通訳者の手帳 抄訳 JEAN HERBERT 著


通訳者の使命
 通訳者の使命とは、人と人あるいはひとつの社会ともうひとつの社会の深く幅広い理解を助け、互いに尊重しあう基盤を築き、そして心から交流を願う人々に話し合いの機会を提供することである。通訳者はただ自らの金銭的な目的や職業的な自己満足にとどまってはならない。通訳者はさまざまな職業のなかでもっとも崇高な任務を負っていることを自覚しなければならない。会議通訳者は国際会議において非常に重要な位置をしめており、異なる国々の人々が参加する国際会議では通訳者の存在は不可欠である。
 通訳者は翻訳機ではない。ただ機械的に単語を置き換えて通訳をしたと思うのはまったくの間違いである。また、通訳者はステージに立つ俳優でもない。オーバーな演技で聴衆を引き付けることは決して通訳者の任務ではない。
 通訳者の存在は、話し合いにとって理想的な状態ではないことを銘記しなければならない。ふたりの人間が同じ言語で話し合うことができれば、通訳者は無用なのである。しかし、国際化する社会の中で、言語を異にする人々のコミュニケーションがますます重要な課題となっている今日、通訳者の存在も避けることができなくなっている。そして、通訳者の存在によって、世界各国の、さまざまな人々が、自らの伝えたい意味が過不足なく忠実に相手に伝わっていることを信じて、自由闊達に、安心して自分の言葉で自分の考えをのべることができる。

通訳者の資質と条件
 外国語が話せれば通訳ができると思っている人々がいる。外国語に熟達していることは通訳者の最低条件にすぎない。それはボクサーには二本の腕が必要なことと同義である。 二本の腕があるだけではボクサーになれないのと同様に、通訳者にとっての外国語は単なる道具にしかすぎないのである。通訳者は自分の持つ外国語の知識を特殊な方法で運用しなくてはならない。この道具を充分に使いこなすために、通訳者は以下のような資質を備えるべきである。
 1 冷静に他人の発言を聞き、すべてをあるがままに受け入れること。
 2 即座に反応する能力。 
 3 記憶力のよさ。外国語の学習においての記憶力とは、多くの語意を頭のなかで適切に整理して蓄えることであり、通訳においての記憶力とは発言をその場で再現できる短時間の記憶力である。通訳者が必要とする記憶力は、俳優が台詞を憶えるのとは全く違う。通訳者は通常極めて短時間のうちに発言の内容を外国語で再現するのであって、すばやく発言の内容をつかみ記憶して次の瞬間にそれを発表し、あとは忘れ去っても構わない。 
翻訳の技術と通訳の技術は全く別の物であるというべきである。通訳者には、翻訳者のような十分な時間は与えられていない。また、辞書や資料にたよることも、何回も推敲を重ねることもできない。時間的な制約のなかで、時には考える時間もないままに聴衆に受け入れられる言葉で表現しなくてはならない。この時間的なプレッシャーは通訳者にとって非常なストレスをもたらす。長時間の緊張状態に耐えて通訳を続けることは容易なことではない。   

通訳の方式                 
 通訳は大別して同時通訳と逐次通訳に分けられる。発言を聞きながら同時に訳出するのが同時通訳であり、発言を聞きおわってから訳出するのが逐次通訳である。 
 同時通訳は下記の方式を採る。
 1 ウィスパー通訳:発言者の言葉をひとりかふたりの聞き手に対し耳元でささやくような低い声で通訳する。
 2 ブースを使用しての同時通訳:ヘッドフォンから聞こえてくる発言者の声を、マイクを通して通訳する。これには、原稿がある場合とない場合がある。一般的に同時通訳はその場で訳していくので、話のポイントがつかみにくく、発言者以上にうまく話すことは困難であるが、逐次通訳の場合は話が一段落ついてから訳出するため、発言の重点を整理して聞き手がさらに内容を理解しやすい形にしてから訳すことができる。ただし、逐次通訳のばあいは、同時通訳よりも記憶力が要求される。

通訳のプロセス          
 通訳のプロセスは一瞬のうちに完了してしまうものであるが、分析してみると、
 1.理解 2.変換 3.発言
の過程をたどることがわかる。このため、通訳者を志す者は必ず以上三点について特殊な訓練を受けなければならない。以下に細かく説明していこう。          
1.理解
 発言の内容を余すところなく訳出する前提条件は充分にその内容を聞き取ることができなければならない。そのため、以下の作業が必要となる。            
 1.はっきりと聞こえること。 2.発言に用いられる外国語に精通していること。3.発言者の文化的背景を理解していること。 4.発言者の発音や言葉の運用方法の特徴を把握すること。 5.発言・討論の対象となっている話題を熟知していること。 6.幅広い知識と高度な教育水準。                      
<聴覚>                                   
 逐次通訳の場合は発言者の声がよく聞こえる位置にいなければ満足な通訳はできないであろう。会議の主催者の意向、あるいは外交上の理由があったとしても、通訳者は発言者の言葉がはっきりと聞き取れる場所を確保する権利および義務を有する。    
 また、発言の一部を聞き漏らした場合は発言者にその部分を再度話してもらうことも必要である。聞き返すことは通訳者のプライドを傷つけると考えてはならない。その他、通訳者の印象に残らなかった発言の内容についても、往々にして次に続く言葉から推し量ることが可能である。この場合は必ず補足して訳出するようにしなければならない。 また、他の通訳者とともに仕事に就く時は互いに協力し、相手の漏らした部分を小さい紙片にメモして伝えるようにする。                     
