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『忍びの星』第三話

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 太郎太と善吉は、息を切らしながらへいこらと山道をのぼっている。
 旅の疲れのせいで二人の外見はすっかり薄汚れてしまい、いまや乞食同然のありさまである。
 ようやく山頂に到着する。
「おおっ・・!」
 太郎太は、眼下に広がる壮大な城下町の景色に目を見張る。
「さすが兵馬は都じゃ。町屋があんなにひしめいて・・!」                                          
 町屋とは、町人が暮らす板葺き屋根の住居兼店舗である。それらが集合している町人地のほかにも、武家屋敷が立ちならぶ侍町に荘厳な造りの寺院が集まる寺町、商業の中心地区である市場などが確認できる。いずれもきれいに区画整理されており、高度な都市計画がおこなわれていることが一目瞭然である。                                          
「やっと着いたか・・」
 善吉はぐったりと安堵のため息をつく。
「ここがわしらの栄光の地じゃ!」
 太郎太は両腕を天に突きあげ、気の早すぎる勝利宣言をする。
 善吉は、川を挟んで城下町の先にそびえる平山城に目をむける。                                         
 丘陵地に築かれ、ものものしい惣構で守られた大城郭。距離があるのでわかりづらいが、手前に見える侍町を丸ごと飲み込んでしまうほどの大きさだ。もっとも高い場所に設けられた本丸には、三重の天守がシンボリックに輝いている。                                          
「あれが兵馬城・・!」
 善吉は息を飲む。
 そして、
(あれにくらべたら甲賀の城なんて、小山に櫓が生えてるだけの代物だ)
 と絶望してしまう。
 さらに、
(田舎出の自分みたいな者が、あんな立派な町や城に近づいていいんだろうか?)
 などと自虐的な気分になる。
 そういう細かい神経のない太郎太は、
「まずは腹ごしらえと休息じゃ! 旅の疲れを癒して英気を養わんとな」
 と元気いっぱいだ。
 二人は城下町にむかって山道をくだっていく。                                          
        
