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元祖平壌冷麺屋note(1)

“There’s no such thing as perfect writing, just like there’s no such thing as perfect despair.”

親しみをこめて「いささかせんせい」と呼んでいる、常連のお客さんに、「おにいちゃんの注ぐ生ビールは、他では飲めへん。一番やわ」と褒めてもらったので、冷麺屋の日記を書き始めることにした。

サーバーから生ビールを注ぐ時のコツは、20年前の三田祭りで麒麟ビール工場直送の生ビールを蓄えたドラフトカーの前にスタンバイして、お祭りにきたお客さんから、注文があるたびに透明のコップに注ぎ続けるというバイトを2日間した時に教わった。

生ビールの味を覚えたのもこの時だ。炎天下、バイトの先輩が、味見はいくらでもしてええから、喉乾いたら飲みやあ、と太陽のような笑顔で言ってくれた。その言葉が、天使の囁きだったのか、悪魔の囁きだったのかは、いまだに分からないまま。

美味しい生ビールの注ぎかたは、ビール工場で学んだ。吹田のキリン工場、西宮のアサヒ工場、長岡京のサントリー工場を、休日ごとにローテーションで巡った。北海道のサッポロ工場にも遠征した。

趣味は、ビール工場見学だった。それぞれの工場に特有のこだわりがあり、それは喉越し重視であったり、水にこだわっていたり、他社にライバル意識をむき出しにしていたり、と様々だったけど、無料で特上の生ビールを飲めることに関しては違いはなく、とにかく通い続けた。

必然として、アル中(アルコール依存症)になった。それから20年が経ち、アルコールを注ぐ仕事をしていて、自分の注ぐ生ビールが最高だと褒めてもらえるようになったんだから、アル中も捨てたもんではない。

自分が飲んで美味しい、と思えるように注ぐ。ただ、それだけ。

注いでから20秒後にお客さんのテーブルに届くことを考え、泡をこんもりとソフトクリームのように膨らませておくこと、琥珀色は八割程度を目安にすること。

朝鮮の言葉に「先酒後麺」というのがある。酒飲みにとって、冷麺を食べることは、まずお酒を飲むことから始まっているのだった。


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