 同時通訳でブースに入る場合は、必ず会議の前に機械のテストをする。途中で故障が起きたとき、あるいは発言者がマイクに向かって話さないような場合はすぐに主催者にその旨を伝える。通訳の途中で発言の重要な部分を訳出できなかった時は、マイクに向かって「今の発言が聞き取れず通訳できません。」といわなければならない。この言葉を主催者が聞けば、発言者にもう一度繰り返すよう伝えてくれるはずである。    
 逐次にせよ、同時にせよ、通訳者は必ず発言者を観察しながら言葉を聞いたほうが内容をよりよく理解できるであろう。発言者の表情や手振り身振りも発言の内容を象徴する重要な要素となるからである。したがって、逐次通訳でメモを取ることに気を奪われて下をむいて話を聞くことは非常によくない。                  
<外国語>                                  
 外国語を完全にマスターしていることが通訳者の必須条件である以上、言葉に自信がないままに通訳業務を引き受けることがあってはならない。            
 多くの語彙を記憶し、文法の知識を身につけているだけでは、外国語に精通していることにはならず、その言葉自身のもつ発想法・弁論の進め方・よって立つ歴史やしばしば引用される古典等を熟知する必要がある。このほかにも言葉に影響を与えている文学作品やユーモアのセンス・歴史上の偉人・格言やことわざ・タブーとされている言葉・現代の流行語や俗語にも相当の知識がなければ外国語に精通しているとはいえない。 
<方言・お国訛り>                              
 通訳者はなるべく多くの方言にふれ、各地の用語の違いや発音の相違に慣れておく必要がある。機会があれば、現地に旅行したときに発音の最も不正確な人(とくに老人)と話をしてみるとよい。最初は聞き取れなくとも徐々に発音の癖に法則性を見いだすことができるようになる。用語の違いや、おなじ単語であっても地域によって意味が相違するものもある。各地の新聞雑誌を比較検討してみるのも用語の違いに対する理解を助けてくれるであろう。                             
<話題>                                   
会議や討論の主題をよく研究していなければ、通訳は十中八九失敗する。したがって、通訳に臨む前に必ず関連資料を収集研究し、話し合いのテーマを徹底的に理解しておかなければならない。数々のレポート・参考書・用語ハンドブック・参考書などを用いて予習をすると同時に専門用語・特殊な意味に使われる単語・頻出する組織名称・人名などを整理分類してノートを作る。各発言者の著作や論文によって主張のポイントを把握していれば、通訳する時に重大なミスを犯すことがなくなる。          
<一般常識>                                 
 討論の場においては往々にして様々な話題が飛び出す。また一つの分野は決してそれ自身独立したものではなく、相互に複雑に関連しあっているものである。弁護士の討論会で旅行や鉄工所のことが話し合われるかもしれない。輸送業者の集まりで冷蔵技術について話がでることは想像にかたくない。通訳者は政治家・外交官・新聞記者のように、どんな話題でもついてゆける知識を有する必要がある。最も理想的な通訳者は歩く百科事典である。実際に歩く百科事典になるのは非常に難しいことだが、通訳者は常にあらゆる分野に興味を持ち、知識を蓄えることを怠ってはならない。また、通訳という仕事自体が幅広い知識を提供してくれる。通訳者にとって、特に有用だと思われるのは、近代史・政治・経済・地理・法律・国際貿易・国家予算などである。他に、医療衛生・農業・工業技術・保険・社会学なども非常に役に立つ知識といえよう。       
2.変換                 
 外国語に変換する作業は発言の内容を理解したのちに行なわれ、変換作業が終了した時点で発言することになる。この作業方法については、逐次通訳と同時通訳にわけて考察するべきであるが、最初に両者に共通する原則から述べる。         
<一般原則>                                 
 通訳者が決して忘れてはならないことは、通訳の最大の目的は聴衆が正確に発言者の言いたいことが理解でき、しかも発言者が聴衆の心の中に作り出したいと願っているイメージを再現することである。したがって、直訳は目的を達しえないし、適切ではない。
 実際の通訳業務の際には、通訳者はメッセージをすべて自分の言葉として発表することが重要である。訳出する言葉の性格によって、受動態から能動態に変える必要も生じることだろう。多くの言葉は外国語に訳されることによって、色彩・力量の変化が生じる。これらの変化を補うために、外国語の単語の持つニュアンスを把握するほか、適切な成語・ことわざを運用する能力を身につけることは通訳者の義務である。    
<成語・ことわざと比喩>                           
 一国の文化と伝統のなかで育まれてきたことわざ・成語は外国語に直訳してもほとんど意味の通じないものが多い。発言のなかにことわざが用いられた場合は、もっとも意味の近いことわざに訳すのが望ましいが、これにはかなりの頭の回転の早さが要求される。普段からよく使われることわざや成語を収集整理して母国語と外国語の対照表を作っておくと、通訳業務に非常に役立つ。しかし、ことわざや成語の意味を取り違えて使用する発言者も少なくないので、前後の文脈から伝えたい意味概念をとらえる必要は依然として存在し、ことわざが耳にはいったからといって直訳的に置き換えるのは危険である。つまり、このような場合には敏速な反応と豊かな想像力が欠くことのできない資質となる。また、比喩の使い方も通訳者の想像力に頼るところが大きい。      
<冗談や笑い話>                               
