休職日記〜僕の倖せ〜

 noteを見ていると、人生につまずき迷いつつも前に進もうともがく珠玉の文章で溢れている。みんなの言葉は本になり、書店で売られることはないのかもしれないが生きているかのように言葉に熱があり、自分も前に進もうと思わせてくれる文章ばかりだ。一週間ぐらいnoteを放置してしまっていたが、また自分も生きた文章を書けるようになるべく更新を続けようと思う。

 少しの間noteが書けないでいた。というのも、週末四国の山に登ってきてヘトヘトになり、旅先ではもちろん、帰宅してからも疲労困憊で文章を書けなかった。自身の体力の衰えを自覚していたがここまでとは思っていなかった。帰宅してひたすら寝ていた。しかし、西日本で一番高い山を登り無事帰ってきただけでも良かったかもしれない。休職してから徐々に行動力が増している証拠だろう。最初はあまり乗り気ではなかったが誘ってくれた友人に感謝だ。それにしても、鎖を使って登ったり、あやまって足を滑らせたらそのまま転落するような断崖絶壁があるなんて知らなくて、足がすくんでしまった。恐怖を覚えた。恐怖を覚えるということは自分は死にたくないんだなと自覚した。普段消えたい旨の発言をしているのに——。臆病なもんだなと思った。もう二度と登りたくないレベルで怖かったのだが、小学生ぐらいの子供や女性もいたので肝が座っているなと感心しながら見ていた。

 その後、四国の山道をドライブし友人と別れて帰りのフェリーに乗った。甲板に出て夜風に浸っていた。右手には缶ビール、はちみつぱい『僕の倖せ』を聴いていた。テーマであるストリングスのリフレインを聴いているとふと無性に涙が出そうになった。この曲が誰かと共有されたわけでもなく、ある特定の風景を思い出させるわけでもない。でも、どこかに秘めてある私のノスタルジーが湧き出てくるかのようにストリングスが響く。

 休職する前、社長に食事に連れていかれ色々世間話をしていたのだが、最後に「自分の幸せを考えなさい」と言われた。社長は営業畑でいろいろなものを見てきているせいか、どこまで信用して良いか分からない目をしている。会話がうますぎて本心で語っているか、とりあえず引き止めたかったのか、酒の肴に話をしたかっただけなのかよく分からなかった。が、最後の言葉だけは自分に刺さってしまった。自分は何をしたら幸せなんだろう——。いつの間にかよく分からなくなっていた。何かをしようとすると昔は若いというだけで色々許されていたような気がする。そして、自分もその若さが有限であることに気づかず、それなりにわがままにやってきた。今は何か好きなことをしたいなら平日は働いて休日は自分の時間を作れるように、あらかじめ諸所に連絡をして予定をあることを伝えなければならない。いや、「〜しなければならない」と言ったが、そう思ってるのは自分の思い込みかもしれない。が、それをしておかないと後ろ指をさされそうな感覚になる。何かをやろうとするとあの歳になってまだあんなことをしていると言われる。本当は何歳であっても何をやっていても良いのだと思うが、世間様は家を出て独立し、その後結婚し家庭を持つというのが喜ばれるみたいなのだ。それが幸せの全てなのが自分には分からない。でも、やっておいた方が良いのだろう。

 そういうわけで、とりあえず仕事に復帰するべく転職活動に対して具体的に動こうと思った。というか休職期間も12月がリミットなのでなんらかの決断をしなければならない。今日はとりあえず職務経歴書を充実させた。正直半年も仕事を離れると何の仕事をしていたかぱっと思い出せない。それでも、それなりに書いて転職サイトのプロフィールを更新した。今後は証明写真を撮って、求人に応募だ。本当に面接が怖いがやっていくしかない。

 僕の幸せはいまだに見出せないままだが、少なくとも目の前のやった方が良さそうなこと、自分が動きたい方向に動くことをやっていきたいと思う。それで最終的に自分が満たされれば最高だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?