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お母さんになりたかった話①
私には夢がふたつあります。
・お嫁さんになること
・お母さんになること
25歳になった日、晴れてお嫁さんになることができました。
そしてその半年後、私は妊娠して、9週目で流産しました。
そのときに感じた大きな幸せと、心が壊れるほどの苦しみを、ここに残します。
今も昔も、我が子を亡くして苦しんでいる方が大勢います。
私なんかが励ますことはできません。自分で立ち直っていくしかないのです。
現在は。
ちょうど2年が経って気持ちの整理がついたし、
今はとても元気に、夫と暮らしています。
でも辛かった時期、同じような症状を診断された人はいるのか、ブログなどの体験談はあるのか調べてみましたが、あまり見つけられませんでした。
私は似た境遇の人を見つけると安心します。
そういう人、多いんじゃないでしょうか?
悲しみを乗り越えつづけている私が
自身の記録を残せば、
誰かの悲しみの隙間にそっと寄り添えやしないか、と自分勝手に思っています。
本当に、自己満足です。
痛みの表現もそのまま書きます。
苦手な方は読まないでください。
でも今でもずっと思っていることは、
短い間だったけど私のところに来てくれてありがとう。愛しているよ。
ということです。
はじまりは
物心ついたときから自分の子どもがほしくてほしくて、なぜこんなに「子ども」へ執着しているんだろうと いつも考えながら、通学中にリュックを前に背負ってひとりで妊婦さんごっこをしていた日々。笑
大人になってから、生理が遅れたらわりとすぐに
妊娠検査薬を使っていました。
まぁ、ただの生理不順だったのですが。
でも今回はぜったいに妊娠している!という確信がありました。
全身が熱くてたまらないのです。
夏が始まったばかりでしたが、常に体温は37度を超えていたと思います。
そして下腹部と、右の股関節あたりが時々、ちくっと痛みました。
いつも通り、妊娠検査薬をドラッグストアで買います。
熱さのためか、緊張のためか、結果がわかるまで指先に力がはいらなかったのを覚えています。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/83162266/picture_pc_4bcb4cb1db3024636fc74208b71deb15.jpg?width=800)
いつもはなにもうつらない、左の四角い窓。
この青い線をずっと待っていました。
「やった…!」
こんなに腹の底から嬉しさが込み上がってきたのは初めてかもしれません。結婚したときより嬉しかった(笑)
そしてお腹に手をあててみます。
いるんだ、ここに。
夫にすぐLINEをして、そのまま産婦人科を受診しました。
エコーの機械をお腹の上からものすごい力で押しつけられて、
「えええ嘘でしょ!!!赤ちゃんになにかあったらどうするの!!!」と
内心キレながらもエコーの画面を凝視すると、ほんとうに小さな小さな、黒いまるが見えました。
これが、赤ちゃんか…。私の赤ちゃんだ!
でもお医者さんは、「まだ見えないから、また来週おいで」と言います。
いやいや見えとるって。と また内心キレながら
お会計を済ませ、
よく晴れた空のもと家へ帰りました。熱い。熱い。
夫は、「かわちゃんやったね…!!通勤途中にベビー服売ってたから見てきたんだけど、子ども用のニューバランスの靴って高いんだね 笑」
何年後の話だよ〜って笑いながら、幸せでいっぱいの胸でした。
私の母には驚かせたくて、寝起きのところを押しかけて妊娠検査薬を目の前に突き出してみました。
老眼のピントが合ってから、「はっっ!」と驚いて、満面の笑みでした。
私の母も子どもが大好きです。はやく孫に会わせてあげたい。
それから家族みんなに伝えて、みんなみーんな大喜びでした。
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