                                          
 ワイワイ──
 ガヤガヤ──
                                          
 物売りと客との景気のいいやりとりや、行き交う人たちの陽気な世間話。
 城下の市場の通りは、人々でにぎわっている。
 そんな通りの脇で、太郎太と善吉は腑抜けのようにへたりこんでいた。
 二人とも、空腹でグーグーとうるさいほどに腹を鳴らしている。
「・・・腹がへった。もう一歩も歩けん」
 太郎太は腰の巾着袋を逆さにして上下に振る。
「無一文なのを忘れておったな・・」
 落ちてくるのは綿ぼこりくらいだ。唯一金目のものだった忍者刀も、とっくに具足屋に売り飛ばして飯代に消えていた。
「おぬしが茶店で贅沢しすぎたせいだろう。だからあれほど──」
「まんじゅう~! まんじゅう~!」
 天秤棒をかついだ饅頭の行商人が、目の前を通りすぎる。
 ゴクリ・・!
 生つばを飲んで、それを目で追う太郎太。
「背に腹は代えられん。あのまんじゅう、〝土遁の術〟で掠め盗ろう!」
「バカ! 地獄逝きになるぞ!」                                        
「嫌ならわし一人でやる! 〝四足の倣いの術〟でな」
 太郎太は四つん這いになり、行商人に喰いかからんばかりに獣のように後ろ足を上げてかまえる。
 ちなみに〝四足の倣いの術〟は実際にある忍術で、動物の習性を参考にするという極意である。とはいえ、四つん這いで人を襲う術などあろうはずはない。太郎太は空腹のあまり気がおかしくなっているのだ。
「ガルルルッ!」
 しまいには唸り声まであげはじめる。
「太郎太、やめろ! 往来だぞ!」
 善吉は太郎太の太い胴にしがみついて、懸命に止めようとする。
「あの、もし」
「え?」
 みっともなくもみあっている二人の姿を、すぐそばで誰かがジッと見つめている。
 落ち着いたたたずまいだが、まだ顔立ちに幼さを残しており、年の頃は一五、六だろうか。目を見張るような清楚な美少女だ。まだ紅などはさしておらずナチュラルな感じだが、顔から首にかけてすぐには気づかないていどにうっすらと白粉を塗ってある。腰までの長さの垂髪を首の後ろあたりで束ねているので庶民階級のようだが、美麗な辻が花の朱色の小袖を着ているところから、富裕な上流町人のお嬢様であるらしいことがうかがえる。
「・・・」
 善吉は手鞠の美しさに見惚れている。
「おなかがお空きではございませんか?」
 少女が、小脇に抱えている大きめの弁当籠のフタを開ける。中にはにぎり飯がたくさん詰まっている。
「よろしければこちらをどうぞ」
「!」
 とたんに太郎太は正気にもどり、すぐさまガツガツと一心不乱に食らいはじめる。
「ど、どうも」
 善吉ははじめこそ遠慮していたものの、一口食べたとたんに我慢できなくなり、夢中でがっつきはじめる。
 その姿を、少女は微笑ましく見守っている。
 善吉は数個ほど平らげたところで満足するが、太郎太は籠のにぎり飯をすべて食いつくしかねない勢いだ。
「おい、もう食うな」
 善吉にたしなめられて、なんとか太郎太も落ち着きを取りもどして手と口を止める。
 二人は立ち上がって、
「すまんですなあ。すっかり御馳走になっちまって」
「ど、どなたか存じませんが、ありがとうございます」
 あまりにまばゆくて、善吉は目の前にある少女の顔をまともに見られず目を伏せ、どぎまぎしてしまう。
「いえいえ、困ったときはお互い様でございますから。それより今宵の宿はお困りではございませんか?」
「実はわしらは無一文で・・」
「いえ、お代などはけっして」
「しかし見ず知らずの方にそこまでしてもらっては・・」
 遠慮する善吉のことを、太郎太が余計なことを言うなとキッと目くばせする。
「申し遅れました。わたくしはこの町の商家の娘で、手鞠てまりと申します。どうか御遠慮なさらないでください。ほんとうに雨露をしのぐだけの粗末な場所ですので」
                                          
