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英詩: トマス・ハーディ『声』 原文と拙訳と所感

作. トマス・ハーディ
翻訳. 出雲 幽

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私が深く悼む女性、君はいかなるわけか、私に呼びかける
君が言うには今君は死に際して変わってしまった姿ではなく、
——私にはその姿が脳裏に刻まれたすべてであったが——
わたしたちの人生が美しかったあの出会いの頃の姿でいるという。

私が聞いているのは本当に君の声なのか?それなら私に君の姿を見させてくれ、
君はよく突っ立っていたっけ、私が町に近づいていくと
そこで君は私をそうして待っていたんだ。そうだ、私のよく知る君はかつて
混じり気のない青空色のガウンを着ていたんだ!

実のところ私はただ風が目的もなく吹きさすらい
湿った草原を横切り私のもとへと向かってくるのを聞いているだけなのかも?
あなたという存在は永遠に消え去って青白い無になってしまったのだろうか、
そして私は二度とあなたの声を聞くことができないのだろうか?

そうして、私が前へとよろめくと
私の周りで草葉が吹き散っていく
北からの風はゆっくりと低木の間を通り抜け
さる女性の声が聞こえてくる。

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The Voice

Woman much missed, how you call to me, call to me,
Saying that now you are not as you were
When you had changed from the one who was all to me,
But as at first, when our day was fair.

Can it be you that I hear? Let me view you, then,
Standing as when I drew near to the town
Where you would wait for me: yes, as I knew you then,
Even to the original air-blue gown!

Or is it only the breeze, in its listlessness
Travelling across the wet mead to me here,
You being ever dissolved to wan wistlessness,
Heard no more again far or near?

Thus I; faltering forward,
Leaves around me falling,
Wind oozing thin through the thorn from norward,
And the woman calling.

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愛する人に先立たれてしまった私。その人の姿はもうこの地上のどこにも見つからない。けれど残された私にはその人との過去や、かつての思いが谺のように反響しつづける。その人は死んで風の音、澄み切った青空へと溶け込んでいったのだろうか。私は風のささやきを頼りに記憶のよすがをたどっていく。でも本当にその道をたどればあなたのもとへたどり着けるのか。私にはわからない。惑いは私から決して離れない。私はただ自分の願望にすがっているだけではないのか、死んだ後にゆきつくのは永遠の無の空間、だとしたら………..。

Heard no more again far or near?
私は二度とあなたの声を聞くことができないのだろうか?

永遠の別れ。それなのに私は吹きさすらう風の音に澄み切った空の青さにあの人の姿を探してしまう。本当にあなたはそこにいるの?いるならせめて応えてほしい。でもきっとあなたは応えをはぐらかして曖昧な態度のまま風といっしょに私を置いていってしまうのだ。
過去を捨てきれない私をよそに、時だけが静かに流れていく。
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