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ネパール、ランタン渓谷トレッキングの思い出 その1

ネパールとの初めての出会いは、小学五年生の時だった…

その頃の俺の愛読書は「帝国書院の世界地図帳」で、毎日「ジャガイモの生産量や山の高さや川の長さなどの様々な世界統計のページ」なんかを見ながら
「ふ〜ん…山の高さも川の長さも、日本とは比べ物にならないなぁ、世界って凄いなぁ、行ってみたいなぁ…」などと世界旅行に夢を膨らませながら隅から隅まで何度も読みふけってた…

ある時、世界の国旗を覚えようとしてたら、たった1つだけ四角じゃない生意気な国旗があり、その国がネパールだった…

何度目かのネパール行きは、俺に登山の楽しさを教えてくれたB君が「日本の3000メートル超えの主要な山は結構登ったから、今度はヒマヤラにでも行って5,000メートルクラスの簡単な山登ろう!」と発案し、2人で色々と悩んだ結果「ランタン渓谷」に行く事にした。

首都のカトマンズからオンボロのバスで、山を無理矢理削って作った細くて恐ろしく危ない山道を、崖下に何台もの転落しそのまま放置されてる車やバスを見ながら、前方から来る車とすれ違う度に助手の様な奴がバスを降りて大声で合図するも、バスと車がゴリゴリ擦り合わないと通れない様な道を、転落死を覚悟しながら

「聞いてないよっ、こんな恐ろしい道通るなんてっ!やっぱこんな所来なきゃ良かったなぁ…」
などと後悔しつつ、命からがらシャブルベンシと言う、車で行ける最後の村まで行き着いた。

シャブルベンシの宿の従業員のお姉さんと、何しにここに居るのかよく分からない子供達…


そこから目的地のランタン村までは普通に歩いて3日かかるルートを、俺ら2人は鬼神の様なペースで1日12時間以上歩き続け、2日で着いた。

途中に時々現れる日本の山奥の道なんかにある「鹿注意とか、猿注意」みたいな標識がネパールのトレッキングルートにもあるのだが、なんとその注意すべき動物が「ピューマ」なのだ!

なぁBくん、ピューマって柄の無い虎みたいなヤツだよなぁ…
肉食の巨大猫科の?

そうだよ…
ヤバいなぁ、この辺ピューマの生息地なんだな…

あの恐怖の崖を落ちずに生き延びたと思ったら今度はピューマに襲われ噛み殺される恐怖と戦いながらジャングルの中を3日も歩かなければならないのかよ…

まっ、ピューマって「野生の王国」で子供の頃見たけど、虎とかと違って結構小さかったから大丈夫だろ?
襲われたら「目潰し」とかしちゃえば!

そ、そうだな…
とりあえず急いで行っちゃえば大丈夫だろ?

と言う訳でピューマとの対峙を避ける為に、
高度順応を無視し先を急いだのだ。

途中の宿《宿と言っても普通の小汚い民家…》でなんだかよく分からなかったのは、ネパールの山岳帯の宿の料金システムだ。

こんな感じの民家がトレッキング客をもてなしてくれる


普通の宿は、大概1泊お1人様○○円朝食付き…と言う感じの価格なんだが、
ネパールのトレッキングルートの宿は、
「1泊幾ら」ではなく「1食幾ら」みたいな感じで、宿と言うか普通の民家の夕食を金を払って食べると宿泊代はタダなのだ…

ただ、その家の食事にはルールがあるらしく、その家の家長の爺さんが食べるまで、客人だろうが小さなガキだろうが食べてはならない。

俺らはチベット語もネパール語も分からないので、直接言われた訳ではないのだが、その一家からは、そんな雰囲気をヒシヒシと感じ取れた。

ネパールの山岳地帯はチベット系の人達が多く暮らしていて、その一家もチベット系だった。

乳飲み子を含め4〜5人の小さな子供を育てながら、忙しそうに家事をこなす無愛想な嫁に手招きされ、薪を焚べた一斗缶の周りを囲んでる家族の輪に入れられた…

この一家の人達、いや、この辺の山岳地帯の人達にとって水は大変貴重で、風呂に入るなんてとんでもない事で、みんな洗濯だってしてないと思われる出で立ちだ…

無愛想な嫁と家長のおじいちゃん


しかも炭を使って料理するので、手も顔も薄っ汚く、朝ドラの「おしん」みたいなのだ。
ちなみにちょうどその頃カトマンズでは「おしん」が放送されていて、「おしん」と言う名のホテルとかある程大人気だった…

俺らの前にはヤク《チベット地方の山岳地帯に生息する毛の長いバッファローみたいな奴》の乾燥肉とあとは何だか覚えてないが、粗末な食べ物だったと思う…

早朝から重い荷物を担いで、ピューマの影に怯えながら急いで進んで来たので腹ぺこなのに、家長のおじいちゃんはうつむいて目を閉じ、年期の入った数珠を一個ズラす度にブツブツお経を唱えてて、一向に食べようとしてくれない…

初めのうちは
「おおっ、さすがチベット人、半端ない信仰心だなぁ、神聖な食事の前の儀式って感じで良いでは無いか!」
とか思ってたが、腹が減ると人間というものはイライラするもので、5分くらいたった頃には

「オイオイいつまでやってんだよクソじじい!
まさか煩悩の数だけ108回も唱えるんじゃねえだろうなぁ、とっとと終わらせてくれよぉ〜」
と思いながら見てると、
おじいちゃんの数珠をずらすスピードがどんどん遅くなり始め、そのうち数珠をズラす手が止まり、次第にウトウトし始めたと思ったら、遂にガクンと頭をたれ、何と、おじいちゃんは寝てしまったのだ…

えっ!えっ!
どうすんのこれ?
チョット待って、誰もおじいちゃん起こさないの?
と、腹が減ってたまらない俺がキョロキョロしながら、愛想の無い嫁や長男らしき男の子にアピールしてるのを、見て見ぬふりをする愛想の無い嫁…

チョット待ってよ、まさかこの食い物を目の前にして、おじいちゃんが目を覚ますのを指をくわえて待ってろって言うのかよ?

と、ヒソヒソ声で隣のB君に言うと、
「郷に入れば郷に従わないとだよ…」

そうだよなぁ…
こんな所じゃ「俺もう腹減って我慢出来ないから近所のコンビニ行って肉まん買いに行っちゃうからっ!」って訳にも行かないしな…

しょうがなく、この寝ているおじいちゃんを起こす面白い方法でも考えながら待つか…
と思い直し、
「おじいちゃんの向かって右のキンタマだけ集中的にデコピン10連発で撃ち抜くとか…」
そりゃぁチョット酷いか?

などと空想しながら待つ事10分ほど経過したところで、死人が生き返った様に目覚めたおじいちゃんが数珠をゴソゴソを手から外し、バツが悪そうにヤクジャーキーを口にしモグモグと食べ始めた。

家長が食べ始めた事により、そこにいた一同みんなホッとした感じで、めでたく食べ始めることが出来たのでした。

その食事はうっすらと炭の味がしてしみじみと美味しかった…

そんな所で遊んでちゃあぶねぇって!

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