                                          
 手鞠に案内されてやってきたのは、どうやら小さな廃寺らしかった。
城下のはずれにあり、あたりは民家もなく草藪ばかりで寂しい雰囲気。
「ここでございます。粗末ですが」
 太郎太と善吉は開けっぱなしになっている門をくぐる。
 崩れかけた手水舎に鐘突き堂。倒れて苔の生えた灯籠。境内はすっかり寂れてしまっている。だが雑草などは伸びておらず、荒れ果てているというわけではない。幽玄な雰囲気さえ漂っている。
 とくに本堂などは、屋根瓦までまだしっかりと残っている。
「屋根のある寝床はひさしぶりだな」
 善吉の口元は自然とほころぶ。
 バタン、と本堂の扉が開き、中から乞食のような汚い風体の男たちがぞろぞろと七人ほども出てくる。
「高貴な友達もおるようじゃし」
 太郎太は露骨に嫌そうな顔をする。
「おう、手鞠殿。おいでじゃったか」
「今日もべっぴんじゃのう」
 男たちは、わいわいと手鞠の周囲に寄り集まってくる。彼女のことをアイドルのように慕っているようだ。
「みなさん、息災そうでございますね」
 手鞠は、弁当籠の中のにぎり飯を一人一人に手わたしていく。
「いつもすまんのう」
 ありがたそうに手鞠を拝む者までいる。
 つるっぱげの痩せた男は太郎太と善吉の姿を目にして、
「お若いの、町では見ぬ顔じゃな?」
「大戦で故郷を追われ、身一つで流れ流れてこの地にいたったばかりでな」
「それは苦労しなすったなあ」
 太郎太は例によって、口から出まかせの法螺で納得させる。
 善吉は、さっきからずっとそうなのだが、美しい手鞠の姿から目が離せない。
「あの・・あの方はどうしてみなに馳走を?」
「〈福屋〉っちゅう、呉服の大店の娘さんじゃが、ほんに憐れみ深いことよ」
 と鼠顔の小柄な男が感嘆する。
「わしらだけじゃねえ。この町の貧乏人すべてにああして施しをしてくださる」
 と猿顔の大柄な男が感慨深そうにつづける。
 この廃寺は、手鞠が領主の許可をもらって浮浪者むけの住居として提供しているボランティア施設だったのだ。
「まるで天女か観音様よのう・・!」
 これは廃寺の男たち全員の意見だ。
 善吉も賛同し、
(まったくその通りだ)
    とうっとりとうなずく。
    そして、
(甲賀の里の女子どもとはえらいちがいだな)
 としみじみ思う。
 さらに、
(はねっ返りで田臭くさくて身持ちが悪い。とにかく粗雑で、心の生地の編み目が粗いんだ)
 と恨みすら込めてクソミソにけなす。
「たしかに美人だが、腰のふくよかさが少し足りんな」
 と太郎太。
「女は上品すぎてもいかん。なんというかもっとこう、あだっぽい感じで」
 などと上から目線で批評しながら、弁当籠の中に一個だけ残っているにぎり飯に手をのばし、ガツガツと食らう。
 善吉は呆れて、
「おぬしはさっきも食っただろ」
「人数は数えた。この一個は余りなんじゃ」
 太郎太は例によって根拠のない自信を顔に浮かべて、
「なあに、かような汚い場所ですごすのは今宵だけよ。明日の今頃は、城の中でもっといいものを食っとるはずじゃからな」


 四話~結末までの展開
 
 
目的地である兵馬の国に到着した二人は、さっそく国主である尼中弾正に仕官を願い出るが、当然のごとく門前払いされてしまう。
 腹立ちが治まらぬ作蔵は、弾正が隣国の刺客に命を狙われ続けていることを知るや、
「ならばわしらの手で弾正を暗殺するというのはどうじゃ? 一躍〈名誉の忍び〉の仲間入りだぞ!」と言い放つ。
 善吉は一笑に付して取り合わなかったが、作蔵は大真面目だった。一人で情報を集めて知恵を絞り、〝弾正が狩り場の森へ入ったところを自家製の爆弾で暗殺する〟という作戦を立てる。
 それに対して善吉は、成功の見込みが薄すぎると猛反対する。二人は生まれて初めて大喧嘩し、袂を分かってしまう。
 作蔵はしかたなく単身で暗殺作戦を決行し、案の定、不甲斐なく失敗して捕えられる。
 善吉は救出にむかうが、窮地の作蔵を救ったのは意外にも甲賀の精鋭部隊だった。実は甲賀も弾正暗殺の依頼を受けており、計画を秘密裡に進めていたのだ。だが弾正側とて負けてはおらず、甲賀の動きを事前に察知して伏兵を潜ませていた。かくして森の中で合戦が勃発する。
 激闘の末、両軍とも壊滅状態となり、そしてどうしたことか、善吉と作蔵の二人が弾正を討ち取るという奇跡が起こる。
「やったぞ! 古今無双の大手柄じゃ!」
 歓喜する二人。しかしそんなに世の中甘いはずはなかった。討ち取ったのは弾正の影武者だったのだ・・
 当初の目的は果たせず、苦い経験ばかりの騒動だったが、それでも忍び働きの醍醐味を知った善吉は、忍びとして生きる決意を新たにするのだった。
 ところが相棒の作蔵はというと「思ってたのとずいぶんちがったな。苦労ばかりで格好よくもないし」と漏らして、あっさりと忍びになるのをやめて里に帰ってしまう。
 善吉は呆れてものも言えず、一人で途方に暮れるのだった。

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