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【覚書】W・S・ヴァンダイク監督『影無き男』(The Thin Man, 1934)

 本作はダシール・ハメット原作の探偵ものだが、ここはフォックス・テリアのアスタことスキッピーに注目しよう。MGMの門番フランク・インが、それ迄映画に不向きと考えられていたこの気性の激しい犬種を手懐け、銀幕に初登場させた。化粧要らずの黒縁瞳が黒白画面に映える。
 フォックス・テリアにも色々あって、本作のアスタはワイアー=ヘアード・テリア。因みに『アーティスト』(2011)のアギーや『タンタンの冒険』(2011)のスノーウィーはジャック・ラッセル・テリア。チャップリンの『犬の生活』(1918)のスクラップスはテリア系の雑種だろう。
 さて本作のアスタだが、「演技する」といったところで、カッティングと編集によって彼奴が何らかの意図をもって行動している(事件の解決を手助けしている)ように「見える」というだけの話だ――実際には何かに釣られて、その都度、こっちからあっちへ、あっちからこっちへと走っているに過ぎない。仮に人間の行動に反応してアスタが「顔を前足で覆った」としても、そこに「意思」や「感情」を読み取ってしまうのは、もっぱら人間側の「心の動き」の問題であって、動物のそれではない。
 いずれにせよ、コントロールの効かない存在を「演し物」にすることは、演劇(舞台)にはほとんど不可能だったわけで、映画的快楽の中枢を、それは今でも担い続けているのである。あるいは、ジャン=リュック・ゴダールの様に「犬の視点」を映画に導入しようとする作家もいる訳だが、それについてはまたいつか。

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