 会議終了後の茶話会やパーティーで通訳者が最も頭を悩ませるのはジョーク・駄洒落のたぐいである。機知に富んだ通訳者は同じような意味をもつ外国語の笑い話を即座に思いつくかもしれないが、多くの場合通訳は不可能である。また、笑い話の内容をくどくどと説明することもできるが、通訳者が「解説」してしまうとせっかくの笑い話も笑えないものになってしまう。したがって、その場の話題に大した影響のない駄洒落やジョークは敢えて通訳しなくても構わない。ただし、発言者に「その冗談は通訳するとまったく面白みがなくなってしまうので、訳しておりません」と一言ことわったほうが賢明であろう。冗談を言った本人は信じないかもしれないが。            
<発言の間違い>                               
 80と18を言い間違えたり、スイスとスウェーデンを取り違えたりすることは、めずらしくない間違いである。明らかに間違いだわかれば、特に発言者にことわることなくその錯誤を正して通訳すればよい。但し、絶対の自信がない場合はやはり発言のとおりに訳しておいて、発言者の訂正を待つべきである。疑問を抱いた部分を訳すときに、わざとゆっくり話したり、言葉の調子を変化させたりすることで発言者の注意を促すこともできる。あるいは発言者にめくばせをしてもよい。時には話がよく聞き取れなかったという理由をつけて、発言を繰り返させることも可能である。
<曖昧・どっちつかず>                            
 演説の内容が非常に曖昧模糊としており、ポイントがつかめないことがある。こんな時には慌てず焦らず、発言者の心理分析を行なってみるべきである。発言者は意見をはっきり言いたくないのかもしれないし、理解しにくいことを最初に話して聴衆の反応を見てから次の話題を決めようとしているのかもしれない。あるいは様々に解釈できるような話し方をして逃げ道を確保している場合もある。発言者にこのような理由が存在する以上、通訳者も発言者にあわせて曖昧模糊とした言葉に訳すしかない。外国語に訳すことによって、もとの発言の持たない明確な意味や概念を与える、幅広い解釈の可能性を消してしまうことは、その後の通訳業務を阻害することになるかもしれない。また中にはただ単に話が下手で言いたいことを充分に表現できない人種も存在する。多くの通訳者は、自分の理解に基づいて発言者よりも洗練された言葉で通訳を行なうことができるが、発言者についてかなり深い理解がないと非常に危険を犯すことになる。ときには、まだ触れていない部分まで「通訳」してしまうかもしれないし、通訳者が発言の意味を誤解することもありうる。発言者の思想がはっきりと表現されていなければ、ほとんどの場合通訳された内容も同様に曖昧なものとなることは避けられない。      
<文章の棒読み>                               
 講演原稿のない演説の中で、発言者が突然用意してきた参考文献を読み上げることがある。このような場合往々にして文章を読む速度が非常に早くなり、追い付くことができなくなる。同時通訳の場合はその要点をなるべく伝えるよう努力するしかない。逐次通訳であれば、その文献を見せてもらうことも可能である。発言者が自分の資料を通訳者に見せるのを拒むのであれば、不完全であっても自分のメモにたよってできるかぎり訳していくしかない。                             
同時通訳                 
 訳語の水準については一般的に、筆訳が最もレベルが高く、それについで逐次通訳、最後が同時通訳ということになっている。同時通訳は即時に訳出する必要に迫られ、辞書・参考書が見られないばかりか、考えを巡らす時間も不足しているし、辻褄の合わない話し方になってしまう可能性もある。同時通訳は完全に発言者の言葉に左右され、発言者の欠点をも引き受ければならない。逐次通訳であれば、非常に劣悪な演説を素晴らしい体裁に整えることも考えられるが、同時通訳では如何に有能な通訳者であっても、もとの演説のレベルを保つ程度にしか訳せない。したがって、同時通訳の技術に関しては、以下に述べる点について注意をしていただきたい。これらは演説の技術と関連する。
1.マイクとの距離を一定に保つこと。                    
2.マイクは近くに置き、小さな声ではなすこと。大きな声で話すと自分の声が邪魔になることが多い。                             
3.なめらかで一定の音域を保ち、抑揚に富んだ生き生きとした話し方。      
4.もとの発言にあまり遅れてはならない。単語にして三~四語程度が目安。    
5.桁数の多い数字や国名などの固有名詞が出てきた時には、発言にぴったりとつく。
6.引用する数字が非常に多く出てくる場合は、聞こえたはしからメモしていくほうが安全である。もちろん同じブースにはいっているもうひとりの通訳者がメモして、実際に通訳をしているほうに見せたほうが効率がよい。            
7.単語や一文が聞き取れなくとも、慌ててはならない。聞こえなかった部分に拘らずその部分を飛ばして続け、影響を引きずらないようにする。         
8.もっとも適切な訳語を思いつかなくても時間を浪費してはならない。なるべく意味の近い言葉でやりすごし、次の発言を落とさずに訳しつづけること。      
9.最後まで聞かないと否定なのか肯定なのかわからない言語については、通訳者は自分の予想で断定することをさけるべきである。とりあえず発言の順序のとおりに訳していって、最後に「私はこれに賛成です」あるいは、「これは間違いです」などと付け加えるしかなく、多少不自然であっても致し方がない。         
10.通訳者は、訳文の忠実さと言葉の美しさのどちらかを選択しなくてはならない。同時通訳のばあい、この両者は並びたたないことがほとんどであるからだ。そして忠実さを選ぶべきであることは言うまでもない。              
11.同時通訳訓練の際に自分の声を録音して聞くことは非常に大切である。思いがけないミスを発見することもできるし、発声や発音の問題点を矯正するのにも有効だ。
<同時通訳の訓練>                             
 同時通訳は逐次通訳よりも訓練しやすく、しかも効果が早くあらわれる。逐次通訳が十分上手にできれば、数日間の特訓で同時通訳の技術をマスターすることができるが、同時通訳しかしたことのない者が逐次通訳をきちんとできるようになるには、かなり時間がかかるであろう。もっとも効果的な同時通訳の訓練法は、以下に挙げる三つの困難を受講者に与え、それを克服させることである。                 
1.聞きながら話すこと、または話ながら聞くこと。生理的・身体的な困難。    
2.発言の内容を即座に構造の異なる別の言葉に訳すこと。言語上の困難。     
3.技術用語・専門用語など。翻訳上の困難。                  
[第1の困難を克服する訓練方法]                       
 母国語の放送を聞きながらシャドーイングを行なう。これに全く不自由を感じなくなったら、聞こえた言葉をすぐには繰り返さず、2~3語遅れてついていくようにし、最終的には、1~2文ほど遅らせてシャドーイングできるようにする。次に、もともとの発言の文法構造や言葉遣いを変化させて、やはり母国語による訓練をおこなう。そして、その次の段階として、外国語でも同様の訓練を行なうが、通訳はまだ開始しない。 
[第2の困難を克服する訓練方法]                       
 原稿を見ながら声を出して訳出してゆく(即ち、サイト・トランスレーション)。 
 最初は比較的わかりやすい外国語の文献を使用し、母国語に訳す。この練習では、訳す速度を普通の演説の速度と同程度に保つことが必要である。通訳が難しくても、わからない言葉があっても速度を緩めてはならない。すぐに訳せなければ文章の大意を述べるか、あるいは比較的近いと思われる言葉に置き換えることもできる。この練習の最終目標は、通訳を聞いている人に、通訳しているのではなく演説原稿を読んでいるのだ、と思わせることである。母国語へ訳すことに習熟したら、外国語の練習を始める。  
 上記の訓練を十分にこなせるようになったら、比較的簡単な内容で技術・専門用語の出てこないスピーチで同時通訳の練習をする。簡単な同時通訳が全く問題なくこなせ、通訳することが楽しくなったところでやや難度の高いものに移る。そして、技術・専門用語については、事前にしっかりと準備をさせるようにする。               
同時通訳で、ある言葉から別の言語に訳す時に、訳出するほうの言語が相対的に長い時間を要する場合は、早口で話すよりもさほど重要でない部分を捨てて普通の速度で話すほうが効果的である。あるいは事前に、ゆっくりと話してくれたほうが話の内容が十分に伝わる、と発言者に言っておくこともできる。                
逐次通訳                 
<通訳者のノート>                              
 逐次通訳の技術の中で最も重要なのはノートの取り方(ノートテイキング)である。 逐次通訳の質を高めたい時には、ノートテイキングの訓練が最良の効果をあげる。
 一般的に言って、ノートは通訳者の記憶を補助するものであり、発言を全て書き留めるものではない。したがって、非常に記憶力がすぐれていて、発言の内容を全部記憶することができれば、ノートは不要である。このため、ノートの取り方は各人各様である。数字や細かい部分を憶えているのに話の筋がよくわからない人もいれば、ストーリーはよく憶えられるが細かい部分が曖昧な人もいる。他人の薬を借りて飲んでも無駄なように、自分自身の記憶のスタイルに適したノートテイキングの方式を編み出すことが必要だ。通訳訓練の初級段階で他人のノートの取り方を参考にすることは構わないが、結局は実際経験の積み重ねが自分に最も適した方法を知る手段である。        
<一般的な注意事項>                             
 通訳者はスピーチが始まったと同時にノートを取る準備態勢ができていなければならない。発言者がどれぐらい長く話してから通訳できるのか予想がつかないからである。ほんの数十秒であれば、ノートは不要であろうが、時には十分間話しても発言が途切れないかもしれない。ノートの取り方には聞きながらとりあえずどんどん書いていく方法と、話の内容が理解できたところで整理してノートする方法の二種類がある。自分にどちらが適しているか何度か試してみるとよいだろう。初学者にとっては、発言を聞きながらとりあえず書いていくほうが安心感があるかもしれない。           
<ノートの種類>                               
 通訳者のノートは学生が講義を受けながら取るものとも、会議の速記者や記録係りが取るものとも全く違っている。通訳者はその場で訳すのに必要なものだけを書けばいいのであって、頭の中に記憶された内容までノートに取ることはない。また、通訳者はこの演説を通訳し終わった時点で忘れ去って構わないのであり、ノートを見て一ヵ月後或いは翌日にはもう何が書いてあるのかわからなくなってもよい。ノートは一過性・非永久的である。ときには、通訳者が議事録を作成するよう依頼されることもあるが、これは本来あってはならないことである。通訳と記録はまったく性質が異なるからである。
<論理の分析> 
