたが、その分、スタッフにも厳しく(※3)、理詰めで正しいことを正しく教え、結果、スタッフの気持ちの逃げ場がなくなり、辞めていく・・・というのを何度も繰り返しました。彼は、そんな自分を反省し、少しずつスタッフに優しくなれるように頑張りました。

 しばらくして、一人の男性スタッフのAくんが入社してきました。少し不良っぽいタイプでしたが、仕事ぶりはとても真面目で、努力家でした。彼は、Aくんを大事に思いましたが、その分、情が深くなり、気付けばとても厳しく教育(※4)をしていました。でもAくんは、辞めることなく頑張り続けました。彼(オーナー)に認めてもらいたかったのです(※5)

 月日がたち、店は3店舗に拡大。Aくんは、彼の右腕になっていました。3店舗を統括するAくんは、やる気に満ちあふれていたため、結果が出せなかったり、やる気のないスタッフには、とても厳しく指導しました。オーナーのイズムを体現していないスタッフが許せなかったのです(※6)

 結果、力のないスタッフが順番に辞めていきました。でも、その右腕のAくんは、また他の子が目に付きます。できない子が辞めると、その次にできない子が気になりはじめたのです(※7)。そしてまたそのスタッフを厳しく教育しました。彼は「去る者を追わず」の精神で、自分の考えと行動を見直しませんでした。

 数年後、彼の美容室は1店舗になっていました。Aくんは自分の居場所がなくなり辞めていきました。間もなくして彼の美容室はなくなりました。

失敗のポイントはどこかな?
エピソードを読み解いてみよう。

☆失敗ポイント(※1)
厳しい環境で勝ち抜いてきた人ほど、他人に厳しい傾向があります。これは、自分を基準に相手を見ているからです。幹部には、相手に軸を置いてものを見る訓練が必要です。

☆失敗ポイント(※2)
ほとんどの美容師がこの病気にかかっています。一緒に働くスタッフも、サロンの関係者も、みんな人であり、大切にされたい気持ちは同じです。人を公平に扱う前に、平等に接する努力が必要です。商売では「お客さま優先」が公平であり、常識とされるかもしれません。スタッフはそれを理屈では理解できますが、感情が付いていきません。長く繁栄しているサロンはお客さまとスタッフを平等に、あるいはお客さま以上にスタッフを大切にしています。スタッフが感情でサロンを愛し、オーナーを尊敬するから繁栄が続くのです。

☆失敗ポイント(※3)
教育に関しては、つい熱くなり過ぎるオーナーが多いように思います。人は自分が必要としていない事柄を、他人からアドバイスされると、かなりのストレスを感じます。自分の思いだけでは他人には伝わらないことを理解しましょう。

☆失敗ポイント(※4)
信頼関係が構築されていると仮定した上で、この方法でもしうまく育ったならば、その子は必ず次世代に同じ行動を取ります。労働条件が過酷な美容業界において、今までのやり方はもう、ほとんど通用しないことを認識する必要があります。

失敗ポイント(※5)
ナンバーツーで頑張ってきた人たち、特に男性は、組織のトップからの強烈な承認欲求を持っていることが少なくありません。まずは人からの評価に依存しない、自己肯定観を身に付ける教育が必要です。

☆失敗ポイント(※6)
承認欲求が強い人ほど、それに反比例して自己肯定観が低い傾向があります。なので、どうしても、できない後輩や部下につらく当たりやすいのです。これは、「俺が認めているオーナーを認めない奴は、俺を認めていない」とみなしてしまうから。また、サロン全体のことやスタッフのためという以前に、オーナーに対して、「俺はやっています!」ということを誇示してしまうがゆえでもあります。

☆失敗ポイント(※7)
これは、錯覚ではなく、実際に結果の出せないやる気のない子が必ず次々と生まれてきます。これを「2-6-2の法則」といいます。

どんなに優秀な集団にも当てはまる
2-6-2の法則とは?

これは、集団やグループを構成した場合、自然発生的に「積極的に働く2割」「普通の人6割」「怠け者2割」の内訳になるという法則です。働きアリの法則と同一視されることもあります。一般的に“働き者”の印象が強いアリ。でも実際には、2割程度のアリはフラフラと遊んでいることが研究で明らかになっています。そこで、この怠け者のアリを集団から排除すると、怠け者不在で全員がせっせと働くようになるのかと思いきや・・・しばらくすると、残ったアリの中のやはり2割程度が、さぼり始めます。また逆に、文字通り働いている上位2割の働きアリだけをかき集めて、1つのスーパー集団をつくってみます。それこそ、すごい勢いで仕事をしそうなものですが、やはり時間とともに2-6-2が形成され、一部が怠け者に変身するそうです。人間も同様。組織をつくれば、積極的に働く人と、怠け者が必ず現れるものなのです。

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<まとめ>失敗体験を共有してこそ右腕
美容師は個人売上という分かりやすい数字が付いて回る仕事であるため、この数字に応じて組織内のパワーバランスが形成されやすい傾向があります。売上はとても大切ですが、本来、人の価値はそれだけで測れるものではありません。
店舗展開を視野に入れる経営者には、ナンバーツーの存在が不可欠ですが、数字という一元的なものの見方しか持たないナンバーツーが育ってしまうと大変なことになります。
右腕となる人には、経営者がリーダーとしての自身の失敗経験・・・特に、スタッフへの接し方や人材育成についての失敗談を具体的に語って共有し、同じ失敗を繰り返させない工夫をすることが大切です。正解を示すのではなく、失敗経験を伝えてこそ師、数字を持つだけでなく、失敗経験をしっかり共有した人こそ右腕です。さもなくば、サロンはナンバーツーの手により破壊されることとなります。

河原 永吾
かわはら・えいご/1972年生まれ。岡山県出身。証券会社などでのサラリーマン生活を経て、美容師免許取得。(株)コーチプレシャス代表、経済産業省直轄の専門家講師として、美容室をはじめとしたさまざまな企業のコンサルティングを行なう。美容室・Hair Toto-la代表として、現在も土・日曜日はサロンに立つ。米国NLP協会認定NLPトレーナー・コーチングトレーナー。

美容の経営プラン_2018_10月号_表紙_290

※本記事は、『美容の経営プラン』2018年10月号にて掲載した記事を転載したものです

※毎回、美容室経営の“あるあるエピソード”を読み解きながら経営判断のポイントやその是非について解説。エピソードは河原氏の経営コンサルタントとしての経験を基に制作したフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません