見出し画像

【映画評】ゾーイ・ウィットック監督『恋する遊園地』(Jumbo, 2020)

 原題の“Jumbo”とは、本作に出てくる《Move it 24》という米国製の移動式アトラクションに主人公の少女ジャンヌが付けた名前だが、実はこれ、ある仏人が所有していた物をわざわざアルデンヌ(ベルギー)の遊園地“le Plopsa Coo”まで持ってきて撮影したという。
 制作に際して、監督は2007年にエッフェル塔と「結婚」した米国人女性に実際に取材するなどし、そのうち、この「ジャンボ」という機械に恋する「対物性愛者(objectophilie)」の少女の物語を、むしろその原因となった「トラウマ」の側面から、あるいは彼女の「自閉症」との関わりから描こうと決めた。
 監督によれば、自閉症者はしばしば光や動き、そして音に対する感受性の亢進があり、また対人関係の構築に困難を抱えるが故にニュートラルな「物」に向かって閉じ籠る。つまりその様な、けたたましく光り/回転し/電子音を発する「物」として、ジャンヌにとってのジャンボ=アトラクションはあるのだ。
 とここまではAlloCinéの請売りだが、私が面白かったのは、この「ジャンボ」という名前が、ジャンヌが家出資金を蓄えている象の貯金箱から来ているということだ。もちろんそれは、元を辿ればパリ植物公園の動物園、ロンドン動物園、さらにはP・T・バーナム・サーカスを渡り歩いた一頭の象の名前である。
 J. M. Davisによれば、19世紀後半を生きた象のジャンボは「全ての獣の主」であった。最速・最大・最強の動物であり、さりながらその力を内に秘め、背中に子供を載せて悠々と歩む象は、これを所有し見せびらかす者達に男性的な力を付与し続けたのである。1885年に蒸気機関車と衝突して命を失うまでは。
 ジャンボの死は「動物生命と技術的機動性の運命の交差点」(N. Shukin)において、自然に産業技術が勝利したということを意味した。その後、ジャンボの死体は、皮と骨と化してなおバーナムによって人目にさらされ、科学的向上の名の下に大陸横断巡業を続けさせられることとなった。
 長谷川一に倣えば、『恋する遊園地』の《Move it》は、19世紀以降の産業技術が可能にした、上昇・下降・水平移動・回転という運動を視聴覚的スペクタクルと共に客に提供する「見世物(アトラクション)」だ。長い鼻こそもたねど、いわば技術に敗北した後に部分の集積として蘇った象のジャンボなのだ。
 エッフェル塔が1889年のパリ万博の最大の「見世物」であったのであれば、これと米国人女性の「結婚」が本作の「起源」に置かれたとしても不思議ではない。万博とは吉見俊哉が言うように、博物館・動物園・植物園の視覚制度を産業技術を基軸とした壮大なスペクタクル形式のうちに総合したものであった。
 今や『恋する遊園地』のジャンボは、ヒロイン(延いては我々)の身体や感受性を光と運動と音からなるスペクタクルによって強力に「引き付ける」ニュートラルな自閉装置/産業技術としてあるのみならず、去勢され「全ての獣の王」であることを辞めた機械象、移動を強制される遊戯機械として立ち現れる。
 「命なき物よ お前にも魂があり 僕らに愛を求めるのか?」。(原文未確認も)劇中に引用されるアルフォンス・ド・ラマルティーヌのものだというこの詩(問い)にも、私はだから、答えられそうな気がしている。とはいえ当の映画の結末には潔いというか、予定調和的というか、少々物足りなさを感じた。

参考:J. M. Davis, The Circus Age: Culture and Society under the American Big Top, 2002/N. Shukin, Animal Capital: Rendering Life in Biopolitical Times (Posthumanities), 2009/長谷川一『ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか』2014年/吉見俊哉『博覧会の政治学』1992年。

【補遺】本作の引合に出されているのは『未知との遭遇』、『シェイプ・オブ・ウォーター』あたりだけど、物との異種婚姻譚というなら『ラースと、その彼女』が(結末も含めて)一番近いだろう。或いはジャンボを「動物(動く物)」と考えるなら『キング・コング』(33)。《Move it》は確かに巨大な掌の様でもある。
 鈴木真人氏の本作を「奇妙な設定の奇想天外なおとぎ話と受け止めるのはあまりにも表層的」、「機械に対する愛は、誰もが持っている普遍的な心の動き」との指摘に同感:第228回:機械に恋する少女の母はアメ車好き 『恋する遊園地』 【読んでますカー、観てますカー】 https://www.webcg.net/articles/-/43902

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?