 通訳者は発言を聞きながら論理的分析を行い、発言の筋道をとらえてノートを取る。しかし、発言のロジックがはっきりしなかったり途中で話の筋がそれたり後戻りする情況もあり得る。論理的な話し方のできない人のほうが多いと言っても差し支えない。 
 ノートは文字・下線・記号・矢印など、何を用いても構わないが、重要なことはポイントをごく間単に記すことである。また、それぞれの話の重要度がわかるようにしておくことも大切だ。これは特に要点のみを訳出するよう求められた場合に有効である(会議の時間の関係で通訳時間をなるべく短くするよう要求されることもある)。発言の内容が一段落ついたところでノートに横線を引いて混乱を避けるのもよい方法である。 
 論理分析の練習方法としては、なるべく解りにくい文章(たとえば哲学関係)を使って要旨をまとめる訓練をしてはどうだろうか。複雑な思考を単純化し解りやすい言葉に置き換えて話すことは理解力を大幅に向上させてくれる。             
<ノートに用いる言語>                            
 スピーディーに逐次通訳をするためには、訳出する時点で翻訳作業が完了していることが望ましい。従って、ノートには訳出するほうの言語を用いたほうが良い。しかし、長時間の通訳作業のために疲労しているような時は、発言に用いられた言語でノートをとり、しばし頭を休めることもできる。また、ノートは文字に頼るだけでなく記号や絵、略号を使いこなせるようになれば、ノートにそれほど気を取られることなく、発言の聴取に専念でき、内容を訳し漏らすことも避けられる。              
<ノートの読み易さ>                            
 発言の速度に追い付くことを焦るあまり、あとから読めなくなるような崩し字でノートをとることは絶対に避けるべきである。躊躇したり考え込んだりせずに、すぐに訳出できるようなわかりやすいノートをとらなければならない。発言者の言わんとしていることが一目瞭然にわかるノートがよい。ある一つのコンセプトは一枚の紙の中に納まっていないと訳しにくいので、用紙があまり小さくても困る。見易い文字の大きさを保ち、話の順序にしたがって上から下へと用紙を使い、適度な空白を残しておく。つまり、小さな紙をケチケチと使っていてはよい通訳はできない。言うまでもないことだが、通訳者のノートは速記ではない。速記は一瞬のうちに発言のポイントをつかむのには全く適していないからである。その上、速記によって書かれた文章は発言そのものであり、それを解読し翻訳するとなると、余計な作業をひとつ増やしてしまうことになる。  
<記号と略号>                                
 記号はどの国の文字にも属さず、ノートをとる時にも訳出する時にも翻訳の作業を必要としない非常に有用な手段である。例えば数学に用いる+-×÷等の記号は素早く書けて様々な意味を代表することができる。但し、記号を十分に活用するためには通訳者自身がその意味を熟知していることが不可欠で、たまたま思いついた新しい記号を突然使用すると、訳出する際に混乱を招く恐れがある。最初から全部記号や略語でノートを取ろうとせず練習を繰り返して習慣化した記号を用いるべきであろう。また、六文字以上の専門用語や固有名詞を臨時に思いついた略語で書くことも危険極まりない。すべて書いていては発言に追い付けないなら、別紙に略語対照表を作っておくことも一つの手段であろう。 記号の活用には二つのアプローチが考えられる。          
1.数学記号やその他の符号(例えば@・〆・?など)に意味を与える方法。    
  即ち記号から連想される意味を利用するものだ。「?」であれば、質問・疑問・不明・不可解・問題などの意味を持たせることが容易に考えられるであろう。矢印も非常に有用な記号である。「→」は向かう・輸出・提出・出る・結果等を表してくれる。2.発言のなかでしばしば使われる言葉を自分自身の略号に置き換える方法。  つまり、通訳者自身が見てわかるのであれば、「意見・提案・提議」などを「Ⅱ」としても一向にかまわない。頻出する用語に略号を与えることもできる。例えば、「揮発性物質による煤煙公害」を「キ」としてもよいのである。     
 この他、英文略号も是非とも活用したい。U.N.は国連、UKはイギリス、というように素早くノートすることができる。話の起承転結を明らかにしてくれる記号としては、「∴」(つまり・従って・結果としては・このため)、「∵」(なぜなら・理由は)、「=」(同様に)等を接続詞として使用できる。
<ノートテイキングの練習方法>
1.誰かに自然な速度で二ページほどの文章を朗読してもらう。
2.朗読を聞きながらノートをとる。
3.ノートにしたがって原文を再現する。                    
4.原文と対照し、漏らした部分や間違えた部分を拾いだす。           
5.問題点を分析し、解決方法を探る。                     
 
3.発言                 
<発音と発声>                                
 明瞭で正確な発音・発声は通訳者に不可欠である。               
 広い会議室のなかで、マイクロフォンがなくとも隅々まできちんと届く声で通訳を行なうためには、正しい呼吸法と発声法を身につけなければならない。また、日頃からのどをいたわり風邪をひかないよう注意することも通訳者の義務である。そして聞きやすい音の高さを保てるよう声楽家やアナウンサーについて発声練習をすることは通訳者にとって非常に有効な訓練となる。発音の欠点は、聴衆にかなり悪い印象を与えてしまうので、必ず矯正すべきである。また、聴衆の反応を観察し、言葉の速度を適当に調整することも必要である。聴衆が発言内容をメモしているような場合にはあまり早口で話してはならない。
<声色と表情>                         
