教室のキセキ②
恋で跳べた男の子の話
みなさん、こんにちは。
いづみです。
私は長い間、高校教師をしていました。
高校生との生活は、小さな奇跡の連続です。
今回も、忘れられない記憶のひとつを、紹介しますね。
その男の子の顔つきは、いつもどこか尖っていました。
目つきが鋭く、話しかけるのを、ついためらってしまうような、独特の雰囲気が漂っていました。
反抗しているわけではないのですが、意識して人と距離をおいている、というか。
その子は、とても頭のよい生徒でした。
普段の成績、というよりも、テストや模擬試験の点数がいいタイプです。
特に数学や理科なんかが得意で、全国模試でも、毎回なかなかの順位を取ります。
また彼は高跳びが好きで、上手でした。
助走をつけて、ゆっくりとバーに向かって走り、あるポイントで空を見ながら背面で宙を舞う。
鳥が飛び立つように、ふわっと。
それが、本当に素敵なのです。
高跳びの名選手、ということも、彼がひそかに注目されている理由の一つのようでした。
そういう子っていますよね。
口数は少ないけれど、男の子にも、女の子にも、なぜか一目おかれている、みたいな。
そんな彼が恋に落ちました。
相手は同じクラスの、明るくて美人で勉強もよくできる、みんなの憧れの女の子です。
2人は、ある月の席替えで前後の席になりました。
人見知りの彼から話しかけることは、もちろんなかったはずです。
でも彼女は、誰にでも分け隔てなく、ありのままで接することができる女の子だったので、彼も少しずつ心を許していったようでした。
やがて、数学で分からないところがあると、彼女は彼に聞くようになりました。頭脳明晰な彼は、とてもシンプルに分かりやすく教えることができます。そのたびに、彼女は本当に嬉しそうに「わかった!」とにっこりします。
気がついた時、彼の恋は既に始まっていました。
それが、2人が2年生の終わり頃。
ちょうどその頃、私のところに、県から1通のお知らせが届きました。
私はその時、進路部で奨学金係をしていました。
2人との関りができたのも、その仕事がきっかけです。
県からの連絡は、経済的に苦しい家庭の生徒たちを対象に、県が予備校の費用を負担する、というものでした。
「無料塾」というその制度を利用すれば、予備校の授業のほかに、有料の全国模擬なども受けることができます。
そのお知らせを各クラスに告知してすぐに、彼女が私のところにきたのです。
そこで初めて、たくさんの生徒たちが憧れているその子の両親が、本当に厳しい経済状況にいるのだと知りました。
彼女は生徒会や吹奏楽部でも活躍しています。放課後も忙しいので、朝、バイトをしているというのです。早朝講座の前の、6時から7時の間、コンビニで。
「週末も調整してシフトを入れてもらっています」
明るい声でした。
そのバイト代を、携帯や日々のこまごまとしたお金と、大学のための貯金にあてている……。
「国公立大に進学して、養護教諭になりたいんです。学校が好きだし、安定してるから。無料塾に通えたら、とてもうれしいです。応募してもいいですか?」
真っすぐな眼差しでした。
それから2日ほどして、今度は彼が私を訪ねてきました。
無料塾に出す作文を、一生懸命書いている彼女を見て、自分も決心したというのです。
聞けば、彼の家は彼女の家庭以上に厳しい環境でした。
母子家庭で兄弟が多いにも関わらず、お母さんが病気になり、生活保護を受けています。
でも、小さな兄弟の中には障害を持っている子もいて、お金だけでなく、日常の生活自体が滞っていました。
食事も、食べない時もあるようです。
「家にお金がないことを恥ずかしいと思ってて、本当は興味があったけれど誰にも聞けなかった。でも〇〇が、将来幸せになるために、今できることは全部したい。不安にもなるけれど、でも家が苦しいのは、自分が悪いわけじゃないと言って。自分の家のことを話したら、だったら、今、がんばらないと苦しいままだよ、それでもいいの? って言われました」.
彼もまた、真っすぐに私を見ました。
ついこの間、私を見た彼女と同じ目で。
「まだ、間に合いますか?」
はっきりとした声でした。いつもの鋭い目つきは、もうどこにもありません。
その後、2人は無事に県の審査をパスし、1年間の予備校通いが始まりました。
放課後、2人がおしゃべりをしながらバス停に向かう姿を目にすると、仕事に追われながらも、一瞬、心がやわらかくなったのを覚えています。
ただ、その無料塾制度には、一つだけ手落ちがありました。
支給されたお金の中に、夏期講習の交通費が入ってなかったのです。
彼女は、何とか親に送迎を頼み込むことができましたが、彼は無理でした。
予備校までのバス代は、片道だけでも900円と高額です。
その20キロ、往復40キロの道のりを、夏休み中、彼は自転車で通い通しました。
真夏の沖縄。早朝から照りつける太陽。
「暑くなかった!?」
休み明けにその話を聞いて驚く私に、彼は一言「あつかった」っと言って笑いました。(※県も、その後の冬期講習から交通費をつけてくれました)
受験のあれこれの厳しさはあったものの、2人はそれぞれ第一志望の地元の国公立大に合格し、晴れやかに巣立っていきました。
奨学金の係をしていなければ、たぶん詳しく知ることはなかった出来事です。
高校生の恋。
そのあと、2人がどうなったのか。
それは分かりません。
でも、その恋は間違いなく彼の人生を変えた。
ほんの小さなきっかけで、誰かを好きになってしまう。
どうしようもなく、好きになってしまう。
ただそれだけの、でも、その全身からほとばしる思いが、彼の心のバーを上げたのです。
何段も。
そして、彼は跳んだ。
目には見えない、でも高い高いバーを、見事に。
年齢なんて、関係ない。
今、自分がいる場所から勇気を出して「夢」に跳ぶ、その眩しさを、私に教えてくれた高校生たち。
跳びたいとバーを上げる人々が、思いのままに、幸せに花開く。
宙を舞う。
そういう世界に生きる一人でいよう。
今日も明日も、明後日も。
最後まで読んでくれてありがとう。
みんな、またね。
With lots of love
いづみ
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