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【詩】永遠回帰フリスビー

懐かしい記憶とともに
犬は微睡んでいる

日曜日の夕べ
ご主人は彼をつれて岸辺を散歩した
岸辺ではご主人はフリスビーを投げる
彼はいつもキャッチする
そこにはご主人の妻の姿はなかった
家に戻る間、いつも彼はご主人と戯れる
愛する人の顔を観ることができる
フリスビーは百度、
日が暮れるまで放たれた

或る日
ご主人の顔に微かな憂いが
混じっていた
彼が感づかれた時
愛する人は余命幾許もなかった

程なくして
ご主人は亡くなり
彼は次の飼い主に譲渡される
幸いにも想い出の地を離れることとなった

新しいご主人は
かつてのご主人に負けず劣らず
お優しい方だった
二十代で若い

その方は
チューリップのアルバムを愛聴していて、
終日、彼の前ではご機嫌だった
なので、彼はいつも
安逸とした眠りを貪ることができる
好い住処で
先のご主人のことを思い返している

小太りの温かな笑顔
短い足からなる愉快な歩き
記憶は反復し
擦り切れるほどご主人の姿が浮かぶ
ささやかに思い出す限りにおいては
彼は今日も幸福である

耐え難きは
新しいご主人が
この彼の想い出を知らず
いつも岸辺へと散歩に誘うことであろう
その場所にて彼は幾度も
フリスビーを幻のうちに見る

犬ではあっても
思わず川に身を投げたい
衝動に駆られる

フリスビーは記憶の中で
何度も放たれる
楕円状のそれは
いつしか無限軌道となり
彼の大脳には
ご主人の遺した温もりと
寂寥が
並列つなぎの電池のように灯される

ご主人との追憶によって
この世に生かされもし
また、耐えがたい思いもする
岸辺は彼にとって引き裂かれる場所なのだ

そう感じながら
この犬は日々、ありふれた暮らしを営んでいる
新しい主人のリードによって
今日も、岸辺へと運ばれてゆく
すっかり諦めて
新しい主人の足取りは軽い
天国まではまだ充分、時間を余している

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