 通訳者はあまり極端な声色や表情を用いるべきではないだろう。         
 例えば、平板で無表情な機械的な通訳は発言者の不興を買い、聴衆の眠りを誘うことは間違いない。もうひとつの極端は、激しい身振り手振りを交え、わざとらしい作り声で通訳することである。これでは、通訳者はまるでサーカスのピエロであり、尊厳を失うことになってしまう。注意しなくてはならないことは、通訳者は発言者とまったく同じ声色や表情、身振り手振りを作る必要はないということである。発言者が興奮してテーブルを叩いたら、通訳者もテーブルを叩くべきであろうか。そんなことをしても、聴衆の失笑を買うだけである。通訳者はその場の情況にふさわしく、しかもあまり目立たないように発言することを心がけるべきであろう。
<通訳者は演説家でもある>
 発言者がいかに話下手であっても、通訳者は発言者を恨んだりせず話の内容を上手に聴衆に伝えなければならない。通訳者は話のプロであり、きちんと話す義務を有する。 そして、発言者の意図を正確に伝えるためには、発言者が頭のなかで描いている概念を正しく理解し、聞きやすい言葉で再現しなくてはならない。このため、通訳者を志す人は演説の技術を学ぶ必要がある。                       
逐次通訳は往々にしてもとの発言よりもさらに洗練された演説になっている。これは、通訳者がプロの話し手であることに加え、発言を聞きながら話の内容を整理したり聴衆の反応を観察したりできるためさらに適切な話し方を選択する余地があることに起因している。逐次通訳者は時間的な余裕を十分に活用するべきである。
<通訳者の言語>
 正確で流暢な通訳をするためには、まず外国語を十分理解していることが前提条件であり、しかもできれば母国語に訳出することが望ましい。聴衆のなかに、会議に用いられる外国語がわかる人が含まれている場合、往々にして通訳のあらさがしに没頭する。しかし、通訳者はこのような批評を(それが正当なものなくても)黙って受け入れるべきである。また、指摘に対し自分の意見を述べる必要もない。但し聴衆が訳語に疑問点を提起し、解釈を求めた場合は例外である。
<言葉のスタイル> 
 小説家に文体があるように演説にも様々なスタイルがある。通訳者はその場の雰囲気に最もふさわしい表現法を選択し、ムードを壊さないよう注意しなければならない。豊かな表現力で詩的な話しかたを好む講演者は、通訳者に対しても上品な美しい言葉に訳すよう求めるであろう。工場労働者の代表は時にやや低俗な言葉遣いをしたり、あけすけな話し方をするが、やはり通訳者に対しては自分の個性を壊さないように訳すことを期待している。しかし、時には語気を弱める必要もある。かなり激しく他人を誹謗したり、他人の発言に対して強く反発したりした場合に、もし通訳者が正直にそのままを伝えたならば、往々にしてもとの発言よりも強い衝撃を与えてしまうものだからだ。言葉の選び方にせよ、語気にせよ、通訳者はあまり極端に走らず、中庸の道を守るべきである。
<一人称と三人称>
 三人称を使用すると、文法構造が複雑になりがちである。しかも、どんなに素晴らしい講演であっても、三人称で訳されるとまったく精彩を欠いたものに変わってしまう。従って、発言は原則的には一人称で訳していくが、次のような場合には時として三人称を使わざるを得ない。即ち、数人の発言者が互いに激しく言い争っている状態で、司会者の不手際のために現在誰が発言しているのかわからなくなってしまったら、一人称で話し続けると聴衆には同一人物の発言のように聞こえてしまうので、三人称の使用が必要になる。
 もう一つの情況は、発言者が通訳が不正確である、と文句を言い出した場合である。そして、通訳者がその批判は的外れであると考えたなら、「某氏は通訳が不正確であると指摘しました、某氏によると、先程の発言は・・・・と訳すべきだそうです」と言うことができる。
<言語の地域的な違い>
 同じ言語でも、地方によって用語や発音が違うことがある。通訳者の発音や用語は標準的なものであることが条件だが、その標準をどこにおくかという問題も発生する。 例えば、英語の場合イギリスの英語かアメリカの英語かという問題である。基本的には、聴衆がどちらに属しているかによって発音や用語を使い分けるのが良いが、各地域の聴衆が集合しているようなら、やはり通訳者は中立的などちらにも偏らない話し方を選択すべきである。そして、言葉の面でも中庸を保つことがどんな場合にも通用する最適な方法である。
<沈黙・未完成>
 同時通訳の場合は特に発言者が話し続けている以上通訳者は沈黙してはならない。わずかな沈黙でも聴衆になにかの情報を漏らしたに違いないと思わせるのに充分だからだ。逐次通訳のときにもノートを見て考え込んだりしては聴衆の疑惑を招くことになる。通訳者は途中で止まったりせずに流暢に話し続けるべきである。発言者のなかには、「えー」「あのう」などの余計な言葉が非常に多い人もいるがこんなことまで忠実に伝える必要は全くない。 原稿や資料の順序がバラバラになってしまったり、すぐに出てこなかったりすると沈黙や錯誤の原因になるので、きちんと整理し表題をつけていつでも参照できるようにしておきたい。複数ページにわたる原稿には必ずページ数を見易く記入しておく。
 発言者が途中まで話した言葉を急に打ち切って別のことを話し始めたり、一つの文章のはずなのに文法構造が途中から変化したりすることがある。主語の転換は非常によくある現象だ。しかし、通訳者は必ずひとつのフレーズをきちんと完成させた後に次のフレーズに移るべきである。但し、発言にない部分を加えたり、発言の一部を省略したりしてはならない。同時通訳で複雑な文法構造をもつフレーズを使用するのは非常に危険なことである。なるべく単純な短い文で発言内容を的確に表現できるよう心がけるべきである。
<疑問>
 技術的な討論の場で専門用語の訳し方がわからないときや、発言者の言わんとする意味をつかめない時には、通訳者はどのような態度をとるべきであろうか。 もし、訳語はわからないがその用語の意味が理解できるのであれば、聴衆に対して説明することができる。用語の意味もわからない時には、まず聴衆に対して訳語を知らないことを正直に告げ、もとの言語の発音や文字を伝える。あるいは、発言者により詳しい説明を要求し、自分の理解の範囲内でできるかぎりその意味を伝える。よくわからないのにいい加減な訳語をあてはめるのは絶対にいけない。
<錯誤>
 どんなに優秀な通訳者でも、訳し間違えることがある。通訳者自身が間違いに気付くこともあれば、発言者や聴衆に指摘されることもある。もし自分自身で間違いに気付いたら、どんなに小さな間違いであってもすぐに訂正すべきである。つまらないプライドにこだわって間違いを隠そうとしてはならない。発言者や聴衆に間違いを指摘された場合は礼儀正しくその意見を聞き、過ちを認めて指摘に感謝するべきである。たとえ、大した意義のない指摘であっても会議の参加者と議論したり、言い訳したりすることは、その後の仕事に不利になる。
4.その他の事項
<機密保持>
 通訳者は職業上知り得た秘密を他に洩らしてはならない。通訳者という仕事は、様々な国際会議の席に出席する機会が多いが、言葉の壁があるために仕方なく出席させるのであり、大歓迎して招待しているのではないのである。しかも、通訳者もその場で他の参加者と同様に様々な情報を知ることになるが、当然のことながら通訳者に情報を与えようとして仕事を依頼しているわけではない。
 ある仕事から得た情報を同様の問題について話し合っている他の会議の席で洩らすことは特に注意しなくてはならない点である。
<会議場でのマナー>
 通訳者は会議に参加する際に身だしなみやマナーに注意するべきである。仕事の性質や場所によって服装もふさわしいものを考えるべきだが、一般的に言って会議の参加者と同程度の服装が望ましい。しかし、参加者が非常にラフな服装をしている場合でも、通訳者はあまりいい加減な服装で仕事に臨むことは良くない。参加者にとっては、ひょっとしたら娯楽の場であるかもしれないが、通訳者にとってはあくまでも仕事の場であるからだ。 通訳者は会議場で常に礼儀正しくふるまうべきである。参加者のなかにどんなに親しい人がいても、会議場の外の雰囲気を持ち込んではならない。 通訳者は会議の内容について非常に興味を持ってよく勉強しているという印象を参加者に抱かせるべきであり、事実もまたこうでなくてはならない。 通訳者は全ての発言を尊重し、反対・疑問・軽視・憎悪が感じ取れるような態度は絶対にとってはならない。
 通訳者は会議場の雰囲気を敏感に感じ取って慎重に対応すべきである。主賓が登場したときに自分も立ち上がって拍手をすべきかどうか、等の問題はすべてそれぞれの会議場と参加者の雰囲気によって決定する。 国際会議は参加者全員がそろっても通訳者がいないことには開始することができない。通訳者は決して会議の席に遅刻してはならない。そして、会議が正式に開幕する前に個人的な意見交換や打ち合せを通訳者に依頼したいと思っている参加者もいる。
<文献・資料>
 通訳者は会議開催の前にできるかぎり関連文献や資料を収集し、整理分類しておくべきである。文献や資料は通訳に使用する両方の言語によって収集し、比較対照できるようにする。参考資料の提供を主催者に依頼することも通訳者の仕事の一部であるが、通訳者にとってそれがどれほど重要なことか理解していない主催者も多い。もし、参加者全員が持っている資料を通訳者のみが持っていない情況のもとで、発言者が突然資料を読み出し通訳が追い付けない場合には資料をもらっていないことを聴衆に告げ、主催者側の事務局にすぐに提供するよう求めてもよい。また、話しあいに関連する機関の組織機構図や役員の名称などの資料に関しては、通訳者・主催者側ともに見過ごしがちであるが、通訳の仕事にとって非常に重要な意味を持つことが多い。
<チームワーク>
 他の通訳者とチームを組んで通訳を行なう場合は仕事の分担を話し合って決めておくことが必要である。同時通訳のブースのなかでは、実際に通訳をしていない時にもパートナーの手助けをするよう注意する。発言内容の変化や筋道によく注意して必要なときには参考資料を探してパートナーに見せたり、専門用語の訳語を辞書で引いて相手に示したり、桁数の多い数字をメモしたり、通訳用機器の不具合があれば主催者に報せたりすることができる。
<司会者の補助> 
 通訳者は会議技術の専門家でもある。主催者や司会者が不慣れである場合には特に通訳者が協力するべきである。参加者が発言を求めている時に司会者が見過ごしていれば、司会者の注意を促すこともできるし、議事録をまとめるときに通訳者が言葉の表現についてアドバイスすることもできる。しかし通訳者が司会者の手助けをする時にはなるべくその他の参加者の注意を引かないよう気をつけるべきである。
<会議の性質>
 通訳者は常に会議の性質を考慮して柔軟に対応するべきである。外交の分野では語彙のひとつひとつの重みに気を配り、学者や専門家の集まりでは技術的な正確さを重視する。 文学者や芸術家の会議では修辞的な部分で力量が問われるし、政治家の通訳をするときには演説の技術が特に必要である。通訳のスタイルや語調がどの会議に於いても千編一律であるのは感心できない。討論の性質が変われば通訳も弾力的に対応すべきである。

職業としての通訳
 会議通訳は現代の職業のなかで最も刺激的な面白い仕事である。通訳者は外国に旅行し様々な分野の専門家と個人的な接触を持ち、しかも一般の人々には見学が許されていない場所にも行くことができる。
 通訳は非常な緊張と集中力を要求される職業なので通常労働時間が比較的短く、余暇生活を楽しむゆとりもある。また、会議のたびに現代の最も進んだ学術や技術を勉強する機会が得られるばかりか、普通の職業よりもかなり高い報酬が約束されている。
<通訳者のデビュー>
 通訳として仕事を開始するのは容易なことでなない。就業してから周囲の先輩たちに指導を受けながら成長していく他の職業と違い、通訳者は最初の仕事から完全なプロであること要求され、しかもプロとして通用する基準が非常に高い。また、通訳者は最初から自分自身の実力だけに頼って仕事をこなさなければならず、他人の手助けは期待できない。 最初の仕事でもしも大失敗をしてしまったら、次の仕事はもうないものと思ったほうがよい。従って、通訳者として仕事を始める以前に徹底的な訓練を受けることが絶対に必要である。十分な訓練を積んでいても、会議の席に臨んで緊張したり、あがったりしていては普段の実力が発揮できず、どんなに高水準の通訳技術があっても、パートナーの協力があっても、それを補うことはできない。会議の雰囲気に慣れておくために、実際に仕事をしなくても機会があれば国際会議を傍聴したり、先輩通訳者に頼んで見学させてもらったりすることも通訳者にとって有効な学習の手段である。そして、ごく簡単な開会の挨拶や、内容の難しくない原稿のある発言を少しづつ担当させてもらえれば、徐々に仕事の感触をつかむことができるようになろう。
<訓練>
 通訳者養成学校では、限られた時間内での訓練しかできない。決まったカリキュラムの他にも自己研鑽を積まなければよい通訳者にはなれない。自己学習として有効なものとしては、まず他人の発言を聞く練習をするとよい。上述のように機会を逃さず公開講演会や社会人講座に出席し、ノートテイキングの練習をしたり、環境がゆるせば小さな声で通訳をしてみたりすることができる。テレビやラジオ、或いはビデオやカセットテープで自宅学習をしてもよい。さらに進んで、いつでもどこでも耳に入った言葉を頭のなかで通訳する習慣を養えば、非常に有効な訓練となる。ノートテイキングの訓練において、自分の技術の低さに甘えて時々テープを止めたり、わざとゆっくりと朗読した文章の録音で練習したりしがちであるが、これは実際の発言の速度とはまったく違うものであり、このような練習をすればするほど仕事の場には役に立たない。やらないほうがましなくらいである。サイト・トランスレーションは自宅でも簡単にできる非常に有効な方法である。本を見ながら、声に出して訳し録音して自分の通訳を聞いてみるべきであろう。速度・言葉の滑らかさ・聞き易さ・発音など様々な角度から自分の通訳を分析し自己評価することができる。また、常に知識の向上につとめ広範な分野の書籍を読む習慣を身に付けたい。やや専門的な内容を持った学術書が理解できるようになることを目標にして、最初は入門書や概論を選び苦手な分野を克服していく努力が必要である。外国語の充実のためには、新聞・雑誌・漫画なども役に立つ。そこから外国のもっとも新しい概念や社会の趨勢を知ることができる。通訳者は表現力の向上のため筆訳の練習も怠ってはならない。筆訳をすることによって、口頭の通訳の場合にも体裁の整った良い言葉遣いをすることができるようになる。
<専属通訳かフリーランサーか>
 政府機関や国際機関の専属通訳となるか自由業を選ぶかは結局は個人の事情によって決めるしかない。報酬の点でいえば、優秀なフリーの通訳者には仕事がこなくて困るような情況はないが、機関に属している通訳者に比べれば、報酬と就労が保障されず、健康保険や年金などの面でも不利である。しかし、フリーの通訳者でなければそれほど広範な範囲での通訳業務をうけることはできず、所属機関の性格によっては常に同じ分野で変化のない内容の通訳をずっと続けなければならないかもしれず、自己研鑽という点では面白みにかける。また、専属通訳はフリーのように時間的な余裕は望めない。フリー通訳者は自己裁量で仕事を受けることができるので、もし一年に数週間しか働きたくなければそれでも一向にかまわないのである。専属通訳は上司の管理を受けることになり、自由な独立した気分を味わうことはできないが、反面仕事の責任は上司にあり比較的気楽である。
<専門分野>
 通訳者が自分の専門分野を持つべきであるか、という問題に関しては、まず幅広い知識をすでに身につけていることを前提条件としてあげたい。最初から一つの分野にしぼって狭い範囲で専門的な研究をするのは決して得策ではない。専門家が通訳を行なう場合には、その分野に関する会議では突出した出来栄えになるかもしれないが、通訳を職業にするには一つの分野しか訳せないのでは仕事の絶対量が非常に限られてしまう。それに一つの専門分野に特に興味があり、深く研究したいのであれば、通訳ではなくその道で職業を探せばよいのである。
<良心の問題>
 会議の趣旨・主催団体・参加者・財源などに賛成できない場合、通訳者はどのような態度をとればよいのだろうか。フリー通訳者であれば、当然仕事を断ってかまわないが、専属通訳者の場合は所属機関との契約に従って任務を遂行する義務を有する。 発言を聞いている途中で、その内容が欺瞞に満ちあふれている、あるいは許しがたい悪意を含んでいることに気付いた時、通訳者はそのまま訳し続けるべきであろうか。答えはイエスである。どのような情況にあっても、通訳者は自分の職責を果たす義務を有する。 通訳者は発言の内容に責任を持たない。内容をありのままに伝えることに責任を持つのである。自分の感情を語調に出したり顔をしかめたりしてもならない。
<余暇生活あるいは副業>
 通訳は極度の緊張と集中を要する職業である。心身のバランスを保つためにはスポーツや音楽、園芸などの楽しみがあったほうがよい。または、文筆業・教師・研究などの通訳とは性質の異なる副業を持つことも考えられる。ただただ通訳業だけに邁進し、あまりに多くの仕事をこなしすぎると精神のバランスを崩すことになってしまう。   
 (翻訳 永田小絵)
                     
 
 
 

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